ふるさとの茶屋

Steron Fort

I 余波

1-1 再開、新たな友人

 久々の明るい話題と懐かしい景色に心が躍る。女王騒動から半年と少し、ついにジャパリパーク全面運営再開。営業再開のめどはまだ立っていないが、ついに私も避難所生活から解放されたのだ。

 ふるさととも言える地を歩き進めると孔雀茶屋が見えてきた。もう先客がいるようだ。森に紛れてしまいそうな同じ服を着た、パーク職員より少し体格がいい人達。彼らの所属は『アメリカ海兵隊』というらしい。外の世界のことは多くは知らないが、彼らが騒動の後にも多く残っていたセルリアンを蹴散らしてしまったらしい。私も多くのセルリアンがいるとの知らせを受けた時は、是非とも研さんに行きたがった。しかし許されることはなかった。彼らが少し羨ましい。


「あら、シロクジャクさん。今日は早いのね。」


「久々に茶屋を開けることですし、いつもとは違った方々も来るとの噂を聞いていましたので、手伝おうかと思ったのよ。」


「それには及びませんわ。パークの職員さんが”あれ”を取り付けてくれまして。いつもと変わらずおもてなしできてますわ。」


 指さした先には小さな箱があった。古めかしい孔雀茶屋にはあまり似合わないケーブルが一本生えた箱。


「『リアルタイム和英相互翻訳機』というらしいわ。あれが私たちの話す「日本語」と海兵隊の方々が話す「英語」をそれぞれが分かる言葉に変えて流しているらしいの。詳しいことはわからないのだけど、なんでも最新の技術を試験導入してるらしわ。」


 耳を澄ますと、確かに彼らは分からない言葉を話しているけど、あの機械からは日本語が流れている。


「結局、日米共同討伐作戦のまま終わっちまったな。日本の奴らは政治に忙しくてほとんど参加出来なかったくせにな。」


「まあそう嘆くこともないだろ。この飲み物とお菓子は美味しいし、『和』の建物でゆっくりできて。何より美人が二人、これ以上のこともないと思うぞ。」


「あぁ、確かに。他の奴らはなんというか幼い感じがしていい気はしなかったんだが、あの二人はそうは見えないし綺麗だ。俺好みだ。」


「確かに。言葉がよーく分かりますわね。」


 わざとらしくそう言うと、話していた二人はやぁとこちらに手を振ってきた。男性というのは慣れていないのもあるだろうが、どうも好きになれない。


「まあそう強く当たらずに、大切な孔雀茶屋のお客様なのですわよ。」


「クジャクの言う通りだと思うな。海兵隊の連中もああ見えて結構愉快なもんだぞ?」


 奥の席から機械越しではない日本語が聞こえる。


「あら、佐々木さん。いらしたのですか。」


「海兵隊の連中は愉快だがこき使いっぷりが手厳しくてな。ここへの仕事を言い訳に逃げてきたんだよ。だーがもう疲れた。動きたくねー。」


 先程の二人が苦笑いしている。心当たりはあるらしい。

 彼は佐々木宗泰そうた。前からここへの配送をしていた外部の業者。騒動当初は運送業者とあって避難支援、討伐作戦の時には土地勘に目をつけられて米海兵隊の後方で働いていたらしい。ずっと働き詰めだったらしく、髪はボサボサ、目は虚ろ。こういうことは口には出さないのだが、最後に体を洗った日を聞きたくなる。


「言いたいことは分かる。流石に自分でも臭ってきたから配送ついでにそこの川で水浴びしようと思ってたんだ。長い付き合いになりそうだし、新しいお客さんとも楽しんだ方がいいと思うぞ。」


 そう言いながらタオル片手に茶屋を出ていった。クジャクが湯のみとお皿を下げつつ海兵隊の人達と小話をしている。


「佐々木さんが戻ってきたら、彼と今後の仕入れの予定を詰めますので、その間海兵隊の方々とお話でもしてはどうですか?特に手伝ってもらうこともなさそうなので。」


 私の手を引っ張る。愛想笑いをしながら席に座らせる。海兵隊の二人が握手を求めてきている。


「俺は第341小隊サイモン ニコルズ。こっちが同じくチェスター ノリス。よろしく。」

「よろしく。」


「わたくし、シロクジャクと申しますわ。以後お見知りおきを。」


 挨拶の場で握手という経験からして初めてである。何事も初めてはある、と自分に言い聞かせながら慣れない文化との交流を始めた。






「疲れましたわ…」


 斜陽差し込む孔雀茶屋で、大きなため息を響かせる。ついさっき充実げな顔で出ていった二人は茶屋付近で哨戒に当たる部隊のリーダー格らしい。討伐作戦の時には孔雀茶屋がここ一帯に配備されている中隊とやらの仮の指揮所として使われていたそうで、これからもしばらくはここを中心に動くらしい。恩恵があるかはいざ知らず、しばらくはご近所さんになりそうなので、交友を持つのは悪いことではないと思う。が、新鮮でいささか疲れる人達だった。


「お疲れ様。仕事終わりの一服は身に沁みますわよ。」


 クジャクがお茶を持ってきた。


「こんなゴタゴタの後ですし、しばらくは客足は少なそうですわね。」


「新しいお客さんは毎日来そうな気がしますわ…」


「部隊の指揮官さんがお暇してるというのはいい事だと思いますわ。平和の証左に違いありませんから。」


 お茶を啜ったところで、クジャクが何かを持ってきてることに気づいた。


「ああ、これ、『高度連絡ラジオ』と言うらしいの。佐々木さんが届けてくださったの。非常時には対応する地区の緊急情報を教えてくれて、必要があれば近くの部隊や管理局との送受信もできるらしいわ。」


 ラジオの全面に大きく『使用法はマニュアルに従うこと。目的外・許可外使用一切禁止。アメリカ海兵隊』と書かれている。


「ええと、孔雀茶屋は…第三地区ですから、チャンネル3に合わせて、と。」


 ラジオから音楽が聞こえてくる。聞き慣れない音楽が流されている。


「一日3回の定期連絡以外は音楽を流しているそうですわ。そして常に電源を入れておくこと。絶対に分解しないこと。だそうですわ。」


 音楽に耳を澄ましているとかなり暗くなってきた。


「今日はどこで寝ようかしら。お気に入りの寝床は来るときに見たら跡形もありませんでしたし。」


「そういえば管理局の方からなるべく連絡ラジオのある場所で寝るようにとの告知がありましたわね。近くだとここか仮設宿舎ぐらいですわ。茶屋の裏方で寝ませんか?ここなら海兵隊の方も見回りしてくださってて安心ですわ。」


「そうしますわ。それに避難するときもこちらに羽根の手入れ道具を置いたままでしたし、久しぶりにしっかり手入れと行きますわ。」


 騒動の前にしていたのと同じように、茶屋の裏方で揃って羽根の手入れをする。満足いくまでしたところで、今日が終わる。

 変わった事は数あれど、孔雀茶屋は変わらない。日常が戻ってきた。

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