1-3 共に
海兵隊というのはとても面白い組織だ。誰よりも先に投入され橋頭堡を確保するらしい。先陣を切るだけあって様々な状況に対応出来るポテンシャルを秘めているようで、今回のセルリアン討伐部隊としての装備も洗練されていた。
しかし、やはりセルリアンにはだいぶ手こずってるらしい。セルリアンは学習する。女王騒動の初期にけもの達が戦った時には、概ね正面からの力押しで倒すことが出来ていた。それでも最後の方には、力押しではかなりの打撃を要し、弱点への一撃では倒せる。といういわば集中防御的なセルリアンもちらほらと現れていたのだ。それからの変化は知りようもないが、海兵隊の兵士たちから聞くには、最近のセルリアンは先日のように貫通力の高い機関砲や対戦車ロケットでやっと正面撃破できるぐらい硬くなっているらしい。また、可能ならば弱点の狙撃も試みているがセルリアンが段々と弱点を露出させないようにうまく立ち回っているらしい。
ライフル銃の訓練も受けたが歩兵の主力武器だけあってかなり使い勝手がよかった。反動もアニマルガールの私には取るに足りない物で、これを使えばサンドスターを消耗せずに攻撃できる。飛ぶのが苦手な私でもこれなら飛びつつセルリアンの弱点がありがちな上面を叩ける。と思いサイモンに相談し、そのような射撃訓練もした。感想は「危なっかしい」とのことだった。確かに、監督していたサイモンのマスクを訓練用のペイント弾で染めればそう思っても仕方がない。もとから飛ぶのはあまりうまくなかったのもあるが、結局飛翔しつつの射撃は要訓練との事で実戦・実弾ではしばらく出来なそうだ。
簡易訓練の3日間を終えて孔雀茶屋に戻る。
「お勤めご苦労さま。今日も作ってみましたよ。今日は洋風にオムライスです。」
クジャクさんがお盆と共に奥のキッチンから出てきた。
「いつも夕食を用意して下さって、申し訳ないわ。忙しいでしょうに。」
「それは大丈夫だったわよ。ネルソンさんといつもの二人が便宜を図ってくれたの。シロクジャクが訓練してた3日間は、茶屋に来るのをなるだけ控えるよう周知してくださってたから。」
クジャクさんが向かいに座る。
「それに、協力のお礼に食材とかも少しだったら工面できるって言われたから。それで前から挑戦してみたかった料理を試してるの。それで、お礼されるべきシロクジャクさんにこうやって作ってるって訳です。」
食べて、と促された。手を合わせてからオムライスを口に運ぶ。オムレツの熟れ加減とチキンライスのしっとり感がリンクして、口の中を幸せのハーモニーで満たしていく。
「おいしいですわ。」
「ふふっ、よかった。」
無言で食べ進める。響くのはスプーンが皿を鳴らす音とラジオから流れる西洋の音楽だけ。
「今日で簡易訓練も終わりですわ。」
夕食を食べて一息つく。
「そういえば、ラジオでまた大型セルリアンが出たと言ってましたが、シロクジャクさんも行かれるのかしら?」
「分かりません。ただ常に覚悟しておくようにとは言われましたわ。」
「覚悟ねぇ…」
意味ありげな呟きが気にかかった。
「覚悟がどうかしまして?」
「シロクジャクさんは、前から研さんが好きでそれに励んでいたのは誰よりも知っているつもりだったけど…」
少し考え込んだ後、心配事を振り払うかのように首を横に振った。
「いえ、大丈夫ですわ。私は毎日、夕食を作ってシロクジャクさんの帰りを待ってますよ。」
「何もそこまで仰っしゃらなくても…」
クジャクさんの口から飛び出た返事が、あまりにも突拍子もなかった。恐らく彼女はまだ、私が海兵隊の一兵卒として彼らと戦うという事が飲み下せていないのだろう。彼女は他のけものを癒やす力を持っていた。女王騒動の時には戦いから一歩引いて、怪我をしたけものの手当てをしていた。その時の彼女も知っていたはずだ。セルリアンが強くなっている事を。直接戦わずとも、日々増えていた負傷するけものの数がその結論を導き出しているだろう。むしろ可視化された負傷者という数字で戦いを見ていた分、私よりまじまじと感じているのかもしれない。
「大丈夫ですわ。」
