獅子の休暇

レオニス

第1話 来訪は風と共に

パークを揺るがした「女王事変」の解決からしばらくして。


昨今のジャパリパークではグループと呼ばれるアニマルガールの集団化がブームになっていた。ジャパリパーク一のトラブルメーカー、サーバルの発案によって結成した、小型、中型のネコ科で構成されている「にゃんにゃんファミリー」を皮切りに様々なグループが結成された。


ツチノコを名目上のリーダーとする爬虫類の集い『チーム・噛んじゃうぞ』

ヘラジカをリーダーとしたシカを中心とした槍使いの集団『けも勇槍騎士団』

コノハちゃん博士をリーダーとする小型中型のトリの集い『まったり浮遊部』

PIPのリーダーであるコウテイを中心とした水棲動物のチーム『ウォーターガールズ』どなど。どのグループも十人十色ともいうべき個性を持っている。


そして、その中でも「戦闘力」において右を出るものはいないと称されるグループが存在する。


その名も『百獣の王の一族』。

トラ、ジャガー、チーター、そしてライオン。

ネコ科の大型肉食獣、各生態系の王者が集う一騎当千の強者の群れ。


一人いればだいたいの荒事は解決できる実力をそれぞれが持つ故に、「女王事変」においてすら群れる必要がなかった者たちであるが、「大地を覆うようなセルリアンの群れ」を目撃した園長とサーバルの助けに応じて集い激闘を繰り広げた後、流行りごとに敏感なサーバルの提案に乗っかる形で結成され、今に至る。


そして、そのグループリーダーとして満場一致で選ばれたのはバリーと呼ばれるアニマルガールだった。


バーバリライオン、別名・アトラスライオンのアニマルガール、通称バリー。

自ら最強の獅子と名乗るに相応しい風格と実力を兼ね備えたアニマルガール最強の一角。その人柄は正に武人と形容すべき代物であり、戦いに礼をつくし、日々鍛錬を積み重ね愚直なまでに強さを求める武の求道者。


その鍛え抜かれた体躯から繰り出される拳は正に「一撃崩壊の拳」の一言に尽き、

瞬間火力において、神獣の一撃ですら凌駕する究極の一撃の持ち主である。


また、自由気ままなものが多いライオンのアニマルガールには珍しく生真面目な性格をしており、責任感も強く面倒見が良い。そのため、リーダーとして選ばれる以前から場を纏めることもそれなりにあった。だからこそ、あの場の誰もがバリーを群れの長として認めたのだ。


故に、彼女は悩んでいた。


「私はどう在るべきなのだろうな」


狩りに赴く群れを率いるのならば問題ない。彼女の身体に宿った種の記憶とアニマルガールとして培った経験があれば、その程度は造作もないことだ。


しかし、平時の群れの長となれば話は違ってくる。

膨大な種の記憶はあくまでの獣の記憶、獣の知識。アニマルガールとなった今、平時の過ごし方に関してはあまりあてになりそうにないとバリーは感じていた。


そのため、特に何か行動を起こすでもなく今まで通り鍛錬に明け暮れる日々を過ごしていたのだが、情報通のターキンの話を聞いて少し気が変わった。どうやら他のグループは“やみなべ”というものを行ったり、定期的に集会を開いたりして、グループ活動を広げているらしい。


ふと、自分のグループを振り返ってみると、グループという体はなしているものの、そんな行事が起こる兆しはなく、今まで通り個々人が勝手気ままにやっている……要するにグループが結成される前となにも変わっていないことに気づいてしまったのである。


ほとんどなし崩しの形で決まったとはいえ、長は長。

平時には鍛錬だけでなく長らしいことをすべきではないのか、という疑念がどうしてもぬぐえないというのが、ここ最近のバリーの本音であった。


実際のところ、他のグループも各人が勝手に行事をやっているだけのところが多いのだが、事実だけを聞いているバリーにそんな事情がわかるはずもなく、こうして悩んでいるのであった。


「どうしたバリー。また気難しい顔をしているようだが」

「む、ホワイトタイガーか。なに、すこし考え事をしていただけだ」


と、そんなこんなで思案にふけっていたバリーに声を掛けたのは白い虎のアニマルガールだった。


ホワイトタイガー。トラの白変種であり、中華圏からインドにかけて神聖な動物として崇められたという経緯を持つ動物。彼女もまた、百獣の王の一族の一員であり、その中でも数少ないバリーと対等に戦える実力を持つ紛れもない強者である。


加え、バリーと同じく武の求道者としての一面を持つ彼女はバリーにとって戦術を語らったり、組手を度々行ったりとその厳格な性格込みで気の合うところが多く、サーバルの紹介で出会ってからたちまち意気投合し、今ではすっかりバリーのかけがえのない友人となっていた。


そして、その傍らにはホワイトタイガーとよく似た風貌の、だが底知れぬ雰囲気を醸し出すオッドアイのアニマルガールが一人。


「ホワイトタイガーに似た姿に、四肢の具足、そして並々ならぬ気……

 貴方がうわさに聞くビャッコか」

「いかにも。私が西方を護る白き化身、ビャッコであるぞ」


ビャッコ。中華圏の神格であり、今はパークの四方を守護する「四神」の一柱。

武の化身にして、荒ぶる風の具現。「女王事変」を乗り越えた園長とサーバル達、そしてホワイトタイガーを同時に相手取り、園長の的確な指示とお守りによるブースト込みで辛くも勝利をもぎ取れるか否かという正真正銘の神獣。


園長一行の強さを認めて力を貸すようになってからは、元の生息地を離れパークのあちこちに出没するようになったというのがアニマルガールの中でも噂となっており、武の求道者であるバリーからすれば、是非とも手合わせ願いたい相手であった。


「ぬしがバーバリライオンのバリーか。ホワイトタイガー魂の半身よりぬしの話は聞いていたが

 聞きしに勝る威容の持ち主よな。百獣の王達を統べるに相応しい貫禄よ。」

「神獣の貴方から賛辞をいただけるとは…………光栄だ、ビャッコ」

「(喜びが隠しきれていないぞ、バリー)」


思わぬ神獣からの賛辞に内心沸き立つバリー。その表情にはそれほど出ていないが、言われるやいなやすくっと立ち上がったこと、耳がぴくぴくと震え、尻尾が左右にぶんぶん振れているところからも喜びのほどは明らかである。


「私も貴方の強さは皆から聞き及んでいる。ここで会ったのも何かの縁だ、早速だが手合わせを願いたい」

「はっはっは。断る」


その喜びのまま流れるように手合わせを願うバリーであったが、その頼みはビャッコによって一刀両断されてしまった。

そして、何故と問いたそうなバリーの先手を打ち、ビャッコが理由を答える


「ぬしと武を競うのは我としてもやぶさかではないが、今日は戦うのが目的でここに来たわけではないのでな」

「そうか……なら機を改めるとしよう」


その気がない相手に無理を言って戦いを挑む程、礼を知らぬバリーではない。

残念がりながらもここは素直に引き下がった。


「では、何が目的で私の前に表れたのだ?」

「うむ。それはだな……」


とはいえ、疑問はある。

自分のことをホワイトタイガーから聞いている以上、ある程度はこちらのことを知っているはず。戦いに来たのではないのなら、なぜ、わざわざ自分に会いに来たのか。いまいち掴みどころのないビャッコの態度にバリーが抱いた素朴な疑問に対して、ビャッコはからからと笑みを浮かべながら―――――


「今からセントラルパークに観光に行こうと思っていてな、ぬしらを誘いに来たのだ」

「へっ?」


――――歓楽に付き合えと、そう答えた。

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