第15話 勇者と執事と鐘の街②

 怪しい女だった。

 全身を黒いローブですっぽりと覆っており、フードから覗く目には薄布で目隠しをしている。そこから微かに見える瞳は金。


「あたしね、旅の占い師でね、是非とも貴方達を占わせて欲しいの。無料で。特にそこのイケメン坊や」

「いや、坊やって歳でもねぇけどさ。で、俺占いとか興味ないんだけど」

「いいえ、駄目よ駄目。駄目駄目。ぜーんぜん駄目。あたしが占うって言ったら占うの。これ鉄則。例外は無いわ。……ささ、こっちへずずいっと」


 そう言って女はジンの手を取るとグイグイと引っ張って行く。ジンは振りほどこうとしたのだが、驚くべきことに全くビクともしないのだ。勇者の力を以てしても。

 結局それを追いかける形でファフナーも図書館の二階に付いていった。


 二階は本を読んでいる人間がポツポツと。あまり本というものが重要視されていないのか、それともただたまたまかは分からないが、意外に閑散としていた。

 女が適当な席にジンを座らせると、ファフナーはその隣に座る。

 女はジンの正面に座った。


「さて、占いましょう。占いましょう。何が出るかなジャンジャカジャーン」


 そして彼女が取り出したのは小さな麻袋だった。

 彼女がそこに手を突っ込み取り出したのは三つの石。その石には何か記号のようなものが一つずつ刻まれていた。


「ほうほうほう、そうですか、そうですね。そうですわねぇ」


 女はその黄金の瞳をジンに向け、ニヤリと笑う。


「まさか、貴方が勇者様だとはねぇ」


 瞬間、ファフナーが椅子を蹴って立ち上がり、杖を女に向けた。が、女は動じない。


「図書館ではお静かに」

「……」

「……当たり前のことを言われた気がするが、何か腑に落ちねぇなぁ」


 ファフナーは眉間に皺を寄せ、鋭い目つきで女を睨み付ける。ジンは何処か緊張感なく呟いた。


「お座りなさい、魔術師の方。占いの結果をドジャジャンと発表しますわ。……勇者様、貴方、近日中に我を失うことになりますわ、そんな呪いを掛けられてね」

「……その呪いと言うのは?」


 女はふふふ、と笑う。


「洗脳、のような物でしょうかね。貴方はその魔術によって洗脳されるのですよ。そしてそのうち望まぬうちに、戦い求める悪鬼となって世界中を戦火に巻き込むことでしょう。ああ、怖い」

「……」


 そうして女は石を袋に戻すと、再度三つの石を取り出す。


「そちらの不躾な魔術師の方。貴方はそうですわね、勇者様に引きずられる形で戦火のど真ん中にあり続けるのでしょう。……その結果、北の鬼に殺されますわ」

「……北の鬼だと?レーヴァテイルの伯爵か?」


 レーヴァテイルの伯爵。その言葉に女はニヤリと笑う。


「さぁ、そこまでは。ですが、今のままですと二人とも碌な目に会いませんわ。という訳で……」


 女は何処からともなく黒い宝石を二つ取り出した。


「それは?」


 ファフナーが訝し気に尋ねる。


「此方、モリオンという石ですわ。ありとあらゆる魔を払う、最強のパワーストーン。今なら何と二つセットで二十万、二十万アトリアディルでご提供しているこの石を五万アトリアディルでご提供しますわ!」

「金取るんかい!」

「勿論ですわ」


 ジンのツッコミにもまるで動じない女。


「ジン殿、行きましょう。このような手合い、まともに相手をしても仕方ありません。きっとジン殿が勇者だと言うことも、何処かから情報が洩れているのでしょう。それはそれで問題ですが……」


 結局金目当ての詐欺師か、とファフナーは溜息を吐くとジンを促す。


「ふふ、今この石を買ってくださればもう一つ無料で占って差し上げましょう。例えばそうですね、ディアノメノスについて、とか如何でしょう」


 その言葉に立ち上がったジンも動きを止めた。


「……知っているのか?」

「ジン殿!」


 座りなおしたジンにファフナーが声を荒げる。しかし、頭をぼりぼりと掻くと仕方ないとばかりに自分も座りなおす。


「如何ですか?」

「ファフナー、金貸してくれないか?」

「……」


 ファフナーは物凄い渋い顔で金貨を五枚取り出した。それをにっこりと素早く回収する女。


「済まない」

「毎度ありでございますわ。それでは……」


 そう言って女は再び石を、今度は一つ取り出した。


「ふむ、成程成程。恐らくの竜はこの大陸にはいないでしょう。海を越えて北にある大陸、そちらの中心にある迷宮の奥底に眠っているかと」

「馬鹿な、外の大陸だと?」

「ええ」

「そんな所、行けるはずがないだろう!」

「それは、勇者様の心がけ次第では?さて、今日も良い占いでしたわ!それではごきげんよう、うふふふふ」


 女はそれだけ言うと、物凄い速度で去って行ってしまった。

 残されたのはジンとファフナー、それにパワーストーンが二つ。ジンはとりあえず持っておくか、と一つ取り、もう一つをファフナーに渡した。


「ジン殿、念のためここで鑑定していきます」


 そう言うとファフナーは受け取った石に向かい何かブツブツと呟く。


「……特に呪いの類は掛けられていないので、大丈夫でしょう。ただ、私も見たことのない特殊な石です。確かモリオンパワーストーンとかわけの分からないことを言っていたと思いますが……」

「まぁ、害がないなら一応持っておくか」

「いまいち信用できない者でしたが……」


 結局二人はディアノメノスのことを調べることもなく、首を傾げながら図書館を出たのだった。

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