1-2 戻る日常 変わる日常

「昼の定期連絡です。現在第三地区のイの3エリアにおいて大型セルリアンが確認されています。当該セルリアンは監視下にあり、周辺は封鎖されていますが今後の情報に警戒してください。繰り返します…」

「天候は安定の予報。平常の告知事項はありません。以上で昼の定期連絡を終了します。」


 孔雀茶屋再開から数日。以前から茶屋に通っていたけもの達が段々と戻ってきた。以前よりけもの達の姿は少ないが、それを補って余りある数の海兵隊の方々が茶屋を訪れている。どうやら数日の間でこの近辺を担当している部隊の話題になり、非番の時の溜まり場となっているらしい。クジャクと私の二人がかりの給仕でもてんてこ舞いである。

 普段なら私は少し手伝うぐらいで、それも顔が知れたけもの相手だったので給仕服などを着ずとも済んでいたが、こうなってしまっては話が違う。給仕服なんて貰ってから試しで着てみたきりで、正直なところ着れるかどうか心配だったが杞憂に済んだ。

 特に海兵隊の最初のお客さんだったサイモンとチェスター(私が初めて話した海兵隊の方々)はここをたいそう気に入ってるらしく、暇さえあれば顔を出して私やクジャクさんと話している。ただ彼らが噂を広めてこうなってしまったのは重々承知らしく、そして騒がしくなる前の雰囲気の方が好きなのか、忙しい時間帯はすぐに出せるお冷か緑茶だけ頼んで、少し離れた日陰の切り株に座って茶屋や自然を眺めている。閉店時間になってもすぐにお客を追い出しはしないので、ぱらぱらと帰っていって人が少なくなると二人も中に顔を出して、私たちと雑談をしたりしている。

 こんな事になってもクジャクさんは平和の証左と言い続けているが、つい一度だけここが戦場ですわと返してしまった。その時はいつものようにニコニコしているだけだったが、意外にも気に入っていたらしく、いつの間にか、『ここが戦場なのも、平和の証左ですわ。』と言うようになっていた。

 隙を見つけて外に出て、つかの間の休憩を取る。佐々木さんがトラックのボンネットでペットボトル茶を飲んでいる。


「いやー賑やかだねぇ。おつかれさん。」


「本当に…佐々木さんにも給仕をお願いしたいぐらいですわ。」


「やってもいいんだがこうもお客が多いと配送も忙しくてね。大型セルリアンとやらでいつもの近道も使えなくなったのもあってね。一民間業者となっては例外の通行もできやしないし。」


「お互い忙しいですわね。」


「全くだ。」


 忙しい中の静かなひとときを味わう。

 佐々木さんが気合を入れるように「よし」とつぶやいた後、ボンネットから飛び降りてエンジンをかける。自分もエンジンをかけるつもりで「よし」とつぶやいて茶屋の喧騒の中に戻った。




 しばらくすると一部の海兵隊の方々が何やら騒がしくなってきた。チェスターさんが茶屋の前で人を集めているようだ。物騒な車両も2台ほどやってきた。


「例のセルリアンは事前情報のとおりだ。ライフル弾では有効な打撃が得られない可能性があるためLAVとSMAWをつけて行く。健闘を祈る。解散。」


 セルリアンを狩りに行くらしい。そういえば話には聞いていたが海兵隊の戦いというものを見たことはなかった。見に行ってみたいな。彼らが準備を終えて車両に乗り込むのを見ながらそんなことを考えていた。


「そんなに見とれてしまって。どうかしまして?」


 長いこと眺めていたようで、いつの間にかクジャクが隣にいた。


「いえ、ただ彼らはどのように戦うのかを考えていただけですわ。」


「直接聞いたりはしませんでしたの?」


「聞こうとしたこともあったのだけれど、あまり話したがらないみたいで。」


 それなりの人数に仕事が回ってきたらしく、茶屋が珍しく閑散としている。


「みんなどっか行っちゃったね。」


「ここが居心地いいのはわかるけど、ああもたくさん来られると騒がしいよね。いつもこれぐらい静かだったらいいのに。」


「あの人たちのおかげでセルリアン見ることもなくなってきたんだし、ちょっとぐらい勘弁してあげなよ。」


 話題が多少違えども、多少制服の人達がいようとも、騒動の前の空気が戻ってきたように錯覚した。


「私たちもお茶にしませんか?」


「いいですわね。」




 しばらくゆっくりしていると遠くから音が聞こえてきた。断続的な何かが破裂しているような音。これが銃声という物なのだろうか。しばらくすると他にも低めの銃声のようなものもした。少し窓がガタついた気がした。


