第2話 パークセントラルへ

パークセントラル。


それはジャパリパークの中心地にして、来客やアニマルガール達をもてなす娯楽施設のメッカ。そしてかの『女王事変』においてセルリアンの女王が拠点としていた場所であり、アニマルガールとセルリアンの決戦の地でもあった。


セルリアンに輝きを奪われ、さびれた構造物へとなり下がっていたパークセントラルだが、今はすっかり元の活気を取り戻し、大勢のヒトでごった返している。



そう、『大勢のヒトで』だ。



『女王事変』の解決からしばらくして、パーク職員とアニマルガールの尽力により再開の目途が立ったジャパリパークは試験も兼ねて一部施設の一般公開を実施。

今だ続く散発的なセルリアン襲撃による安全性の問題を疑う世論の指摘や、長期間の休園による来客の遠のきが懸念されていたものの、いざ蓋を開けてみると予想以上に来園希望者が相次ぎパーク関係者は嬉しい悲鳴を上げてその対応に追われている。


と、そんなこんなで活気に満ち溢れるパークセントラルを、来園者の衆目を集めながら横断する四人グループが一つ。そのいずれもけものの耳と尻尾を生やした、ヒトに近くヒト非ざる存在、アニマルガールの集団だ。


「いやー、まっさかお前らとここに来ることになるなんて思いもしなかったぜ。

 しかも、守護けもののビャッコまで一緒なんてな!」

「なんじゃ、ぬしらここに来たことが無かったのか? 

私と違って来ようと思えばいつでも来れただろうに」

「ああ、鍛錬に明け暮れる我らにとってここは縁遠い場所。娯楽施設なぞに用はないのでな」

「はっはっは、違いない」


バーバリライオン、ホワイトタイガー、ビャッコ、そして、ケープライオン。

けものの要素を除けば、見た目麗しい女子高生に見える彼女たちであるが、その本質はいずれも比類なき戦闘能力をその身に秘めた誉れ高き猛獣であり、凄腕の戦士達だ。いかに人ごみに紛れ気を収めようとも、王者としてにじみ出る貫禄は衆目を引き、また彼らに道を開けさせる。


まあ、当の彼女達といえば見慣れぬパークセントラルの様子に目がいっており、自分たちに衆目が集まっていることなど特に気にしてはいないのだが。


「なんにせよここに詳しいお前がいて助かった、ケープライオン。

 私もここのことはあまり知らないのでな」

「ったく、修行に明け暮れてるのもいいけど、たまにはこういう楽しそうなとこにも顔を出しといたほうがいいと思うぜ。」

「うむ、善処しよう」


さて、なぜここにケープライオンがいるのか。

それはほんの少し前までさかのぼる…………







「今からパークセントラルへ観光に行こうと思っていてな、ぬしらを誘いに来たのだ」

「へっ?」


バリーは困惑していた。

観光に付き合ってほしいというビャッコの頼みは、まあわからないことはない。

パークの各地に出没していることから考えて、パークの様子を見るのが目的なのは間違いないだろう。パークセントラルは今、外から来たヒトでごった返しており、他の場所とは勝手が違う。勝手知ったる誰かにガイド役を頼むのは至極同然のことだ。


しかし、それならもっと適任なアニマルガールがいるはずだ。

ホワイトタイガーの人選とはいえ、それならビャッコも面識があるだろうサーバルらに頼めばいいはずである。


と、そこに新たなる風がやってきた。


「おーい、バリー! 今日こそとオレと遊ぼうぜ……ってアレ? 

