傷を治すには
先生、と呼ばれた男の子のにこやかな笑顔を見ながら、真莉は必死に校長先生の姿を思い出していた。自分の知っている校長先生は白髪で、背が少し曲がっていて、いつも後ろで手を組んでいるおじいちゃんだったはずだ。
目の前の男の子はどう見ても10歳くらいの子供で、70歳はいっているであろう校長先生の姿とはとても結びつかない。
男の子は後ろでおとなしく羽を休めているドラゴンの頭を優しく撫でながら、ふと真莉に目を留めるとゆっくりと首を傾げた。
「おや、見ない顔だねぇ。新入りさんかな」
「この子はね〜真莉ちゃんだよ!先生に紹介したくて連れてきたんだ〜」
「そうかいそうかい。にしても、見たところ魔法は使えないようだが?」
「杏梨が間違って連れてきたんです、こっちの世界に。今日はこの子の件と、杏梨が旧校舎の窓を破壊した件、それから勝手に向こうの世界で魔法を使った件について先生にご報告に来ました」
吹雪は横目で杏梨をじとっと睨みながら、淡々と先生に報告を済ませた。
「それでわざわざこんなところまで、いつも悪いねぇ」
「いえ、これも仕事ですので」
先生に向かって今度は几帳面に頭を下げてみせる。そんな吹雪とは対照的に、杏梨はいつも通りのマイペースな口調でうーんと伸びをしながら先生に声をかけた。
「も〜ここまで来るの大変だったんだよ〜。ね?真莉ちゃん」
「え?う、うん」
真莉はいまだにハテナマークを頭に浮かべたような顔で、とりあえず杏梨に向かってうなずいてみせた。そんな真莉の様子に、先生はふふふとおかしそうに笑う。
「もしかして、僕がこんな幼い姿をしているのが不思議なのかな?」
「あ、そっか!こっちで先生見るの初めてだもんね。先生はね〜こっちの世界では基本的にこの姿だよ。変身魔法は禁止なのに、自分だけ使ってるなんてズルいよね〜?」
「ホホホ。元の姿では身体が上手く動かんのだよ。この姿なら自由にどこまででも行けるからね。そこは勘弁しておくれ」
最近は腰が痛くてねぇ〜なんて、小さな子供があどけない声で言うものだから、真莉は不思議な気持ちになって思わず目をパチクリさせた。
「そうだドラゴン!先生、その子ドラゴンだよね?あたし初めて見た〜!」
「ああ、この子かい?まだ子供みたいでね。実は怪我をしているんだ」
「ええ!?」
杏梨が心配そうな顔でタタタッとドラゴンに駆け寄る。一切怖がったりしないあたりが杏梨らしいなぁと真莉は心の中で呟いた。
「ドラゴンというのは遥か上空を飛んでいる生き物なんだ。基本的には雲の上だね。それがたまにこうやって地上に降りてくることがある。いや、この子の場合は「落ちてきた」といった方が正しいかもしれないな」
「もしかして、仲間と喧嘩しちゃったのかな……」
杏梨が優しくドラゴンの首を撫でる。最初は少し警戒する様子を見せたドラゴンだが、すぐにスリスリと頭を擦り付けて杏梨に甘え始めた。どうやら心を開いたようだ。
どんな生き物でもすぐに心を開かせることができるのは、杏梨の生まれ持った才能なのかもしれない。
「ドラゴンはあまり争いごとは好まない性格だが、子供のうちは喧嘩もするらしいねぇ。羽根を怪我したせいで飛べなくなって、この森に落ちてきたんだろう」
「じゃあ、ここら一帯の木が吹き飛んでいるのはこの子のせい?」
「落ちた直後にパニックになって暴れていたんだよ。ちょうどその時に僕が駆けつけて、気を鎮めようとしたんだが……」
周りにバリアを張るつもりが、範囲が広大すぎたせいで上手くいかずに魔力が暴発してしまってねぇ……と先生は苦笑いした。
「やっぱりあの魔力は先生だったのね……」
「木たちが驚いてたよ〜。動物も虫もどこかに隠れちゃって、森がすっかり静かであたしたちもびっくりしたもん」
「すまないすまない。この子にも怖い思いをさせてしまって、悪いことをしたねぇ」
結果的にはドラゴンを鎮めることはできたが、羽根を怪我しているせいで遠くまでは飛べないため、ひとまず森の周りを飛びながら帰る方向を確認していたらしい。
「帰り道はわかったが、傷がなかなか治らなくてねぇ……。応急処置をして、この3日間も少しずつ治してはいるんだが、治癒魔法は思いのほか骨が折れてね……」
魔力が暴発してしまったせいで体力を消耗していた先生は、なかなか傷を完治させることができずに苦戦していたとのこと。
状況を理解した真莉と吹雪は、思わず一斉に杏梨の方を見た。
「……杏梨、先生に代わってドラゴンの傷を治してあげてくれる?」
「もちろんいいよ!だけど……」
杏梨は少し考える素振りをしたあと、吹雪に向き直って言った。
「吹雪ちゃんにも手伝ってほしいの!」
「え……私も?」
突然の言葉に驚きながらも、杏梨の笑顔に押されるようにして吹雪は戸惑いを浮かべた表情のままうなずいた。
空がピンクに見えたなら! 松麗 @liz
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