縮地激走! 中華超民主的超運動会滅茶面白!

「どうか……」


 声が、霧の向こうへと響く。


「どうか、お願いします……!」


 隼の瞳の青年・緑川みどりかわ隼人はやとが、地面に額を擦りつけた。


「俺を……! 弟子にしてくださいッ!」


 ここは――――

 中華超民主的国の奥地にある、仙人の住まう世界。

 仙境・黄山ホァンシェンである。


 切り立つような霊峰。雲海のなかにそびえ立つ奇岩。空間に満ち満ちた霊妙なる〝氣〟……。俗世と隔絶されたその場所にて、隼人は、とある神仙に弟子入りを志願していた。

 何故、このような仙界を訪れてまで?

 それは、彼が自らの能力に限界を感じていたからである。


 まだ改心していないオタサーの爆弾姫を相手取った時も。ドリルを持って暴れる穴熊あなぐま厳泥丸ごんでいまると戦おうとした時も。ぽん大生の夏休みが奪われそうになった時も……大した活躍ができなかった。もちろん、それらの事件は仲間たちの協力で解決へ導くことができたが、今後もうまくいくとは限らない。そもそもヒーローズが全員集合することはあまりないのだ。


 隼人は使命感がそれなりに強い男であった。親友のホァン健介ケンスケにそのことを相談すると、ホァンは答えた。


「我父親実家来訪、推奨!」

「ホァンのお父さんの実家? 中国に行けってことか?」

「我父親実家、仙境。父親、仙人」

「何者なんだよホァンは」

「父親弟子入志願推奨。我、隼人紹介!」

「お、おう、ありがとな……いや、でも正直、海外で修行するってのは……なんか二の足を踏んでしまうな……」

「自撮~♪」

「え、なに俺と一緒に自撮りしてんの」

「『隼人、仙境修行開始宣言! 武運祈!』呟~♪」

「なにツイートしてんの!?」

「呵呵呵! 我垢、早速五万RT突破!」

「おいやめろ!! 引き返せなくなってんじゃん!! リプ欄に『ホァン様のご友人、修行がんばって!』とか書かれてるし」

「頑張! 夏期休暇故、新挑戦推奨!!」

「ホァンが全身使って退路を塞いでくる……わぁかったよ、行くよ! こうなったら夏休みデビューしてやるッ!」


 そんな感じであった。


「そんな感じなんですッ……! どうか俺を、弟子に!」


 仙境にて、隼人は頭を垂れる。彼はけっこう真面目な男であった。


 それを眺めるのは……

 ホァンの父親であり、你好仙人ニイハオシェンレンと呼ばれる、地仙のひとりである。


 白き仙衣に身を包み、白髪はくはつ白髭はくぜんは足下まで伸びていた。老い、骨張って皺だらけのその姿は、しかし弱々しくはなく、むしろ対峙した者を竦ませる圧力を伴っている。それも必然。仙人とは過酷な修行を経て仙丹を練り抜いた、仙道の極みへの到達者であるからだ。


「フム……」


 その仙人が、しわがれた声を発する。


「愛する息子の健介の頼みとあらば、断れないアルなあ」

(語尾)

「構わないアル。夏休み期間限定で、オヌシをワシの元で道士として鍛え、仙術を可能な限り授けるアルよ。アイヤー」

(それは何のアイヤーなんだ)

「ちょっと待っててアル。仙人の資格の勉強に使ったユーキャンの教材を持ってくるアルからな」

(終わったな)

「いや、その前に……」


 你好仙人が、びしっと隼人を指さす。


「見込みがあるかを判断するアルよ。オヌシは何ができるアルか?」

「あ、はい……そうですね、異能力で高速移動ができます」

「縮地のようなものアルね。ではワシと競走するアルか?」

「え、いいですけど、ユーキャンすよね?」

「ユーキャンを舐めてるアルな? ていうか仙人を下に見てる感じがするアルな、その態度」

「まあはい……あ、いえ、そんなことは」

「仙人を」


 你好仙人の長い白髪と白髭が怒りとともに逆立ち、炎のようにゆらめく。


「バカにしたアルな。これは白黒つける必要があるアル……! オヌシとワシとで、徒競走アル!」

「え、あの、すいませ」

「仙人様と超能力者が競走かぁ! オラわくわくすっぞ!」

「西遊記の孫悟空!?」

「ハハハハそれでは朕が競走の場を設けようぞ」

「秦の始皇帝!?」

「ついでだからわが国全体から素早い奴らを集めて競走大会にしチャイナ★★★★★」

「中国の国家主席・超神龍チャオシェンロン!?」


 ~数時間後~


≪さあやってまいりました中華超民主的超運動会ーー!! 選ばれし八名の走者は我々にどんなアツいレースを見せてくれるのでしょうかーーっ!!≫

「早い早い展開が!」

≪司会はわたくしーー、キョンシーの屍屍娘娘シィシィニャンニャンが務めさせていただきますーー! 解説は拉麺仙人ラーミェンシェンレンさんですーー! 拉麺仙人さん、コメントをどうぞーー!≫