ホワイトタイガーが……二人?」

「ん? おお、ぬしがケープライオンか」


ケープライオン。バーバリライオンと名声、実力を二分するもう一つのライオンの最大種。武人として強くなることに充実を見出す最強の獅子、バリーとは対照的に

なにより自由気ままに楽しみながら強くなることを信条とする享楽の獅子。


別ベクトルの信条、視点を持つが故に、互いを補完することのできる対等な存在。

出自、性格、信条、そのどれをとっても代わりのいないバリーにとって唯一無二の親友である。


「あ、ああ、そうだけどあんたは? なんかホワイトタイガーの奴に似てるけど」

「私は西方を護る白き化身、ビャッコであるぞ。」

「え!? アンタがあのビャッコなのか!?」

「いかにも」


意外なアニマルガールがバリーを訪ねていたことに素っ頓狂な声をあげるケープライオン。しかし、驚いていたのも少しの間だけ。

生粋の戦闘家らしく、ビャッコを見るその眼に並々ならぬ戦意が宿る。


「よーし、ならオレと勝負してくれ! アンタの噂を聞いてから戦いたくてうずうずしてたんだ!」

「はっはっは。断る」

「えー、なんでだよ。バリーのとこに来たってことは勝負するのが目的だろ?」


流れるように勝負を挑むケープライオンにその問いを一刀両断するビャッコ。

先ほど見た流れである。


「バリーにも言ったが今日は戦いではなく、観光の誘いにきたのでな」

「最初に我のところに来たのだが、あいにく我では今のセントラルパークの勝手がわからなかったので、こうしてお前達の元に出向いたのだ」


ホワイトタイガーの言葉にケープライオンは腑に落ちたという顔で、ポンっと手を打った。


「あー、なるほど。園長とサーバル達あいつらは、パークのことでてんやわんやしてるからなぁ」

「なるほど、それで私達に頼みに来たのか」


そして、ケープライオンの言葉を受けてバリーも状況を把握する。

園長達に頼れない上にホワイトタイガーの人選なら確かにこちらに来るだろう。


「オレはあそこ何回か行ってるから、よかったら案内するぜ」

「おお、それは助かる」

「流石はケープライオンだな」


二人の称賛を受け、ケープライオンの顔に自慢げな笑みが浮かぶ。


「よーし、じゃあこの四人でパークセントラルに行くか!」

「え、私もか? 正直なところパークセントラルのことはよく知らないのだが」

「それは別に関係ないだろ。元々この二人はお前を誘いに来たんだし。それになんか最近のお前は表情硬いからな。こういうのもたまにはいいだろ?」

「そうか?」

「先ほど来た時もなにやら難しいをしていたな。バリー、私達がまさか気づいていないとでも思ったのか?」

「……お前達が言うならばそうなのだろうな。わかった、私も同行しよう」


暗に「まさか、俺に丸投げする気か?」と親友に問われ、その上、仲の良い二人にグループリーダーの悩みでいまいち精細を欠いていたことを心配されてしまっては、流石のバリーと言えど誘いを断ることはできなかった。


「ふむ、では行くとしようか」

「おう!」

「おー!」

「うむ」







とまあ、そんなこんなでこの四人組でセントラルパークを回ることになった。

というのがここまでの経緯である。


閑話休題。


「それでこれからどこにいくのだ? ケープライオン」

「んー、まずは肩慣らしと腹ごなしを兼ねて、ここだな」


先頭を歩くケープライオンは三人を振り返りながら、左手の建物を指さした。

そちらに目を向けた三人の視界に入ったのは、白い漆喰でできた壁と観葉植物で装飾されたどことなく気品を感じさせる洋風の建物。すこし開けられた窓の隙間からおいしそうな肉料理の匂いが漏れ、四人の鼻をくすぐる。


「うむ、良い匂いだな、しかし飲食店にしては看板がないが」

「我にはよくわからんが料理屋には看板があるものなのか?」

「ホワイトタイガーよ、客を呼び込むのに目印が無くてどうするのだ」

「そりゃごもっとも。でもまあ、なんせここは一般の客向けの店じゃねぇからな。この店———『ジャパリカフェ・セントラルパーク特別支店』に看板はないのさ」


ジャパリカフェ。小、中型のネコ科のアニマルガールとパーク職員が経営しているカフェである。『女王事変』下においても開店しており、アニマルガールとパーク職員の憩いの場として機能していた経営施設だ。


今回のパーク限定開園にあたり、セントラルパークの数か所に支店を増設し『ネコ科を中心としたアニマルガールが給仕するカフェ』として人気を博している。

ではなぜ、そんな店が看板も立てずひっそりと営業しているのか。それは————


「ここは初めてセントラルパークにやってきたアニマルガールとか、接客するやつらが訓練するための場所なのさ。」

「なるほど……私たちのようなアニマルガールがセントラルパーク初めての環境に慣れるための場所ということか」

「そうそう」


ここがアニマルガールのために設けられた場所であるからだ。

元動物であるアニマルガールが店員として働く場合、身内とも呼べる他のアニマルガールやパーク従業員相手なら今まで通りで問題なかったが、赤の他人である来園者にその接客態度が通じるかは正直なところ、未知数である。


さらに、従業員でなく客として来た場合でも、アニマルガールにとって慣れないヒト社会の一端と向き合う事になるのは精神的な負荷がかかり、常識のずれから他の客と問題を起こさないかと言われると、これも一概に首を縦に振ることはできなかった。


面倒ごとに巻き込まれれば一番傷つくのは当事者たるアニマルガールである。


そう考えたカコ副所長を始めとするパーク上層部は万全を喫するため、『接客業にアニマルガールが従事する場合は試験に合格することが必要』とのルールを設け、その訓練の場とアニマルガール達の憩いの場としてこの特別支店を用意したのだ。


「俺も詳しくは知らねーけど、ま、要は俺らがよく知る猫カフェってこった。

 つーわけで、おじゃましまーす!」


まあ、そんな裏話があるとはつゆ知らず。意気揚々と小洒落た装飾の扉を開けた一行を恭しいお辞儀と共に出迎えたのは—————


「いらっしゃいませ、ご主人様」


給仕服を身に纏ったピンク色の猫のアニマルガール、ピーチパンサーだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

獅子の休暇 レオニス @revia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