私の口から出た言葉はどちらを向いているのだろうか。目の前の友人の不安を拭うためか。回想が膨らませた私の予感を切り捨てるためか。
「まずひとつに。私は訓練が終わったので、これからは前とほとんど同じ生活に戻りますわ。」
まず事実を確認する。
「もうひとつ。」
私は今から嘘をつこうとしている。
「彼らは戦闘の達人です。セルリアンという未知の相手でも彼らなりに善戦していると、この3日間で感じました。」
心配を不用意に煽ることもない。士気ほど大切な物はない。彼らの元で勤めて私が感じたことだ。
「それに私が武器を手に取るのは、パークを、この孔雀茶屋を、そしてクジャクさんを守りたい一心からですわ。それだけは忘れないでいただきたいですわ。」
少なくともこの言葉には微塵の偽りもない。守りたいものがあるからこそ、武器を持つのだ。
「シロクジャクさん…」
彼女の顔に笑顔が戻った。私の言葉が心配事を振り切る手助けになっていればいいのだが。
「おーい!シロクジャクー!いるかー?」
「あら、佐々木さん。こんな時間にどうしましたの?」
「ここの小隊の奴らから頼まれたんだ。装備一式とかを渡しといてくれって。」
声の元に駆けていくと、一つ一つチェックリストを確認しながら渡される。佐々木さんの運送業者としての仕事を見たのは初めてだ。
「で、このソフトケースの中身がM4A1。一応開けて中身を確認しといてくれとの事だ。」
開けると訓練でお世話になった銃そのものだった。
「あと30発STANAGマガジン3つ。こいつはそれなりに管理しといてくれとさ。日本国領じゃないから適当でも何も言われやしないが、まあ一応ってことで。銃の扱いは大丈夫そうか?とりあえず大丈夫そうに見えるが。」
「ええ、訓練しましたから。」
「じゃあよさそうだな。」
佐々木さんが思い出そうとする顔をしているのに気づいたが、すぐに思い出したようだ。
「あぁそうそう。もう一つ、忘れるところだったな。ちょっと耳貸してくれ。」
クジャクさんにあまり聞かれたくないことらしい。
「クジャクがあんまり胃を痛めちゃ困るからこうして言うが、今日出た大型セルリアンの討伐に明日お前さんを駆り出すとさ。」
「なるほど。」
やはり駆り出されるらしい。私はともかくクジャクさんはまだ心の準備が出来ていないだろう。戦いに出る前に私の口から明かした方がいいかもしれない。
「まあそんな感じなんで、よろしく。あと今日はトラックもそこに停めてトラックの中で寝てるから、ご近所さんとしてよろしくね。」
「なんでまたそんな…」
「明日は仕事がなさそうでね…じゃ、おやすみ」
不思議そうな顔をしてるとそう付け加えられた。つくづく謎多き男だ。それだけ言って早足でトラックに戻る。
私も荷物を自室に(と言ってもクジャクさんの部屋に居候だが)運びつつ、どのタイミングで話そうか考えていた。クジャクさんも忙しそうだったので、とりあえず銃の整備を先に済ませることにした。
アニマルガールは己の力でセルリアンに立ち向かえるが、人間は道具だけを武器に戦っている。まさにこの銃が生命線である。内部の清掃も終えて今度は結合である。結合も終え動作確認をしているとクジャクさんがやってきて興味ありげに向かいに座った。言葉もなく整備を終え、銃を置く。
「明日、出るんですね。」
「分かりますか?」
「彼らは無計画な組織ではなさそうですから、余程の急でないとこういうことはしないでしょうからね。」
「さっきも言ったとおり、心配は要りませんわ。さあ、もう夜も更けてきましたし、明日に備えて早く寝ましょう。」
海兵隊は私が見れる以上に巨大かつ洗練された組織のはずだ。そんな彼らにこれほどの予想外をもたらすセルリアンとはどれほどなのだろうか。きっと久々の研さんにうってつけの相手であろう。ラジオの音楽に意識を傾けながら、ほのかな期待に興奮する身体を眠気に誘った。
ふるさとの茶屋 Steron Fort @Steron
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