#40 Нунюм 《問い》


 その後の展開は非常に早いものであった。

 何はともあれ、極東でのブラーイェの被害は酷いものであって政府自身も目を瞑ることは出来なかった。ブラーイェを止めたのが高校生の二人であったということも含めて。

 シェオタル語の存在やシェオタル人の力の存在が白日の下に晒された。少しづつ進む極東の街の復興の中で、政府は遂に文化庁を中心としてシェオタル語の伝承先行研究を集めて整理し、ブラーイェのようなことが二度と起こらないようにシェオタル語の教育体制を整えた。そうして、国語科の国定教科書にシェオタル語の項目が追加されるようになったのであった。


「シェオタル語が教科書に乗った気持ちはどうですか?」


 多くのフラッシュの中、二人の高校生がその光を浴びながら大量の記者の前で質問を受けていた。

 頭上にはこの会見の目的が掲げられている。『北方郷土文化協会 設立!』、郷土文化部はその活動を認められて瀬小樽県内外の人からの支持を受けた。大量の支持者は協力を申し出て、最終的に部は北方郷土文化協会として昇華した。ヴェルガナフ・クラン――俺と三良坂理沙は部員としてブラーイェを止めたということが広く認められて、協会の役員として名を連ねることになった。最初は理事長となることを求められたが、断った。自分には地位は要らなくて、社会を変えていくことが必要なのだと思っていたからだった。最終的には、職を失った神薙さんにその地位を譲った。彼は戸惑っていたが、快くこの任に着いてくれることになった。


 シャッターの中、横に座る理沙は質問を受けて、その瞳に光を湛えながら答える。


「私達のような中途半端な存在であった人々にやっと極東政府が目を向けてくれたということは称賛すべきことだと思います。極東語とシェオタル語がこれからも極東国民の心の中で強く意識されていくことを望みます」


 言い切った理沙はとても清々しそうな顔をしていた。最初の状況を見れば確かに現状は明らかな進歩だろう。だが、俺ははっきりと違和感を感じていた。針金の端を持って細い管を通そうとして、通ったと思って管の側面を伝っているような、そんな感じの違和感が心の中に満ちていた。

 その違和感の正体は、まず極東の態度がブラーイェという物理的危険によって変わったということであった。言語の強さとはそれを公用語にする国の強さであるとは言ったものだ。しかし、力による言語の警護はつまり言語の文化的価値を認めて言葉を守ろうとしているわけではない。だから、極東の態度の変わりようを積極的に良いことだと認めることは出来なかった。

 二つ目に、姉の行方は未だに分かっていないということである。クリャラフは極東警察に逮捕された。彼女から情報と俺たちの目撃と証言によって捜査は進展する、そう思っていたが現実には捜査は長引いていた。未だに「シェオタル独立地下組織」は現存している。何処からか、極東を滅ぼす時を待って舌舐めずりをしているのだろう。


 隣の彼女を見る。彼女の顔は輝いていた。達成感に満ち溢れていた。

 色々と考えることはあるが、ただ今はここまでこれたことを認める他ない。誰もが幸せになれる社会を作る第一歩に成れたのだろうか。それは未来にならなければ分らない。だが、少なくともそのための一歩を踏み出すことが出来たのではないだろうか。

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ボクたちの言葉が忘れられるこの世界は間違っている Fafs F. Sashimi @Fafs_falira

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