青い天国

澤田慎梧

青い天国

「うわぁ……」


 青人あおとの部屋に入った途端、僕の口からは驚きとも嘆息ともつかぬ、そんな声が自然と漏れてしまっていた。

 壁も青、天井も青。床は青いカーペットで、デスクや椅子も青。青い棚に並んだ本には、これまた青いブックカバーがかけられていて、どれが何の本なのか皆目見当もつかない。

 ベッドも青ければ枕も布団も青。ソファーも青、カーテンも青。青、青、青。

 全てが同系色の青で塗りつぶされているせいで、どこに何があるのかよく目を凝らして見ないと判断がつかない。なんとも目が疲れる部屋だった。


「どうだ? 凄いだろう!」

「ああ……。これ、もしかして壁とか天井は全部自分で塗ったのか?」


 そう尋ねると、「もちろん」の意味なのか、青人は親指を立てて得意げな笑顔を僕に返してきた。


 ――青人とは幼稚園以来の付き合いの、いわゆる幼馴染同士だった。

 別々の高校に進学したのでここ数年は疎遠になっていたけど、この度、大学の同じ学部学科で再会するに至っていた。まあ、腐れ縁というやつだ。

 彼の「青いもの」好きは筋金入りで(何せ名前からして「青」人だ)、小学校の頃から文房具や服装を青系の色で統一していた。けれども、その頃は純粋な「青」以外にも、水色やらネイビーブルーやらコバルトブルーやらの色も混じっていたし、部屋だってこんなに青一色ではなかった。

 僕と疎遠になっていた数年間で、すっかり「青いもの」好きが進行してしまっていたらしい。


「今度は髪を青く染めるんだ~」

「へぇ……」


 青い髪だなんて、渋谷辺りを歩いていたってあまり見かけない。大学の中じゃ相当に目立つだろう。それも悪目立ちの類だ。

 本当なら少しは止めた方が良いのだろうけど、青人があまりにも嬉しそうに語るものだから、僕はついつい「まあ、程々にね」とお茶を濁した返事をしてしまった。実害があるわけでもないし好きにさせてやろう、と。


 ――でも、本当はこの時、僕は青人のことを止めるべきだったんだ。

 青人の「青」への探求は、これ以降、加速度的に増していった。


 青人が宣言通りに髪を青く染め、街中ですれ違う人達の十人中九人くらいが思わず振り返るような存在になってから、更に数日後。

 今度は、目に青いカラーコンタクトレンズを入れるようになった。


「大丈夫? カラコンって目に悪いって言うけど……」

「へーきへーき。ちゃんと眼科に行って処方してもらってるから」


 不気味なほどに人工的な青い瞳で青人が笑う。

 僕はその笑顔に、何か危ういものを感じ始めていた。


 ――その更に数日後。


「おはよう青人……って、どうしたのその肩!?」

「ん? ああ、ちょっとタトゥーを入れようと思ってね。肩に試し彫りしてもらったんだ。これで調子が良ければ、同じ図柄でもっと大きいの入れるんだよ」


 「タトゥー」と青人は言ったが、青人の肩にあるそれは、紋様や絵柄ではなく「ただの青い四角形」だった。

 これと同じ図柄でもっと大きいものを入れるとなると、それはもう「タトゥー」というより「肌の色を青くする」と言った方が近いんじゃなかろうか……?


 ――そのまた数日後。


「青人……あれ、カラコン変えたの? ちょっと色味が違うけど」

「ん? ああ、カラコンを変えたんじゃなくて

「――はぁ?」

「だから、これカラコンじゃなくて自前の目の色なんだよ。青くしたの」

「青くしたって……ええ!? 目の色自体を変えたのか!? 一体どうやって?」

「ふっふっふ、それは……秘密だ! さあ、もっと青く、もっと青くしてやるぞぉ!」


 青人はそういってはぐらかしたけど、後日調べたところによると、まだ日本では正式に承認されていない「目の色を変える」手術があるらしい。つまり、青人は他人には言えないような方法で、その手術を受けた可能性が高い。

 そろそろ友人として、真剣に止めないとまずいかもしれない。例のタトゥーも、服の上からではよく分からないけど、体の大部分に広げてしまっているようだし……。


 けれども、僕がその決意を固めた翌日、青人は姿を消してしまった。

 僕を含む親しい人間にだけ、「夢が叶う時が来た!」とだけ書かれた謎のメールを送ってきたのを最後に、連絡を絶ってしまったのだ。


 以前から息子の奇行を危ぶんでいた青人のご両親は、早々に警察へ捜索願を出した。

 大学の掲示板にも「探しています!」という文字と共に青人の顔写真が貼られることになった。もっとも、髪や目が青くなる前の写真しかなかったので、色はパソコンで調節したものだったけど……。

 とにかく、皆で一生懸命に青人を探したけれども、彼は一向に見つからなかった。


 ――そして、そのまま一ヶ月の時が流れた頃、青人のご両親から僕に連絡があった。

 青人が……死体で発見されたのだ。


 青人の死体は尋常な状態じゃなかった。

 まず、頭皮を含む肌という肌が、全て青くなっていた。警察の話によれば、特殊な染料を使って全身を青一色に染め上げてしまったのだとか。

 次に、瞳の部分だけではなく、目全体が青くなっていた。白目の部分も青く染まっていたので、おおよそ人間の目玉とは思えない代物になっていたらしい。


 そして最後に……驚くべきことに、青人の体の内部もその全てが青く染まっていたのだという。


 歯が舌が、口の中全体が、更には内臓や骨、脳や血液に至るまで、その全てが青くなっていたのだ。

 「一体、どんな方法を使えば人体をここまで青く出来るのか」――検視を行った医師は、あまりにも異常な死体の様子にそう呟いたそうだ。


 青人の死体はとある路地裏に無造作に放置されていたらしく、状況を鑑みた警察は殺人事件として捜査を開始した。

 確かに、第三者の関与は明らかだから、これは殺人事件なのだろう――世間一般の感覚では。

 でも僕は、これは青人の自殺なのではないかと考えている。しかも死ぬことを目的としたものではなく、、だ。


 「青いもの」に執着し続けた青人。

 まずは身の回りの品を青く染めた。次に、部屋や家具までもを青く染めた。そして最後は、自分自身を青く染めようとしていた。

 しかし、体を青く染めるのには限界があった。髪や肌までは青く出来ても、体の中身までは青く出来ないだろう。骨や内臓、脳、そして血液を青く染めることは……少なくとも生きている限りは無理だ。

 表には出していなかったけれども、青人はそのことをもどかしく思っていたのではないだろうか?

 ――そしてそんな彼の前に、「死体を完璧に青く染め上げる方法」が現れたとしたら……?


 もちろん、これは僕の想像でしかない。けれども、青人が僕達に送った「夢が叶う時が来た!」というメールの文面が全てを物語っているように思う。


『死体であれば全てを青く染め上げられる……なら、死ねばいいんだ! ようやく長年の夢が叶うぞ!』


 そんな剣呑な発想を思い付き、まるで世紀の大発見をしたかのような得意顔で喜びはしゃぐ青人の姿が目に浮かぶようだった――。

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青い天国 澤田慎梧 @sumigoro

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