エピローグ 『藤紫』にて
「聞いたかい、タケさん。例の大量殺人事件の被害者に、あのシゲが含まれていたって」
「狩人が崇める人物だろ。聞いた、聞いた」
「しっかし、ありうることかね。その場にあった十数体の遺体全てに残されたのは銃痕ひとつって。しかも、壁や天井には傷が無し。みんな一発で殺された、てことだろ」
「地郷公安部に残る正式な記録における射撃命中率が最も高いのは、十四年前、当時東守口支部射撃手だったコウ支部員が叩き出した十割だが、それはあくまで静止した的や予測可能な動きをする機械式の的における記録であり……」
「丁度、祭りの日だったそうだが、近所の人も銃声に気がつかないうちに、現場は血の海だった、とか。そんな射撃手がいるなんて」
「おいおいモッさん。こんなところでそんな話するなよ。宮美ちゃんが怖がるだろ。なあ」
「ええ、怖い話ね。しかも、犯人の検討はつかないし、その家の住人も、いまだ行方が分からないんでしょう?」
「らしいね。いやはや。今頃その辺をうろついているかもしれない」
「だぁかぁらぁ。宮美ちゃんを怖がらせるなって」
「怖がっているのはタケさんじゃないか。同じ日に、尾根を挟んだ谷間の家で見つかった惨殺死体の身元が判明したのも、聞いたか?」
「あ、ああ。カゲの頭領だった、てな。反逆者のトップを逮捕できなくて、地郷公安部が悔しがってるって話だ」
「それにしても、酷い殺され方だったって言うじゃないか。さすがの公安部も、本来は広場に晒すのを辞めたってくらい。けどよぉ」
「どうした」
「カゲの頭領、多分あの人なんだよな。親父が昔、大工をしててよ。東守口支部の庁舎を担当してたんだが、そこに真面目でまっすぐな気性の部員がいたって。親父はその人の名前を死ぬまで言わなかったんだけどよ、カゲの話題になる度に、その人の話をするんだ。カゲの信念を聞くと、思い出すんだ、て」
「ああ。もしかしたら俺も、その人のこと知ってるかもしれん。ちびっ子だった時分に、お袋の行商について行って迷子になっちまったんだ。そんとき、不器用なんだけど必死にお袋を探してくれた地郷公安部員の兄ちゃんがいて。確かあれ、東守口町だった。お、おいハカセ、なに泣いてんだよ」
「ハカセは、冤罪で牢にぶち込まれたとき、カゲの頭領が真犯人を突き出して、それで助かったんだもんな。そうだろ?」
「うん、うん。あの人は、あの人は」
「ほらハカセ、これで涙を拭いてくださいな。全く、これからどうなってしまうんでしょうね」
「宮美ちゃんたちも大変だね。ここも無くなるんだって?」
「ええ。政府の命令ですもの。いきなりよね、花街を廃止するなんて」
「これから、どうすんの?」
「みなさんのお陰で懐は温かいから、これを元手に新しいことを始めるわ。店のみんなにも話して、沙月とあと何人かはついてきてくれることになったの」
「さすが、やり手姐さん。仕事が速いね」
「で、何を始めるんだい?」
「長い間、地郷でいざこざが続いて、親を亡くしたり家が貧しくなって花街や領主に売られる子が後を絶たなかったでしょ。その子たちを集めて、ちゃんとご飯を食べさせたり勉強を教えたりする場を作りたいと、ずっと思っていたの」
「そりゃ、大変なことじゃないか」
「大変よ。この地郷に何人そういう子がいるか、分からないもの。全員を助けられるわけでもないし、お金もどこまで続くか。すでに援助を申し出てくれている人もいるけど、いつ断られても不思議じゃないもの」
「宮美ちゃん、その、俺も、ほんのちょっとだが援助させてもらえないかね」
「あら。大歓迎よ、モッさん」
「その代わり、と言っちゃなんだけどよ。妹の子なんだが」
「残念だったよな、妹さん。産褥が上手くいかなかったって」
「地郷における出産に伴う母子の死亡率は……」
「こればかりは、仕方の無いことだけどよ。親も年だし、俺ひとりで赤ん坊の面倒みるのも限度があってよ。タケさんやハカセにも仕事のほうは手伝ってもらってたんだが、クビになったし。正直、もういっぱいいっぱいで」
「じゃあ、もしよければうちで働いてくれないかしら。活動の拠点となる家を手に入れたはいいけど、古くて修繕が必要なの。それに、モッさんの技術を子供に教えてくれたら、将来その子たちも自分の力で生きていけるし」
「いいのかい」
「ええ」
「宮美ちゃんにこき使われるのか。羨ましいや」
「ちょっとタケさん、変な言い方しないでくださる?」
「じゃあ乾杯しよう。宮美ちゃんたちの前途を祝って、モッさんの再就職を祝って、ハカセの昇給審査と俺の嫁探しの成功を願って……カゲの頭領へ、感謝をこめて」
「乾杯」
〈了〉
野に咲き 空を彩る かみたか さち @kamitakasachi
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