8−4 近道

「貴方は、奴隷の彼女1人の為だけに、町を起こしたのですか?」

 俺が簡単には折れないと察したのか、カレンは切り口を変えてくる。

「焚き付けたのは、貴方でしょう」

 発端は確かにルリを買い付ける事が目的だったが、そこから話を大きくしたのはカレンだ。これほど性急に動かずとも1・2年程待って、ベリゴール商会の成果報告を聞いてから行動しても悪くは無かっただろう。

「小娘1人をだまくらかす手腕が、貴方にないとは思えません」

 その言葉は多分に過大評価だが、最終的に判断し、行動し、形にしてみせたのは俺の方だ、という意図は伝わって来た。

「冒険はいつでも出来ますが、2度と得られない機会というものは少なからずあります。町を起こす、事業を興すというのは正にこの類いの事例ではないでしょうか」

 つまりは、機会を逃さない為に、アンテナを広く張っておけと。ここで終わるつもりがないのなら。

「今回は時期尚早でした。資金繰りが毎度上手く行くとも限らないし、ある程度は自前でなんとか出来る様になっていないと困ります」

 個人の資金で都市開発が出来るなら、それこそ貴族並みの経済力の持ち主だろうという突っ込みは脇に置くとして。全くのゼロから口先だけで立ち回るのは、勘弁願いたい。保険なしのハッタリ勝負なんて怖すぎる。

「なればこそ、ですわ。アデル様は閥に取り込まれる事を懸念されている様ですが。なればこそ、アデル様自身が知己を増やし、旗印となって閥を率いれば良いのです」

「んな無茶な」

 荒唐無稽な笑い話と思えば、話の種としては悪く無い。しかし、彼女の生い立ちやこれまでの言動を見るに、本気で言っている可能性を俺は否定出来なかった。

 そんな不安を抱える一方で、一瞬可能性を検討してしまう。

 閥に取り込まれず、都市開発の融資を募るとなれば、融資者同士に牽制させ合うくらいがちょうどいいだろう。となれば、経済力や地位などが拮抗し合う人物が望ましい。都市開発に融資出来る程の経済力を持ち、間接的に得られる利益に価値を見出だせる視点の高さがあり、それでいて一介の冒険者の語る夢物語に賛同する——そんな人物がいったいどこに居るというのか。

「無茶でしょうか? 私には、此度の森林伐採の方が余程無茶に思えましたが」

 タイミングよく組織された討伐隊に便乗出来ただけで、幸運の結果というよりない。俺個人の成し遂げた事として誇るのは適切ではない様に思える。

「幸運と、多くの人間の協力のお陰だよ」

「他者の協力があれば為せるというのであれば、人との巡り合わせもまた同様でしょう」

「機会を用意して頂ける、と?」

「ええ。幸い夜会の招待には、事欠きませんから」

 そういう彼女の笑顔を見て、幾ら言葉を労しても逃げられないだろうと俺は悟った。

「……俺はダンスなんて出来ないぞ」

「舞踏会だけが夜会という訳でもありませんし、アデル様の魔法は達人級の芸だとお聞きしましたが」

 彼女が俺の為を思っていってくれているのだと思えば、無下にも出来ない。

 だからといって、貴族の夜会に紛れ込む自分の姿を上手く想像出来る訳でもない。結局この日は言葉を濁して会話を打ち切った。


 ◇◆◇


 緊急の議題はないという事で今回は問題なく出立出来ると確認を取れたが、いつまでも先送りに出来そうにはない雰囲気だ。味方となると頼もしい人だが、だからこそ気の重い事だった。


 そんなこんなで後顧の憂いなくという出発にはならず皆に心配をかけてしまったが、中型の馬車に満載した荷物を見れば、気も引き締まる。今回は不整地を突っ切らなければならない都合上、馬も4頭立て。車輪も泥濘ぬかるみなどに嵌り難い肉厚の特別仕様となっていて、何とも頼もしい。……その分レンタル費用は高くつくのだが。

 前回のメンバーから更に2人のメンバーが増え、途中経過の確認をする必要がないのでギルドの関係者の同行はない。差し引き人数としては1人しか増えていないのだが、彼等は新人とはいえ護衛対象ではなく冒険者枠だ。

 見違えたというのは言い過ぎかも知れないが、冒険者集団として中々様になっていると思う。

 道中、堅焼き黒パンを初めとする保存食に閉口するマイクと、そんな時代が自分にもあったとそれぞれが懐古する昼食を挟み、北の村で1泊。そこから更に北東に森を突き進む。冒険者が頻繁に利用するという抜け道だ。

 本来は北を大回りする整備された道を通るのだが、冒険者や訓練兵などの人工ダンジョン利用者はこのルートがむしろ訓練にちょうどいいとか言う名目のもと、旅費と行程を削減するのが「密かな常識」らしい。

 ……何故直通の道がないのかと調べると、前領主の陰謀だの保身だのと黒い話が絶えないので、表向きはやはり訓練の都合としておくのが都合が良いのだろう。


 そんな人工ダンジョンだが、離れた所から見ると森の真っ只中に切り開かれた隠れ里といった風情だ。ここは『地下洞窟系』と呼ばれるダンジョンを模して居るらしく、その入口の大穴周囲に利用者達が集まり、その利用者を相手に商売する者が集まり、今では穴の様子を伺えない程の集落となったという歴史がある。

 人工ダンジョンというのは大体どこも似たような発展を遂げているらしいので、「初めて行った奴は戸惑うだろうが、すぐ慣れる」とは予め聞いていた。

 しかし、実際に目にしてみると拠点にしている町リーフルードとは何から何まで対象的な作りだというのが伺える。まず、外壁が薄い。蹴り破れそうな木の板を立てただけの外壁はいかにも頼りないが、しかしその周囲に巡らされた罠の類いは、この集落の気質をよく表しているように思える。

 一般的な人里は、周囲にモンスターの住処となるような場所のない、ある程度開けた場所にある。森があれば切り開き、沼があれば埋め立てるのだ。逆にここは襲われる事を前提として修復が容易な素材でバリケードを築き、罠を張り巡らせる事でむしろ利益を得ようとさえしていた。


 しかし残念な事に、そんな在り方の違いについて感心していたのは俺だけだったらしい。つい足を止めていると、今更緊張したのかと心配されてしまった。

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