8−5 再認
宿賃が高い。
そもそも、物価が高い。
物流の中心から外れた土地、安全確保の難しさなどを考えれば当然と言えば当然なのかもしれないが、宿を1部屋1両日とるだけで1000エルというぼったくり具合だ。なんと、リーフルードで俺がかつて寝泊まりしていた部屋の実に5倍の価格。そのくせ、ベッドなんて気の利いた物は無く、朝食サービスのようなオプションもない。
幸い荷物置き以外の目的で使う予定はなかったし、新人を除く10人で割り勘とすれば大した出費ではなかったが。
だからといって皆が皆納得出来るという訳でもないようで。
「幾らなんでも暴利が過ぎるだろう!」
「森にテントが沢山あったし……私達も野宿にしない?」
値段と質の悪さに憤慨するマイクと、野宿を希望するアリス。新人2人は、他所の土地では物の価値が変わるという事に困惑しているようだ。ところで、2人には説明していなかっただろうか。
「何を言ってるんだ? ここはただの荷物置き。寝泊まりするのは、地下だぞ」
そもそも、泊まる為に取った部屋じゃないぞと指摘すると、2人揃って絶句してしまった。今から更にダンジョンへ潜る事にか、日額1000エルの倉庫扱いに驚いているのか。
流石に、馬車で運んで来た荷物全てを地下に持ち込むのは現実的ではない。食料品などはギルドの倉庫に預けられないし、いちいち手続きもめんどうだ。平原の洞窟であれば近くに拠点を張る所だが、今回は立地条件が悪すぎる。周囲をぐるりと家々に囲まれその外は森という名のモンスターの住処なのだから。さらには馬車を預けられる場所を確保する意味でも、宿の確保は必須だった。
もちろん、ゆくゆくは森の中で夜営する技術はやがて身に付けるべきなのだろうが、ダンジョンの探索に必須の技能という訳ではないので優先度は低い。
そんな訳で、慣れない森歩きで疲れているだろう2人の様子を伺いつつも、敢えて今日は宿で1泊しようなんて甘い事は言わず、早々に準備を整えてダンジョンへ足を運んだ。
初日から甘えていては、トラブルで逃避行を続けなければならないような事態になった時、精神的限界点が低くなってしまうかも知れない。実際、逃げ惑うより戦って死を選ぶ冒険者の半数は、そういったストレス耐性の低さが原因なのだろうと俺は見ている。蘇生の奇跡という存在が、死に対する恐怖を希薄化させている部分もあるのだろうが。
いつ魂が壊れ、蘇生出来なくなるかなんて明確な答えは誰も出せないし、それを抜きにしたって死んでしまえば持ち物を失う事になる。そういう事情を加味すれば、多くの冒険者の死は不自然な程に潔いのだ。少なくとも、報告書に目を通す限りでは。
もちろん、単に安全重視で立ち回っているパーティは全滅の憂き目に遭う機会そのものが少なく、またその存在自体が稀少なので書面上では目につかないというだけの可能性もある。少なくとも、このパーティは徹底抗戦よりも柔軟な対応を重視する質で、もし陣形が崩壊したならば無理せず退くと約束しているのだから。全ての冒険者が簡単に命を諦めてしまう訳ではないことは確かだった。
訓練用にも使われているだけあって、ダンジョンへの入場方法は複数ある。
1つは、急斜面を下る方法。
1つは、なだらかな斜面を下る方法。
1つは、大穴の周囲を削って作られたスロープを下る方法。
1つは、更に手を加えられて階段を下る方法。
そして、別途利用料が発生する昇降機でより深くまで降りる方法。
最後に、最も古典的な、大穴を真っ直ぐにロープで下りる方法。
安全を確保出来ているうちに足場の不安定さを確認しておいたり、スムーズな移動に慣れる事が野外活動において必須なのは、それなりに冒険に身を置いている身としてはわざわざ先輩に言われるまでもない。が、新人2人は判ってなさそうだったので「行軍訓練用だな」と簡単に解説しておいた。
いずれのルートにせよ、関所のような施設で入場料を払う必要がある。その施設から伸びる壁は高さこそさほどでもないが、弓矢や槍で向こう側を攻撃出来る様な窓が付けられており、万が一モンスターが飛び出して来た時に対処できる様工夫が施されているらしい。利便性の為に真っ直ぐ伸びる通用路は、ロープ1本切断するだけで重い鉄扉が落ちて来る仕組みだとか。
人工ダンジョン初挑戦という事で、非常時に戦闘に駆り出される可能性がある事、現場の事前確認、落下する鉄扉の危険性など一通りの説明を受けて、それぞれ同意書にもサインする。
残念ながら全員が難なくというわけにはいかず、1番手間のかかったのはマイクで、以前の俺と同様に読み書きには難儀しているようだ。係員との交渉の末、独特の筆記の誰にも読めないサインとともに指印を押して、これを同意の証明とする事になった。
どのみち、非常時の荒事に駆り出されるのは、冒険者として登録している以上避けて通れない事でもある。ここで同意を拒否しても、もし氾濫が発生すれば、派生して周囲の森などでもモンスターの凶暴化に対抗する為に
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