「聞き慣れない音というのは、どうも落ち着きませんわ。」


「あんまり皆を怖がらせないでほしいのですが…こればっかりは仕方ないのでしょうか。」


 窓の外を眺めながら言う。見渡すと他のけもの達もそわそわしているが、海兵隊の人達はそうでもなかった。日常の一部なのだろうか。

 少し大きな爆発音が2回ほど聞こえてきた。それっきりで音がはたりと止んだ。

 終わったのかしら。クジャクにもそう見えたらしい。戻ってくるお客を迎える準備を、と席を立った時。誰かが茶屋に入ってくるのが見えた。普通のお客ではないらしい。私達の方に向かってくる。


「はじめまして。私は第34中隊長 トニー ネルソンだ。うちの部下たちがお世話になってるみたいで。私も挨拶ぐらいしておこうと思って来た。よろしく。」


 クジャクさんが軽い自己紹介をして握手に応える。


「そういえば先程の音はそちら様が戦っていらしたのですか?」


「ええ、もうセルリアンは消滅して戦闘は終結しています。ただ―」


 ひと呼吸置いて話す。


「予想よりもセルリアンが強力になっているのです。先程の戦闘も危ないところでした。じきに今派遣されている我々だけでは手に負えなくなるかもしれません。ですが、パーク運営側はこれ以上米海兵隊に頼るのを良しとしていないみたいで。日本国側の圧力もあったようですが、見通しがつき次第、PMC『民間軍事会社』との警備契約に切り替えるそうです。ただでさえ我々でも最初は苦戦したのに、今ではそれより強くなっている。PMCの手に負えるかは、私は正直なところ無理だろうと思っています。」


 初耳のことが多すぎて、私もクジャクも混乱していた。それを補足するように付け足した。


「今話したことはただの大尉である私にはどうしようもありません。それに話したからと言って変わるものでもありません。ですが、私に出来ることをと思って今日ここに来ました。ひとつめにまず、直接セルリアンと交戦した部隊に話を聞いて情報を集めています。アニマルガールの皆さん、ひいては次に警備に就くPMCの為に。数分もすれば先程戦っていたサイモン ニコルズ率いる第1小隊がこちらに戻ってきます。私がその仕事にかかる前に話しておきたい、特にシロクジャクさんにお聞きしておいてもらいたいのが…」


 え、私?なんのことだろう。


「現在アニマルガールがセルリアンとどう戦うのかの情報を集めています。そこでシロクジャクさんに我々の第1小隊と共に戦ってもらいたいのです。」


 なるほど。それで研さんを積んでいる私に目をつけたのか。でも何百といるけものの中で私なのは少し引っかかった。


「戦うのは是非とも引き受けたいのですが、なぜわたくしが?」


「アニマルガールとの共闘は上からの指示で、他の地区でも同じようにやっています。担当する地区からアニマルガールを選出するようにとの指示で、我々第34中隊としてシロクジャクさんを選んだのです。戦闘経験も豊富と聞いています。」


 納得はいったが孔雀茶屋をクジャクさん一人に任せるのは気が引ける。


「大丈夫ですよ。少しぐらいなら私ひとりで回していけます。」


「協力してもらうにあたって、初めに3日ほど6時間ずつの簡易訓練をしてもらいます。その後は一週間に一度程度の演習と強力なセルリアンが出現した時の動員だけです。多少なら支障が出ないように調整もこちらがします。」


 クジャクさんもネルソンさんも協力的なようだった。


「分かりましたわ。引き受けましょう。」


 服と髪を少し正す。


「それでは、よろしくおねがいしますわ。」


 あちら側の挨拶を真似て手を差し出す。ネルソンさんも握手で応えてくれた。

 ちょうどチェスターさんの小隊が帰ってきたようで、物騒な車両のエンジン音が響く。ぞろぞろと人が降りてくる。


「ネルソン中隊長。こちらで見かけるのは珍しいですね。」


「すこし仕事があってね。共闘プログラムは承知か?」


「はい。」


「シロクジャクさんが第1小隊との共闘で同意してくれた。明日からでも簡易訓練を開始しようと考えているのだが大丈夫か?」


 すぐにでも研さんも再開したい。そう思って頷く。


「それでは後はニコルズに任せる。」


「それではシロクジャクさん、改めてよろしく。」


「よろしくおねがいしますわ。」


 半年のブランク。体が訛っていないかという懸念を頭の隅に追いやって、今後待ち構える研さんに思いを馳せて自然と頬がゆるむ。

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