≪ズルッズルルルッハフッ……え、何?≫

≪カス。それでは走者のみなさま、準備はよろしいでしょうかーー!≫

「緑川隼人、といったアルか。健介のお友達だからといって手加減はしないアル。圧倒的な差を見せつけてやるアルから覚悟するアル」

「……わかりました。巻きこまれみたいなもんだけど、こうなったら腹をくくる。本気で走らせてもらいます!」

「ふん……アル」

≪位置についてーー!≫


 隼人が体勢低くスタンディングスタートの構えをとり、你好仙人が腕をだらんと下げて無造作に立つ。それ以外の、チャイナ服の女や頭が肉まんでできたカンフー男、始皇帝、ホァン、孫悟空、国家主席・超神龍もまた、思い思いの姿勢で号砲を待った。


≪よーーい……≫


 空気が張り詰める。

 緊迫の一瞬。


≪どーーんっ!≫


 合図とともに走りだす。いきなりトップに躍り出たのは――――


「うおおおおおッッ!!」

「アルアルアルアルゥゥッッ!!」


 隼人と仙人のふたりであった!


≪す……すごーーい! いきなりダントツですーーっ!≫


(いま、俺は――――)


 一心不乱に隼人は駆ける。


(――――風だ。すべてのものの先をゆく、風だ!)

「なかなかやるアルな! ワシの仙術、半の力ではここが限界アル! どれ……全の力を出すとするアルか!!」

「同じっすね! 俺もあと二段階はギア上げられますよ!!」

「抜かしおるアル!!」

「「おおおおおおおオオオオオオオオオオオオ!!!!」」


 ふたりは声を合わせて叫びながら、司会の言葉を置き去りにし、音を置き去りにし、背後の景色を引き離していく。

 そして。

 走り終えたその先で……ふたりは地面の上で大の字に倒れていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「アルッ、アルッ……アイヤー……」

「はぁっ、はぁっ……仙人さん、なかなかやりますね……」

「オヌシも、アル、な……」


 ふたりはクスッと笑って、寝転んだまま顔を見合わせる。

 拳を、コツンと合わせた。

 年齢の差は関係ない。国の違いすら些末なこと。

 激闘の末、心を通じ合わせたふたりは今や、好朋友ハオポンヨウであった。


≪超長距離を走る体力がなくなったので隼人選手と你好仙人選手、リタイアーー! そして超光速の近未来宇宙戦艦に搭乗した黄健介選手が一位でゴーールっ! 続いて超神龍選手たちも様々な亜光速の乗り物で次々ゴールしていきまーーす!≫


 最初だけふたりが一位だったのは、他のメンツがマシンのセッティングをしていたからであった。


「おかしくない?」

「ユーキャンで世界を破滅させる魔王の資格を取るアル」

「うわめっちゃキレてる」

≪優勝の黄健介選手、おめでとうございまーーす! 副賞として黄選手の黄金像が建ちまーーす! それでは最後に、国歌斉唱ーー!≫


 会場の来場者が起立し、みきとPのいーあるふぁんくらぶが歌われるなか、大の字のふたりのもとへホァンがやってくる。


「隼人~! 父上~!」

「おお、健介久しぶりアルな! どうアルか、大学の方は」

「滅茶面白大学! 楽!」

「ホァンはめっちゃ優秀だし、めっちゃ大学生ライフ楽しんでますよ」

「何よりアル。たまにはこうして帰省してくれたらワシやママやきょうだいたちも喜ぶアルからな? このあと家に寄っていきなさいアル。隼人くんも、もてなすアルよ」

「輪~威! 感謝! ……実家帰省、其後、隼人一緒観光!」

「いやホァンの帰省に付き合って観光にも行くような体力ねーよ! 俺は帰るからな!」

「無量大数里之長城」

「それは気になるわ」


 こうして隼人とホァンは中国の観光スポットを渡り歩くことになった。ホァンは仙人を父親にもつだけでなく超神龍国家主席とも知り合いだったので隼人もすごいVIP待遇を受けられるらしい。隼人のなかでまたホァンにまつわる謎が深まったのであった。


「隼人~、我母国、如何?」

「……めちゃおもしろ国家」

「呵呵呵呵呵!!」

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