第16話 勇者と執事と鐘の街③
宿に戻るとメリオが既に戻っており、一人ベッドに腰かけていた。
「ああ、お帰りなさい勇者様。ついでにファフナーさん」
「ただいま」
「ついでとはなんだ、ついでとは」
「冗談ですよ、ファフナーさん。おかえりなさい。ああ、それで勇者様」
メリオはベッドから立ち上がるとジンの腕に抱きついた。
「この街の教会にいる大司祭様が勇者様に会いたいと仰ってまして、この街から出る前には必ず来て欲しいと。如何なさいましょう。私としては明日で良いかと思っているのですが……」
ジンとファフナーは顔を見合わせた。
――近日中に我を失うことになりますわ。
ジンの頭で響く占い師の女の声。まさかな、と思う反面。ジンはポケットに入れた宝石を無意識に触るのだった。
翌日、ジン達はメリオに連れられるまま教会を訪れていた。
「ようこそいらっしゃいました勇者様。思ったよりも随分とお若いようで」
「そりゃどうも」
流石は教会都市か、教会は随分と大きな建物だった。まるで城のような作りの建物で、一般市民にも解放されている礼拝堂や、洗礼の間、それに上位神官達が使う祈りの間など様々な場所があるらしい。それに加え、宿舎塔などの神官、修道女が暮らす場も設けてあるという。
勇者が通されたのは、ある意味で予想通り、洗礼の間であった。勇者たちは祈りを捧げるために地に膝を着き、両手を組んでおり、その正面で大司祭が
「今一度、勇者とその仲間、英雄たる者たちに神の加護を……」
そう言って始まった儀式は、以前勇者が城で受けた儀式と同じであった。そう言えば以前、この儀式の最中でいやに眠くなったな、とジンは思い返しつつ、今度はその洗脳の魔術と言われるものの気配を探った。結局そういった気配と言うのは良く分からなかったが、不可思議な現象が起きていることにジンは気づく。
(何だ……、宝石が振動して……、熱くなっている?)
ポケットに入れていた宝石が細かく振動し熱を発していたのだ。チラと目を開けファフナーを見ると、ファフナーもこちらに目くばせしている。
祝詞が終わると石の振動もなくなり、熱も冷めていく。
「あの占い師……」
口の中で転がした言葉をゆっくりと飲み込む。
「神の加護があらんことを。……これで終わりです。お疲れさまでした。勇者殿の旅に幸多からんことを。そして、卑しき魔族に神の裁きのあらんことを」
司祭がそう言って祝詞を締めくくる。
ジンはこれで終わりか、と自分に何か変化が起きていないかどうか確認したが、特に何か変わった思考が湧き出るようなことはないように思えた。魔族の事を考えてみるも、以前感じた不自然な憎しみなども現れない。
大司祭は一つ咳払いすると――。
「それでは、少し人間と魔族についてお話ししましょう」
と、そう言って話を始めた。
内容はジンがこの世界に来て初めに学んだ内容と大抵同じものだった。
ヒュマナス教での神は一柱。人間を造った神、ヒュマナスを信仰する宗教である。その教義では、魔物も魔族も穢れを持った魂の器であり、聖なる魂を持った人間とは相いれぬ存在である。
魔物、魔族の神はヒュマナスとは別の邪神――ヒュマナス教では悪魔と説かれるが――ハーデスによる創造物であり、この大陸の侵略者である。したがって、この大陸は人間が統べるべきであり、魔物、魔族を駆逐することが神の御心に叶うことと説かれる。
故に、ヒュマナス教では全ての魔物、魔族を駆逐し、神の悲願を達成せんとしている。
「魔物、魔族というものは残虐です。悪魔の子ですから、人間に仇為し残虐の限りを尽くす生き物です。最近では、ハーデスとの国境付近の村が一つ襲われました。住民は皆……」
俯きがちに話す大司祭。
「そのような者たちが神の大陸であるここに生きること自体、間違っているのです。……魔を統治する魔王、彼などはその最たる者。今も多くの人々が彼によって苦しめられています。勇者殿には酷なお願いをしますが、どうかこの地を人間の手に取り戻すため、ご助力をお願い申し上げます」
その言葉は、彼の本心なのだろう。ジンもここは面倒を避けるため、分かりましたと一言告げるのであった。
「大司祭様のお話を聞くと、やはり魔族は駆逐せねばとそういう気持ちになりますね!勇者様!」
宿への道中。左腕にくっつくメリオが目を輝かせて言う。ジンはそれにぼんやりと同意の言葉を返すが、ジンの心は別の場所にあった。
モリオンの宝石をジンとファフナーに渡した占い師の容姿。銀髪に金の瞳。そういえば何処かで見かけたと思っていたが、アレはジルバとかいう魔族と同じものだった。それに、アステアにいた街路樹の男、アレも銀髪に金の瞳だった。これらの意味するところとは? それに気になるのはあのジルバという魔族。
(あれは、俺の世界の事を知っている……)
可能性はいくつかあるが、いずれ問いただす必要があるだろう。しかし、彼女とは次にいつ出会うことが出来るか。もし、あの特徴的な容姿の者たちに再び出会うことがあったなら、次こそはあの良く分からないペースに巻き込まれず、何か問いただすことが出来るのだろうか。そんなことを考えていた。
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