フェスティバル! ぽんぽこみっくまーけっと!
宇宙の外側。
そこは、無であった。
時間はない。空間もない。無であるから、『存在』がない。
何もない。
いや……何もないですらない。
ない、という言葉は、ある、の対義語であり、存在を前提にしている。
しかしこの無には存在という概念がない。
つまり、本来ならば『無』という言葉すら適切ではないのだ。
宇宙の外側とは、人間には決して理解できない、果ての果ての、そのまた果てである。
しかしながら……
そこにも暮らしがあり、くつろいでいるものがいる。
「ふぁーあ……」
宇宙の外側で、彼女は目を覚ました。本来ならば性別の概念などないが、本人は女性として扱われることを好む。実際に、地球生命が観測する姿は幼い少女(小学一年生くらい)の形だ。
「よくねた……。もしもここが内側だったら、八十億年は経っているな……」
パジャマにナイトキャップ姿の彼女は「んしょ」とベッドから降りると、歯を磨くために洗面所へ向かった。
宇宙の外側――――
彼女はそこを独自の観念で理解し認識している超越存在のひとつだ。それどころか、そこを自分のパーソナルスペースとして私物化していた。立場上、他者を招くこともあるが、超越存在でない通常の生命体にここの本質を説明すると、情報の高度さに耐えきれず魂が崩壊してしまう。ゆえに、わかりやすくするため、彼女は宇宙の外側をこう呼んでいる。
〝学長室〟と。
「さて、この私の愛するぽんぽこ大学の学生たちの様子は、と……」
幼い指をくいっと振ると、学長室内をただよっていたテニスボール大の球状の宇宙が、彼女のもとへと引き寄せられる。
星空模様のその宇宙を小さな手のひらの上に乗せ、星形を映す瞳で見据えた。
宇宙には、数々の生命および非生命の営みがあり、そのなかにぽん大生の姿もある。
少女は慈愛の微笑を湛えた。
「んむんむ。元気な者から憂鬱な者まで等しく、素晴らしき生を送っているな!」
彼女はスターリースカイ・スカッシュメタル・リリカルサファイア。
ぽんぽこ大学の創設者であり、
最高責任者〝学長〟であり、
学生たちをこよなく愛する、優しき『リリちゃん先生』である。
◇◇◇
「リ~~リ~~ちゃぁ~~~~~~ん」
学長室の扉が突如吹き飛ばされ、外から少女が入ってきた。
リリカルサファイア学長は眉をひそめる。
「おい。ドアを壊すなと毎回言ってるだろが」
「リリちゃ~~ん。助けてなのじゃぁ~~」
「話を聞かない奴だな……」
仕方なさそうにリリカルサファイアがぱちんと瞬きすると、扉は何事もなかったかのように修復されている。そうしている間に、部屋に入ってきた少女はリリカルサファイアに『がばぎゅっ』と抱きついた。勢いで、リリカルサファイアの満天の星空のような紋様をした、たっぷりの長髪がふわりと乱れる。
「もう疲れたのじゃぁ~。お仕事したくないのじゃぁ~~」
「また仕事をサボってこの私の部屋に来たな。そんなんじゃ閻魔大王としての威厳を保てないだろが」
「サボってないのじゃも~~ん。トイレ休憩だって補佐官には言ってあるのじゃも~~ん」
「まったく……仕方のない奴だ」
「わ~~~ん」
パジャマ姿のリリカルサファイアに抱きつき、泣きながら頭をぐりぐりしているのは、リリカルサファイアと同じような年頃に見える童女。こう見えても地獄を治める閻魔大王である。えんま!という感じの赤い漢服に、だいおー!という感じの自信ありげな顔……というのが地獄での彼女であったが、今はオフの時間。服装はそのままだが、表情はだらしなくへにゃへにゃになっていた。
「亡者リストをExcelでなく手書きでつくって送ってくる老害鬼やいくら叱っても職務放棄して賽の河原でバーベキューして亡者と一緒にパーリナイする
「そうかそうか。つらかったな」
「無能な先代大王が財政難を観光で解決しようとかほざいて針山地獄に建設したデスニーランドがすぐに廃墟となり負債となってわしの代にのしかかるのじゃぁ~~~~~~~~」
「災難だったな。よしよし」
「忙しすぎて結局三週連続でニチアサ見逃したし録画のメロキュアを応援することも未だにできてないのじゃぁ~~~~」
「最近のメロキュア見ていないのか。今なまけウィッチが襲撃してきていてこまちゃんたち負けそうで大ピンチだぞ」
「うわーーん!! わしが応援してないせいじゃぁーーーーー!!」
おぎゃおぎゃと喚く少女閻魔。リリカルサファイアは眉をハの字に曲げて、閻魔の頭を撫でてやる。閻魔の黒髪は毛先に近づくほどに朱色が差し、グラデーションを成している。美しい髪だが、手入れができていないのか、少し傷んでいるようだ。
リリカルサファイアは友人である閻魔の体を案じた。
「閻魔。羽を伸ばすために、この私と一緒にぽん大にでも行かないか?」
「あのやばい大学に? 行くのじゃ行くのじゃ~!」
