第17話 勇者と執事と鐘の街④

 翌日、ジンは再び図書館の二階へと来ていた。今回もファフナーを連れて、だ。ニルスとメリオは置いてきた。メリオは随分と不平をまき散らしていたが、どうしてもファフナーと二人で話をしたいとそう思ったからだ。


「話、というのは?大方予想はついていますが」

「ああ、まぁいくつかあるんだが……」


 そう言ってジンは封印の間にあった先代勇者の手記を取り出した。


「これは?」

「一ノ太刀を取りにいっただろう?その時、転送された部屋にあった先代勇者の手記だ。正直、ここにはメリオ達には話せない内容が書いてある」


 ファフナーは手記を受け取ると、それをパラパラと捲る。


「……読めないな」

「……すまん」


 それはそうだ。手記はこの世界の言語で書いていないのだから。

 ジンは失念していた、と口頭で内容を説明した。主に、洗脳のこと。それに、ジンが元の世界に帰れないこと。それに、最後のページ、ディアノメノスのことだ。


「成程、それはジン殿には酷なこと。良く打ち明けてくれました」

「悪いがファフナー、俺はアステアをまるっきり信用できない。この魔王討伐という目的自体、何かの陰謀を感じずにはいられない。そうだな、目的からするとヒュマナス教が黒幕ってところか?」


 当たらずとも遠からずだろう、そう言うジン。

 ファフナーはポケットから宝石を取り出すと、注意深く眺めた。


「まぁ、恐らくはそうでしょうね。あの占い師から受け取ったこの石、大司祭殿の祝詞の最中に震え始めた。同時に私には洗脳の魔術を感じました。恐らく、あの祝詞自体が洗脳の術式なのでしょう」

「加護を与えると言いながら人を洗脳しようとは、大した宗教だ。全く」

「それで、ジン殿はどうするおつもりで?」


 ジンは少し考える。

 正直なところ、元の世界に帰れないという時点でジンにとって魔王を倒す意味は全く持って無くなる。依頼主のアステアも全く信用できないのだ。そうなると、答えは一つ――。


「ディアノメノスを探したい」


 これに尽きた。


「しかし、あの占い師が言うにはこの大陸にはいないと。そして、別の大陸に行くには無理があります」

「無理なのか?」

「ええ、一つはニルスとメリオをどのように説得するか。もう一つは物理的な障害です」


 ファフナーは一呼吸置くと説明を始めた。


「大陸の外、北へ向かうのなら、まずレーヴァテイル王国へと行かないといけません。そして、アステアとレーヴァテイル王国は国交を断絶しています。の国はアステアから邪教認定されていますからね」

「邪教……、それまた何で」

「アステアとは魔族に関する考え方が違い過ぎるのです。レーヴァテイルは魔族にも市民権があります。貴族が魔族のことも」


 ジンは成程と頷く。確かに、魔族を完全にこの大陸から排したいアステアにとってレーヴァテイルのあり方は異端だ。恐らくはハーデスに続く敵国のような扱いでもあるだろう。


「そして、仮にレーヴァテイル王国に入国できたとしてもそこから外へ行くのは難しいのです。そもそも、外の大陸など認知されていないのですから」

「はぁ!?」


 これにはジンも驚いた。外の大陸が認知されていないということは、外の大陸が本当に存在しないか、そもそも外に出ることが出来ていないかのいずれかだ。船や飛行機ともので海の外に出ることが当たり前の世界にいたジンにとって、これは少し考えられないことだった。

 そんなジンの想いにファフナーは回答を落とす。


「海は化け物共の巣窟です。今まで外の世界を求めて海に出た者達は多々いましたが、その全ては海の藻屑となって海岸に流れ着いたと聞きます。全て、海の怪物にやられたのでしょう」

「それじゃあ打つ手なしってことかよ!」


 頭を抱えるジン。


「いえ、一つだけ心当たりが無いこともないのですが……」

「あるのか!?」


 椅子を蹴飛ばし身を乗り出すジンだったが、周りを見回しばつの悪そうな顔で座りなおす。


「ええ、これは不確かな情報、というか噂なんですがね。レーヴァテイルには北の鬼と呼ばれているブルーノート伯爵という人物がいます。彼女は所謂魔族なのですが、元々外界、つまりは海の外から来た者だという噂があります。彼女に会えれば何か分かるかもしれません。しかし――」

「いずれにしろ、前途多難ってことか」


 ジンは机に突っ伏して呻く。結局のところ、最短距離を取るならメリオやニルスを振り切って、レーヴァテイルの国境を突破し、ブルーノート伯爵とやらに会いに行くということで、それは中々出来かねる。


「どうしたものかね……」


 二人が答えの出ない問いに頭を悩ませていると、ふとジンの後ろから声が掛かる。


「あら、勇者様ではないですか。これはまた奇遇で」


 昨日の占い師だった。先日のことといい、余りのタイミングの良さに驚きを隠せないジンとファフナー。全く何処かで監視されているとしか思えないタイミングだ。


「ふふ、どうでした?あの石、役に立ったでしょう?」


 その言葉にドキリとする。ジンは頷くことしかできなかった。


「あの石はモリオン。破邪の効果を持ったパワーストーンですわ。あの石があれば、呪いやその類の魔術に関してはほとんど完璧に肩代わりしてしまいますわ。お渡ししたモリオン、見せてくださる?」


 ジンが宝石を取り出し女に渡す。貴方も、と促されたファフナー机の上に宝石を置いた。


「あらあらまぁまぁ、見事に淀んでいますわね。呪いを吸ったのですね!ふふ、今浄化しますから、そこの魔術師の方も覚えておいてください」


 淀んでいる、といってもそれはジンにもファフナーにも良く分からなかった。いや、ファフナーだけは僅かな違和感を感じ取っていたのだが、明確なことは分からなかったのだ。

 女はファフナーも見たことのない術式を展開、呪文を唱えながら宝石を一撫でした。


「これで良いですわ」

「今のは、浄化の術式か?」


 女は頷くとニコリとほほ笑んだ。宝石を二人に返すと、何故かその場でクルリと一回転。


「……」


 何かが始まるのかと黙ってみていた二人だが、女は特にその場に立ったまま。


「いえ、別に何でもないですわ」


 と一言。何だかペースを乱されるジンとファフナー。

 しかし、ここでこの女と出会えたのはまさに僥倖ぎょうこうであった。ジンは頭を掻くと、昨日考えていたことを訊ねることにした。


「その銀髪、それに金色の目。お前、もしかして魔族なのか?」

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