第18話 勇者と執事と鐘の街⑤
ゴーン、ゴーンと昼を告げる鐘が鳴った。
女はジンの質問に目つきを鋭くさせるも、口元を妖艶に歪めて見せる。そしてパンッ!と軽く手を叩いた。
「そうですね、お二人とも。お昼ご飯はもうお食べになりましたか?」
「いや、まだだが」
「でしたら、少し行ったところに美味しい食堂がありますので、そちらでお話しませんか?」
ジンとファフナーは占い師の女に連れられて、一軒の食堂を訪れた。――ルビコ食堂。サンルビコ通りの食堂だった。
サンルビコ通りは目抜き通りから少し外れた通りだ。昼間は少し寂しい印象もあるのだが、夜になると酒や女を求めた大人たちで賑わうタイプの通りだった。そこにある食堂の中でも、ルビコ堂は個室もある割と上品な店だ。
占い師の女はどうやら常連の様なのか、店主と呼んでいいかマスターと呼んでいいか、という男と軽快なトークを交わしつつ個室を用意してもらった。
ジンとファフナーは女に促されるまま部屋に入ると、小さな円卓のような席に着く。そして、席に着くなり女はため息交じりに言う。
「それで、私が魔族なのかですって?このアステアの、教会都市で、私が魔族なのかですって?貴方、私を殺す気なのですね?ああ、怖い」
それを聞いてジンは己の軽率さを恥じ、ばつの悪い顔になる。
確かにそうだ。ここはアステア、それもヒュマナス教の総本山である。そんなところでお前は魔族なのか?というのは、貴方は凶悪犯罪者の〇〇さんですか?と聞くのと同じくらい人聞きが悪い。下手すると聞いていた人間が通報するレベルだ。
これにはジンも謝るしかなかった。
「済まない。いや、そういうことじゃないんだ。何というか、その魔族、俺の故郷の事を知っているような口ぶりで……。そうジルバって奴だ、こいつを知らないか?あんたと同じ、銀髪に金の瞳の――」
「少し落ち着きましょう。ここの料理は美味しいんですのよ?まずは料理を頼みましょうか」
そう言ってジンの言葉を遮ると、女は店員を呼んだ。
そして適当に注文を始める。これ、美味しいんですよとジンとファフナーの分まで。おまけに自分の酒まで頼んでいた。昼間から飲むようだ。
「それで、ジルバという魔族の話でしたっけ?……残念ながら存じません。ただ、私は占い師、占うことは出来ますよ」
女はさも残念といった様子で言った。しかし、ジンは藁にもすがる思いだ。
「本当か?なら頼む!」
思わず前のめりになるジンに対し、女はにんまりと笑うと言う。
「一万アステアディル」
料金だった。
「私はこう見えて、腕の良い占い師。今回はそちらからのお願いです。対価を頂かなくては」
「……ファフナー、済まん」
ファフナーはジンと女を半眼で見やりつつ溜息を一つ、金貨を一枚取り出した。それを女は素早く回収する。そして、先日と同じ麻袋を取り出すと、そこから一つ石を取り出した。そこにはやはり記号のような文字が一つ。
「……その魔族は今まだ貴方の近くに居ます。直ぐにまた、会うことになるでしょう。恐らくは魔国ハーデスで」
「……ハーデス」
ジンはごくりと唾を飲み込む。いずれにしろ、魔族の国に行く必要はあるのだと。
「ただ、そのジルバという魔族、ソレ自体に貴女が気づくかどうかは別ですが……」
「それはどういうことだ?」
「それは、分かりません。ただ、そういう暗示が出ているのです」
これ見よがしに女は手を振って見せる。
「それで、そのジルバという魔族と会って、貴方は何を知りたいのですか?」
「……えーっと」
「タンゴ、とでもお呼びいただければ」
「タンゴさんは、前の勇者が何処から来たか知っていますか?」
ジンは真剣な表情で訊いた。
女、タンゴは当然とばかりに頷いた。
「ええ、勿論。先代の勇者様は異世界からお越しになったとか」
「なら、その勇者の世界について、どれ程の事を知っている?」
「……さぁ」
「ファフナーは?」
「さて、な。一般的には魔族のいない楽園から来た、としか伝わっていないはずだ」
「楽園、ね」
ジンは顎に手をやりその言葉を反芻する。恐らくこの楽園と言うのは勇者本人ではなく、誰か――恐らくは教会辺りが――流布したものだろう。
それはとにかく、二人の情報から一般的に勇者の故郷と言うのは余り知られていないと言うことになる。
「二人の知識がそんなもんなのは分かった。俺が探しているあのジルバ、という魔族は恐らくそれ以上のことを知っている。何故知っているのかは知らないが、もしかすると何か勇者と関係があったのではないかと思っている。だったら、俺はアイツと話をしないといけない」
ファフナーは、だったらあの時オーガ諸共吹き飛ばさなければ良かったのではないか、と思ったが、口を挟まなかった。しかし、爆発の中どうやって逃れたのかと唸り声を上げる。
そうしていると、ウェイターが料理を運んできてテーブルに並べる。
「お待たせいたしました。大陸ホンシメジのソテーと――」
何やら料理の説明を始めるが、その間にもタンゴはまぁ美味しそうとか言いながら酷く上品に、けれど素早く料理を取り分けて食べる。そして飲む。
その姿にジンとファフナーは半ば呆れたものだが、結局二人も取り分けられた料理を味わうのだった。
結局、その後は大した話は聞けなかった。挙句、何故か支払いは全てファフナーだったため、宿に戻る頃にはファフナーの所持金はスッカラカンだ。
「これは、ニルスに怒られるな」
ファフナーはそうボヤいたのだった。
~ 勇者観察報告書 ~
どうやら洗脳強化には間に合ったようです。モリオンも正常に機能したようで成果は上々。
また、勇者殿はどうやらディアノメノスと私を探しているようです。彼の意識はもう随分とアステアの思惑から外れているでしょう。
このまま、ハーデスへの侵攻などやめて頂ければよいのですが。
問題は勇者殿に着いた監視のうち、騎士と聖女でしょう。魔術師の方はどうやら洗脳をレジストしているようで、勇者殿に味方するようです。
いずれにしても、自らこちらに足を運んでいただくためにも次の布石が何かしら必要でしょう。
追伸。
ガズルさん達は元気にしていますでしょうか?私としては、ゴブリナのレナさんは料理の筋が良いようなので、早めに彼女に専属の料理人として立ち上がっていただければアザリーさんの負担も減るのかと存じております。
くれぐれも、バイオレット様がご自分で料理なさることだけはお止めいただくよう、宜しくお願い申し上げます。
召喚勇者と謎執事 こぺっと @coppet
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