第4話両親を結んだ荒波
母は十五歳で中学校を卒業後、故郷の島を離れた。当時で言う集団就職の黄金世代だ。
けれど日本人としては現代のモデルに匹敵するほどの美貌を持っていたので、母はスカウトされるまま昼の仕事を辞めてキャバレーで働き始めた。
それから母の年収は上がり、貧しい祖父母に電気こたつやマッサージチェアを購入するほどになった。
母は客に人気があったが、裏では経営者と対立していた。
母が入店するときは気付かなかったが、経営者は暴力団との交流がある男性だった。
彼自身は組員ではないが、付き合う人間に影響され、それなりの雰囲気を醸し出していた。
当時十代だった母は気付かなかったが、二十歳になり枕営業をするよう命じられたときに気付いた。
色ごとに感心のない母は命令を拒んだ。
それ以来、母への嫌がらせが始まった。
理由もなく時給を下げられ、母は祖父母への仕送りに余裕がなくなった。
どうにか店を辞めようと奮闘していたとき、父と出会った。
店に突然現れた父は、あふれ出る正義感に似合わない派手な柄のシャツに黒いスーツを着ていた。
後に知ったそうだが、父はマル暴刑事として、薬物使用の疑いのある経営者を捜査していた。
現物を見付けた父は即座に経営者を逮捕し、強制的に店を閉めることになった。
スタッフ全員は事実上職を失ったことになるが、母を含めた誰もが清々しい笑顔をしていた。
暴論を吐く経営者から解放されたからだ。
母のように命令に背くことができた女性は少なく、泣く泣く客に体を売る者がいた。
彼女の心の傷は一生消えないだろうと、母は言った。
「君、名前は?」
視線が合うと、父は母に歩み寄った。
ドレスから覗く胸の谷間ではなく、顰め面を見て。
「君は、僕が来てもまったく怖気なかった。よほど心が強いのだろうね」
父は笑った。それでも視線の剣は鋭かった。
「私は……こんな店でも、この街でナンバーワンを張っていたのよ。軽々と教えられるわけがないじゃない。そういう仕事をしていても、分からない?」
これが、両親の出会いだった。
経営者の逮捕から二日目以降、二人は何度も顔を合わせた。
刑事と一般市民として。
結局薬物を所持、使用していたのは経営者のみだったが、それまではスタッフも疑われ身体検査までさせられた。
他のスタッフは自分が疑われることに対して憤っていたが、母だけは違った。
むしろ身の潔白を証明できる良い機会だと喜んでいた。
お世辞にも上手とは言えないハミングに、父は興味を抱いた。
「ずいぶん珍しい音程ですね」
「あら、こう見えても私、音楽の破壊神って中学校の先生に言われたのよ。自慢じゃないけれど、そこらの女は敵わないわ」
私が聴いて育った子守唄を、父は目尻に皺を刻んで静かに聴いたという。
「すてきだ。この曲、新しく入ったお店でも披露しているのかい?」
「まさか。日本人でも外人でもあんただけよ。ママから禁止されているもの。それにしてもあんた、日本で刑事をしているなんて珍しいね」
「そうでしたか。この仕事を選んだ理由もありますが、私のお話は今度にしましょう。お店に呑みに行っても良いですか? そのときはちゃんと源氏名で呼ばせてもらいます。なおこさん」
その後、父は本当に母の勤めるキャバレーに客として来た。
母はこのときまだ父のことを知ろうとも思わなかったが、父自ら話されて、耳に入れざるを得なかった。
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