「サボるのだから少しくらい迷ってもいいだろが……。ともあれ、宇宙の法則をいじって、今回だけサボっても誰にもバレずに帳尻が合うようにしておいたぞ」
「ありがとなのじゃ! リリちゃん大好きじゃ~!」
「んむ。この私も、おまえを愛しているぞ」
「のじゃっ!?」
調子よく喋っていたらリリカルサファイアの大いなる愛に触れてしまい、照れ照れになる閻魔であった。
「えへ、えへへのじゃ……そ、それでは、ぽん大へゆくとするのじゃ! でも、ぽん大は広いのじゃ。今日はどこ行くのじゃ?」
「今日は」
リリカルサファイアの唇が弧を描く。
「ぽみけに行く」
◇◇◇
ぽんぽこみっくまーけっと――――
通称〝ぽみけ〟は、ぽんぽこ大学の敷地全体を使って開催されたりされなかったりする、大規模な同人誌即売会である。
毎年八月くらいと十二月くらいに開催される。今回は八月開催なので「夏ぽみ」である。同人誌即売会という名称からして、マンガや小説などの書籍ばかりが頒布されると思われがちだが、サークル主が創作したものであれば、何でも出品することが可能だ。たとえば同人マンガは当たり前として、同人ゲーム、同人音楽CD、同人アカシックレコード、同人電信柱、同人がしゃどくろ、同人鯖の味噌煮、同人東京県など頒布されるものは多岐に渡る。
ぽんぽこ大学の広大な敷地内すべてが会場となる。サークル数は数百万規模。参加者数はサークル参加・一般参加を合わせて数千万以上と推定される。推定でしかないのは、ただでさえ存在の数が多いうえ、目にも留まらぬ速さでサークルを巡っていく神仙がいたり、十体で一つの意思をもつアキャモイア星人がいたりなどして正確なカウントが難しいからである。
「これがぽみけ! 人がいっぱいじゃー!」
「閻魔はぽみけに来るの初めてか。いろいろと教え甲斐があるというものだな」
ぽん大の正門に、ふたりの幼女が降り立った。
片や、えんま!な赤い漢服。片や、サイズの合っていないアカデミックガウン&角帽。
閻魔は八重歯のある口をわーっと開けて目を輝かせている。リリカルサファイアはそんな友人を見て優しくほほえんだ。
正門から入ってすぐのところに、南南西館へと向かう長蛇の列が発生している。人気漫画家・
「すごい人気じゃ……。冬の釜茹で地獄並みに人気なのじゃ」
「釜茹で地獄、温泉感覚なのか」
「やばい規模なのじゃ~……! ジャペァン中から人とかが集まっているのじゃな~」
「規模でいえば、この私が主催する秋の大学祭の方が遥かに大規模で、長期間だがな?」
(張り合うリリちゃんも可愛いのじゃ)
「だが、ぽみけの運営も、この私のような超越存在でもないのにここまで大きなイベントをまとめ上げているのは称賛に値する。……さて。閻魔は何を見て回りたい?」
閻魔は「はい!」と手を挙げて即答した。
「メロキュア!」
「だろうな。メロキュア島なら既に把握済みだ」
「島?」
「メロキュア関連の二次創作をするサークルが集結している場所があるのだ。北東館へ行くぞ」
「のじゃ……? 歩いていくのじゃ? ワープとか……」
「のんびり歩いてぽみけの空気を楽しみたいだろが?」
「それもそうなのじゃ! 楽し楽しなのじゃ~! いざ! 北東館へ、なのじゃ~!」
にっこにこで閻魔は北東館を指さした。
北東館の壁を内側からブチ破って
「のじゃあああああああ!?!?」
超重戦車はメロキュア本を大量に載せており、その外装には筆文字で『転売上等』と書かれていた。
「のじゃああああああああああ!?!?!?」
爆走する転売ヤーの超重戦車。
その進路上に立ちはだかる、勇気ある人影があった。
「の、のじゃ……!!」
轢かれて吹き飛んでいった。
「のじゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
しかし犠牲となった彼は英霊となり、ふたたび超重戦車の前に舞い戻った。英霊の旗印のもとに転売に断固反対する
「の、のじゃじゃ…………!!!!」
「のっじゃ~!!」
スピンする超重戦車は自分の動きを制御できず、閻魔の方へと突っ込んでくる!
「のじゃあああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
その時!
リリカルサファイアが閻魔をお姫様抱っこし、『ヴン』と音を立てて瞬間移動!
超重戦車は噴水広場の学長像に衝突し、大爆発を起こした!
舞い上がる爆炎を背に、リリカルサファイアは『とん』と着地。
腕の中で身を縮めるお姫様に、優しく声をかける。
「怖かったな。もう大丈夫だぞ」
「の……のじゃぁぁ…………♡」
――――ぽんぽこみっくまーけっとは、まだ、始まったばかりだ。
ぽんぽこ大学ドンドコ学部ドゥッダンツカドゥッドゥン学科 かぎろ @kagiro_
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