8−6 初夜
新人2人は辛そうにしているが、実際の所強行軍という程の行程ではない。
ただ、新人2人には特にハードなスケジュールだったのだろう。ダンジョンへ入る複数ある手段のうちで最も体力を使う縦穴降下を選んだり、天幕を張る為の場所を念入りに検討して地下空間を1時間少々歩き通したりといった行程は、訓練目的であったのだから仕方のない部分だ。
俺自身、冒険者になった直後に今日と同じ行程を体験していたなら、天幕の設営を完了した時点で人目を憚らず地面に寝転がっていただろう。今の2人の様に。
ちなみに、天幕の割り振りは小型をマイクが、大型を他の全員がということになった。俺は男女で分ける事を提案したのだが、『都市開発の中心人物である俺』と『同郷というだけで近付いて来た男』を2人っきりにする事は出来ないと、相次いで反論があった。
道中でも徹底して俺の隣には必ず近接戦闘が出来るメンバーが居る程の警戒ぶりで、俺としては少々マイクが不憫に思える。
女10人男2人で、片方の男だけ煙たがられているというこの状況は、どれほど鈍感であろうとしても無関心では居られないだろう。疲れがそれを忘れさせてくれるなら、互いの精神安定の為にも疲れ過ぎるくらいがちょうどいいのかも知れない。
「2人は体力作りも出来ていないようだし、冒険の最中で倒れられても困る。夜番ローテから外しておかないか?」
グッタリしている当人を他所に、俺はリーダーへと耳打ちした。
「ほう? アリスだけでなく、彼もかい?」
意外そうに言われるのは、少しばかり心外だ。
別に俺は彼を敵視している訳ではないし、そもそも新人にフルタイムの戦力としての期待なんて抱くつもりはない。何より、彼がウトウトしていた所為で他のメンバーの行動を阻害して誰かが怪我を負った、なんて状況になろう物なら目も当てられないだろう。
そんな俺の意図を伝えると、リーダーは何度も頷く。
「なるほど、それはそれで君らしい」
いったい何がどう俺らしいというのか。
薮蛇になりそうなので、敢えて問いかけはしない事にした。
◇◆◇
拠点を設置すれば、直ぐに移動しなければならない道中と違って、時間を掛けて具材を煮込む事が出来る。塩漬け保存食などは、スープの具材に丁度いい。
そもそも瞬間冷凍技術などの香辛料に頼らない食料保全技術は一般に浸透していないのだから、美味しく食べる為には様々な工夫が必要だ。下手な料理店は切って並べるだけ、単に焼くだけなんて事も珍しく無いので、露店での買い食いは負け込み前提の博打になってしまう。
よくある酒の席の話題で理想の冒険パーティを話し合うとまず一番に候補に挙がるのが料理の才能持ちだというあたり、飽きずに食べられる彼女達の手料理は感謝せずにはいられない程ありがたい物だ。
もともと食事に飢えていたアリスは今や俺と同様に「いただきます」「ごちそうさま」と挨拶をする様になっていた。もしかしたらそれは神様への感謝では生きていけないと絶望していた彼女にとって、他者への感謝を思い出す切っ掛けになったのだろうか。最初は俺の指示に仕方がなくといった様子だった彼女の挨拶も、今ではすっかり食前訓食後訓として見れる堂々とした所作になっている。
数多の神の実在が知られる世界、祈りを捧げる神はここに違うしその形態もさまざまだが、何もしないというのは逆に目立つので誤摩化しにはちょうどいいかも知れない。
マイクの方はと言えば、堂々と聖句らしき言葉とともに祈りを捧げている。その振る舞いが逆に宗教への入れ込みが見えて、宗教戦争的な火種にならないかと怖かったりするのだが、触らぬ神に祟りなし、だろうか。
「夜番のローテーションについてだが、マイクとアリスの2人は参加する必要はない。むしろ、翌日に疲れを残さない様、こんな場所でもしっかり休みを取る訓練だと思って、休息に励んで欲しい」
全員の食事が終わるのを待って、リーダーが今後についての話題を口にする。
休息に励むなんて珍妙な台詞だが、実際の所寝袋での睡眠で十分な休息を得るというのは中々難しい。土肌の感触など余計な事に気を取られない様にするというのは、つまり休息に集中するという事だ。
言葉の上では矛盾しているようなそれを感覚的にこなせる様にならなければ、1週間野外で活動したときのストレスは計り知れない。励んで欲しいというのはつまり、それが容易い事ではないと言う事だ。
案の定、変な言い回しにマイクは片眉を上げ、アリスは首を傾げていた。モンスターの気配を遠くに感じながら、岩肌の上の寝袋で熟睡出来るなら、大した胆力だが……。こればっかりはどれほど口で説明した所で解決には繋がらない。2人の成長を祈っておこう。
平凡の異世界召喚 紅月 @akatukimugen
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