「好き」
雪波 希音
恋を知りたいから
「好き」って、何?
「私さ、恋したことないんだよね。だから、教えてほしいんだけど」
昼休みの教室。
二つの机を向かい合う形でくっつけ、足りない椅子は近くから持ってきて四人で囲んでいる。
弁当を食べ終えいつしか恋の話題になって、
「教えるって言っても……なんだろ」
「色々よね」
「うん。ていうか気付けばしてる」
三人の友達はそれぞれに答えてくれた。
でも、私が知りたいのはそういうことじゃない。恋している人の心情は分かる。少女漫画はたくさん読んでいるから。
“気付けばしてる”、その「気付けば」がわからないのだ。
何も返さないでいれば、視線が三つ集まってくる。私は悩みつつ切り出した。
「男子で好きな人はいるよ」
「おぉ!?」
「ちょっと
まだ続きがあるから。
「いるけど、多分恋愛の『好き』じゃない。
「なんで“多分”とか“だと思う”とかつけるの?言い切れないんなら恋の可能性ありだよ」
「だって、恋がわからないからどうしようもないじゃん」
可能性で言えば、沙織の言う通り、恋かもしれない。
だけど、もしそうだったら、私は仲の良い男子全員が「好き」ということになる。だから多分、違う。
三人が言葉を探すようにうーんと唸る。みんなは当たり前に分かっているのに、自分のために考えさせているのが申し訳なくなって、つい尋ねてしまった数分前を後悔した。
少し無言が続いたので、恋を知るみんなが答えやすそうな質問を明るい声でしてみた。
「じゃあさ、みんなはどうやって『好き』を判断してるの?友達の『好き』と恋愛の『好き』の境目ってどんな?」
「んー……あたしは、フィルターがかかるよ」
「フィルター?」
問いかけた私の方を見て未来は頷いた。
「うん。そのフィルターはね、好きな人にだけかかってて、あたしの前にこんな感じであるの」
未来が自身に手のひらを向けた右手を横にして額の前に掲げ、胸の辺りまで直線に下ろす。
「でね、このフィルターを通して好きな人を見るの。めちゃめちゃかっこいいよ」
「へぇー。そのフィルターって勝手にかかるの?」
聞いた後で思った。意図的にフィルターかけて好きになってるわけないよな。
「もちろん!」
やっぱり。
そして未来はいきなり食い気味になってアピールしてきた。
「ホントにね、キラキラして見えるよ好きな人!おすすめ!」
「キラキラするのわかる!!好きになる前と後じゃ全然違うよね!!」
「そうなの!!」
「なんか急にテンション上がったね。由実はいつもだけど」
「詩乃は落ち着いてんねぇ」
苦笑気味に沙織が言った。
あ、バレてる。未来の話が全く理解できてないこと。
そんな沙織に聞いてみる。
「沙織は?好きな人いるって言ってたよね」
「私はあれかな。去年のクラスマッチ、男子はバスケだったじゃん?自分の競技終わって体育館の二階に行ったら、ちょうどコートに入ってく好きな人が見えたんだよね。まぁその時は好きって気付いてなかったけど」
去年のクラスマッチを脳裏に思い浮かべる。
確か、体育館一階の入口側のコートで男子がバスケ、ステージ側のコートで女子がバレーやってたっけ。男子も女子もほとんどみんなバスケ見てたから、バレーの人達かわいそうだったな。
「それで偶然目が合ったから、なんとなく手振ってみたの。普通に仲良かったし。そしたら、あっちが笑顔で振り返してくれて。すごい嬉しくて、あー好きなんだなって、思って……そんな感じ」
照れたのか少し俯いて沙織は話を締めくくった。
すかさず、恋バナ大好きな由実が目を輝かせて食いつく。
「何それいいっ!!青春ってかんじ!」
「ほんとにね」
――青春すぎて、漫画にありそうで、嘘じゃないかって思ってしまう。
心内は疑念ばかりでも、表情は笑顔を作った。
ふと、ある男子のことが頭に浮かぶ。
恋愛的な「好き」じゃないけれど、友達として「好き」ではある男子の、妙な行動。
「……あのさ、これ見て」
スマホを取り出して操作し、某メッセージアプリのとある画面を表示させて全員から見える位置に置く。
三人がそれを覗き込んだのを確認してから、私は話し始めた。
「これさ、中三の時に同じクラスだった男子との個人チャットなんだけど。中学校卒業して、それから一回も会ってないのに……ずっと会話続いてんだよね」
すると、三人はきょとんとした表情でスマホから私へ視線を移して。
「……え!?」
「まじで!?」
「今高二だよ!?一年以上続いてんの!?」
沙織、未来、由実の順番に驚きの声を上げてきた。
その反応で確信した。
やっぱりこれって変なんだ。
「続いてるって言っても、私は何回もやめようとしてるんだよ。最近だとここ」
みんなの前で画面を上にスクロールさせる。そして、一ヶ月前のトーク履歴で止めた。
その日、相手のメッセージに対し、私はスタンプのみを送っている。
