ハチ子さん

コオロギ

ハチ子さん

「うちの高校にお嬢様いたっけ」

「何の話?」

「校門のとこ」

「ん? ああ、みっちゃんじゃん」

「電車通学じゃなかったっけ?」

「ああ、車通学してるって? それはね、『ハチ子さん』に狙われちゃったからね」

「ハチ子さん?」

「そ」

「何それ」

「忠犬ハチ公って分かる?」

「『忠犬ハチ公(ちゅうけんハチこう)は、死去した飼い主の帰りを東京・渋谷駅の前で約10年間のあいだ待ち続けたという犬である。犬種は秋田犬(あきたいぬ)で、名前はハチ。ハチ公の愛称でも呼ばれている』」

「ウィキるな」

「で?」

「夏休みさ、補習あったじゃん? みっちゃん、それ出てたんだって」

「偉い」

「だよね。なぁも知ってるように、みっちゃんは電車通学でしょ。補習ももちろん電車で通ってたわけ」

「まあそうなるよね」

「みっちゃんの最寄駅、知ってる?」

「あそこでしょ、屋根もベンチもない」

「そうそう! このくそ暑い中、毎朝頭を朦朧とさせながら電車が来るのを待ってたわけよ」

「それみっちゃんが言ったの?」

「ちょっと盛った」

「だと思った」

「で、ふと反対のホームを見ると、女の人が一人、電車待ってたんだって。夏休みに入ってからこの時間帯に自分以外の人がいるの珍しいなーって思ってその人のこと見てたら、目が合っちゃって、そしたらその人、『あっ』って、何かに気づいたみたいに言って、笑顔で手を振ってきたんだって」

「知り合い?」

「みっちゃんもそう思って、誰だったか思い出そうとしたんだけどだめで、そうこうしてるうちに電車来ちゃってその日はそのまま学校行ったんだって」

「その日?」

「次の日もね、いたんだ、その人。反対のホームに。みっちゃんを見つけると昨日と同じように笑顔で手を振ってきたらしいんだけど、みっちゃん、ちょっと変だな、と思ったんだって」

「知らない人なんだよね?」

「それもあるんだけど、その人の恰好がおかしくて」

「真冬の服装してたとか?」

「いや、Tシャツにジーパン」

「めっちゃ普通じゃん」

「それがさ、昨日と全く同じなんだって。赤いキャップ被って、バックパッカーみたいなでかいリュック背負って。普通さ、そんな重装備で日帰り旅行して、翌日またそんな重装備で出かける?」

「考えにくいかな」

「でしょ? 知らない人だし、無視して学校行ったんだけど、次の日もやっぱりその人はいて、同じ恰好で、こっちに手を振ってきたんだって」

「えー怖い」

「ね。みっちゃんも怖くなって、一緒に補習に出てた子にその話をしたのね。そしたらさ、タカが『それ私の姉ちゃんかも』って言い出して」

「はあ?」

「タカのお姉さん、今海外旅行してるんだって」

「いや、おかしいでしょ。日帰り海外旅行を何回も繰り返してるの? タカのお姉さん」

「実はね、その時みっちゃんが話したのは『バックパッカーの恰好をした知らない女の人が手を振ってきた』って内容だけで、ここ数日毎朝遭遇してるとか詳しいことは言ってなかったらしい」

「超重要なとこじゃん!」

「なんだけど、みっちゃんそれ聞いて安心しちゃったらしくて」

「やな予感」

「次の日の朝、手を振り返しちゃったんだって」

「あー……」

「ちなみに手を振り返したその日が補習の最終日だったから、その後みっちゃんはその女の人には会ってないんだけど」

「……けど?」

「その翌日も、その女の人は駅にいたんだって。みっちゃんの弟がプール行くのに電車待ってたら声掛けられたらしくて」

「声掛けられた!」

「『ここでいつも電車を待ってる女の子、知りませんか』って」

「まさか」

「さすがに弟くんも『それは僕の姉です』なんて答えなかったみたいだけどさ。……ねえ、気づいた?」

「何を?」

「プールに行く電車は、高校に行くのと同じ上りの電車なんだよね」

「え、ちょっと待って。つまり」

「みっちゃんを探しに反対のホームから移動してきた、ってことだよね」

「待って待って怖い怖い」

「その日タカからタカのお姉さんの旅行中の写真が送られてきて、まあ当然だけど全くの別人だったことが判明したと」

「みっちゃんが車通学になった理由は怖いほどに理解したけど、『ハチ子さん』は結局何なわけ?」

「さあねえ、生きてる人なのか幽霊なのかも分からないし、目的も不明だし」

「いやそれもだけど、そのネーミングは何なわけ」

「みっちゃんをずっと待っている、というところからなんかハチ公みたいだなって思ってその女の人につけた名前よ、私が」

「だと思った」

「おはよう」

「みっちゃんおはよ」

「みっちゃん、なんか大変な目に遭ったんだね」

「ああ、うん、……ハチ子さん、のことだよね」

「そうそう」

「もう、みっちゃんまでハチ子さんって呼んでるの?」

「……」

「みっちゃん? 顔色悪いよ。大丈夫?」

「……さっき廊下で、学校の最寄り駅にバックパッカーみたいな女の人がいたって言ってる子がいてね。だから、……もしハチ子さんがここまで来ちゃったらたぶん二人にも迷惑掛けると思うけど、そのときは、ごめんね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハチ子さん コオロギ @softinsect

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