アイム・ヴィラン! 傭兵・円環の射手、最悪の決断!

 汚れ仕事ならいくらでもやってきた。

 その男は、傭兵だからだ。


 教育機関の生徒や学生にはお気楽な者が多すぎる。学校での試験中にカンニングをしても、バレなければ問題はないと思っている。男はそのような甘い考えを持つ愚者にとっての死神だ。トリガーを引く。スナイパーライフルが撃発し、今この瞬間カンニングをした学生を狙撃する。こうしてひとりの学生の不正が暴かれ、暴いた分だけ男は報酬を受け取る。慈悲はない。感情など差し挟まない。金になるからやる、それだけだ。


 男は〝円環の射手〟。

 輪ゴム鉄砲の狙撃銃により、不真面目学生たちをぺちんと撃ち抜き「いてて」とさせてきた歴戦のスナイパー。

 なんだかんだで善なる者が多いこの世界において、彼は他者を蹴落とすことで生計を立てている。


 ゆえに、彼は自分自身をこう評価する。


「I'm villain....(俺は悪だ……)」

「何か言った、円環」

「No....(いいや……)」


 ぽんぽこ大学、二号館裏の屋外喫煙所。そこで円環の射手は、盲目の処刑人〝ギロチン〟とともに煙草を吸っていた。


「それにしても……〝D-ENDディ・エンド〟も今や私と貴方の実質ふたりになってしまったわね」


 冷たい声でそう言って、ギロチンが口から白煙を吐く。顔の上半分に布を巻き付け、華奢な身体にそぐわぬ大鎌を背負った彼女は、カンニング阻止を生業とする傭兵部隊〝D-END〟の構成員であった。

 円環の射手も〝D-END〟の一員であり、五人いたメンバーの事実上のまとめ役を務めていたのだが……


「〝ヴェンデッタ・ケイ〟は銃刀法違反で豚箱行き。〝白ピクミン〟は株式会社にゃん天堂のピクミン新作のCMに出演するようになって、裏稼業から足を洗った。〝unknown〟とは何故か連絡がとれない……まあ、彼は元から私たちにも素顔を明かさず距離をとっていたから、何も不思議はないけれど。ともかく、私たちも身の振り方を考えなくてはならないわ」

「Yes....(そうだな……) D-END is maybe the end.(〝D-END〟はもう解散すべきかもしれん)」

「貴方もそう思うのね。私と貴方がいくら実力者でも、さすがにふたりしかいないのでは活動も縮小せざるを得ない。良い機会だし、お互いフリーランスでやっていくというのも手でしょう。あるいは……」


「あるいは、他の組織に参入するか。ダナ?」


「っ! 何者!」


 ギロチンの声に応じ、謎の声の主が姿を見せる。

 建物の陰、闇の中から現れたのは……

 数人のウェイ(WAY:Wellness Absolute Young man)を引き連れた、UMA、ツチノコであった。


「......What's?(は?)」

「まさか……!? ……いいえ、ツチノコなんてしょせんは空想の動物。実在するわけがないわ。よく見なさい円環。ツチノコの特徴として『ヘビに似た体だが、胴体の中央部が膨れている』『腹部に〝蛇腹〟がない』などといったものがあるわ。私たちの目の前にいるコイツはどう見てもヘビに似た体だが胴体の中央部が膨れているし、腹部に〝蛇腹〟がない」


 ツチノコであった。


「ツチノコだわ――――っっ!?」

「Magica.(マジか)」

「お初にお目に掛かる。俺はウェイウェイ学部グララアガア学科に在籍する、ツチノコだ。つっちーと呼んでくれて構わない、ゼ?」


 ツチノコが低く太い声で名乗った。円環の射手に劣らないダンディボイスである。


「ウェ~イ(そして私たちはウェイです)」

「ウェイの方は知っているわ。知能は低いのにやたらとカンニング技術だけは冴え渡っている謎存在。私も幾度となくこの大鎌でウェイの不正を断罪したものよ。ツチノコなんて連れてきて、復讐にでも来たのかしら」

「違う、ゼ?」


 ツチノコが尻尾を振って合図すると、ウェイのうちひとりが茶封筒を取り出し、円環の射手とギロチンに渡した。

 ふたりはツチノコたちから目を離さずに、封筒の中を改める。

 百万円が入っていた。


「fm....(ふむ……)」

「……ふうん? そういうこと……」


 ふたりはすぐに理解した。

 これは〝仕事〟の話だ。

 たたずまいを変える。円環の射手は目を細め、ギロチンは首の骨を鳴らした。

 低い声で、射手が訊ねる。


「How request?(依頼の内容は?)」

「俺たちウェイウェイ学部グララアガア学科の偏差値はマイナス六十四億だ」

「頭に脳以外の何を詰め込んだらそうなるのよ」

「偏差値を上げるためにどうしたらいいのか、俺たちは考えたのだ、ゼ? 考えて考えて、考え続け、そして……ストロングゼロを飲んでいる時についに閃いたのだ」

「So bad.(もうダメだろこれ)」

「ドンドコ学部ドゥッダンツカドゥッドゥン学科生をはじめとする、偏差値がプラスのエリートたちの試験を邪魔して、0点をとらせればいいのだという……最強の名案が、ナ?」

「あんたたちがマイナス五億点とるなら意味ないのでは?」

「その百万は前金だ」


 ツチノコのつっちーは、鱗に覆われた頬をニヤァリ……と歪ませた。


「夏休み中、ぽん大で行われる再試験の受験者すべてを潰してもらいたい。仕事を完遂するたびに、報酬金は十倍ずつ増やしていく……」

「10...!(十倍……!)」

「悪い条件ではないはずだ、ゼ? 俺たちは〝D-END〟の腕を高く買っている。まあ……」


 円環もギロチンも、既に気づいていた。

 屋外喫煙所を取り囲むようにウェイたちが集結し、ふたりにプレッシャーをかけている。


「断ったらどうなるか……ククッ、わかっていると思うが、ナ?」

「Question 1.(ひとつ聞きたい)」


 円環の射手は一切動じない。鋭い目つきのまま、煙草の紫煙を吐き出す。


「How much?(最終的な報酬総額は?)」

「五千億円、ダゼ?」

「Judgement.(決まりだな)」


 円環の射手は、ニィィイ……とつっちーに負けず劣らずの邪悪な笑みを浮かべた。

 汚れ仕事ならいくらでもやってきた。その男は、傭兵だからだ。

 慈悲はない。感情など差し挟まない。

 金になるからやる、それだけだ。

 なんだかんだで善なる者が多いこの世界において、彼は他者を蹴落とすことで生計を立てている。


 ゆえに、彼は自分自身をこう評価する――――




     ◇◇◇




「I'm villain....(俺は悪だ……)」


 円環の射手はそう言いながら捕獲したつっちーをUMAコレクターに五兆円の値段で売りさばいた。国際お金持ち会議に出席するほどの〝超富豪〟であるUMAコレクターはたいそう満足し、円環の射手もまた「I'm villain!! lolololololol」と大笑したのであった。ギロチンはドン引きしたのであった。

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