「普通スタンプだけ来たらさ、既読つけて終わりかスタンプ返しぐらいじゃん?なのにこの人、前まで話してた内容もっかい引っ張ってきて無理やり会話再開させてきたんだよね」
「ホントだ……」
「しつこ」
「そう。だから既読無視したわけ」
「おぉ」
やるな、というようなニュアンスで由実が言った。沙織も妥当だと頷く。
少し得意げに笑ってみせ、私は再び口を開いた。
「そしたら、一週間後くらいに、私がひとこと変えてすぐあっちからメッセージ来たの」
画面左から出ている一つの吹き出しを指差す。その文章を由実が読み上げた。
「『ノー勉テスト奴ww』……は?」
「これにどう返せと」
「返事に困るやつだね……」
いやまじそれな未来。めちゃくちゃ困ったわ。
あの時のひとことは、私の記憶が合っていれば「テストノー勉でいこ笑」だった。別にそれを見た誰かにツッコんでほしかったわけじゃなかったし、相手のツッコミ方も謎すぎて面白くなかったから「w」しか返してない。
というか一番怖いのはね。
「とにかく、何回既読無視しても、一週間ぐらい経ったら絶対何かしらメッセージ来るんだよ。どんだけ会話続けたいの!?友達いないの!?って感じじゃない?」
しかも、私がよく返信する日曜日にばっかり来るし。狙ってるとしか思えない。
この恐ろしい気持ちをみんなと共有したかったのだが――みんなの感想は違うようだった。
「……詩乃、その人に好かれてんじゃない?」
「…………は?」
「うちも思った!詩乃が好きだから会話切れさせたくないのかなって!」
「由実も?あたしも同意見!」
「え……」
沙織から始まり、由実、未来がキャッキャと騒ぎ出した。
全く予想外の展開についていけない。
「いや……その人とは普通に友達だし」
「そう思ってるのは案外詩乃だけかもよ?」
「相手はもしかしたら中学生の時から詩乃のこと好きだったかもしれないね」
「ちょ、沙織、未来……」
頬に熱が集まるのを感じる。
――まさか……本当に、みんなの言う通り……?
「思い切って聞いてみたら!?なんならうちが聞いてあげよっか?詩乃のフリして」
「っや、やめて!」
由実が四人の中心に置いたままだった私のスマホを手に取ったので、慌てて奪ってスカートのポケットに突っ込んだ。
不満そうな由実に、私は早口でまくし立てる。
「た、ただ話したいだけかもしれないじゃん。もし勘違いで、あいつから『好きじゃないけど』みたいな返信来たら恥ずかしくて死ぬ……」
そう、勘違いだったら。友達でいられなくなったら嫌だ。
飽きもせずメッセージを送ってくるのは正直面倒くさいけど、あいつのことは嫌いではないから。
でも……勘違いじゃなく、本当に私のことが「好き」なら、ちゃんと言ってほしい。
――そしたら、こっちも考えるのに。
「ダメだ……自惚れそう」
「うちは自惚れてもいいと思うけどな!まじで好きっぽいじゃん!」
「んー、けど慎重になるのもわかる……。確証ほしいよね」
「誰かに聞いてもらえば?」
「聞いてもらうにも事情説明しないとだから、私には無理だわ……ごめん沙織」
「いやいや。そうよね、はっきり分かってるわけじゃないもんね」
いい案出せなくてごめんね、と謝られ、いやいやいやと私は首を振った。考えてくれただけでもありがたい。
不意に、由実が名案を思いついたかのようにぱっと表情を明るくした。
「じゃあさ、彼氏いる風にひとこと変えてみたら?『Since 7.12』的な!」
「……ん?」
どういうこと?
首を傾げる私を他所に、未来が両手をパチンと打ち合わせて賛同する。
「いいね!それでメッセージ来なくなったら詩乃が好きだったって分かるし!」
「そそ!」
「『1 month』とかでもいいね」
「「あー、確かに!!」」
「盛り上がってるとこ悪いけどやらないからね?」
彼氏いないのにそんなこと書いたら完全に恥ずかしい奴じゃん。それやるくらいなら分からなくていいわ。
ふと、今までの会話を聞かれていないか気になって、教室内を見回した。が、杞憂だったようで、誰も私達の方は見ていなかった。
……こういう時、少女漫画だったら、私のことを見てる男子が一人はいるんだけどな……。
とか思ってる私やばいよね!!夢見すぎ!!
「彼氏ほしいから好きな人できてほしいー……」
ため息と共に項垂れれば、みんなから「大丈夫だって」「そのうちできてるよ」という風にフォローされ、少し前向きになれた。
……まぁ、いつかできるよね。できてくれるよね。
なんて心の中で呟きながら実は、誰か告白してきてくれないかな、という願望が常にその奥にあることは、誰にも言えない。
「好き」 雪波 希音 @noa_yukiha
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