8−3 地盤
ダンジョンというのは、一種の異界だ。
地上の常識が通用しないモンスターの巣窟であり、高濃度の魔力によって魔法金属が自然に存在したり目に見えて早く植物が成長するような、特殊な環境。そこに挑む冒険者達から話を聞けば、概ね2通りの答えが得られる。
彼等曰く、「狩場」か「罠」だ。そうして話に花を咲かせれば、最後には皆「ダンジョンはダンジョンだよ」と口を揃えて言うのだ。
邪神や魔王の陰謀説を唱える者も居るし、大昔の大賢者が残した魔力の浄化装置だとする研究もある。重力や雨といった極めて微妙なバランスの上で世界が今の姿をしている奇跡に疑問を差し挟むのと同じで、考えるだけ無駄だという声もある。
ダンジョンに挑む冒険者は、或はその未知に魅せられているのかも知れない。
挑む者が背負い込む事になるリスクを無視し、存在が周囲に与える悪影響を排除出来るならば、ダンジョンという存在は極め優秀な資源の宝庫と見做す事が出来る。人工ダンジョンとはつまり、そういった旨味をいかに上手く絞り出すかを研究する実験装置といえた。
人工だけあって内部の地形情報は隅々まで事前に知る事が出来るし、人為的に設けられたセーフティゾーンもある。お陰で、兵や騎士の修行の場として活用されたり、俺達の様にダンジョン探索に不慣れな冒険者が肩ならしをする舞台としての側面もあった。
管理費徴収のため入場料が設けられているが、それを差し引いても有り難い存在である。
当初の想定より2名同行者が増える事になったが、マイクの持つ「射撃の才能」はきっと弓でも発揮される事だろうし、アリスは魔法薬の調合で優れている。素人だからといって悪い点ばかりではない。
一々想定外を嘆いていては、冒険者など勤まらない。俺とスィーゼが挑む人工ダンジョン内の地形情報を頭に叩き込む傍らで、2人に役割分担の重要性などを説きつつ、俺達は探索に向けて準備を進めた。
今回はそれほど深入りする予定は無く、ダンジョン探索そのものに慣れようという意味合いが強い。
しかし、だからといって準備を抜かるとあっさり全滅出来るのがダンジョンだと言う。
人工のダンジョンが何故そこまで危険なのかと訪ねれば、ダンジョンの原理解明のため、様々な部分で自然のダンジョンに遭わせた構造を再現しているからだ。例えば、今回挑む予定の洞窟型であったり、古代の遺跡型であったり、日の光も差し込まない森の奥地であったり、空気の淀んだ沼地であったり。
完全に形を模しただけではダンジョンとならず、天然のダンジョンから回収したダンジョンコアと呼ばれる結晶を配置する事でダンジョンとしての性質を得て、どこからとも無くモンスターが現れる様になる。まるで、ダンジョンそのものが意志を持ってモンスターを生み出し、侵入者を排除しようとしているかの様に。
先輩冒険者やダンジョン専門の冒険者、ギルド職員の話を頭の中で纏めながら、俺はふと俺をこの世界に招いた女神の事を思い出す。
少し昔であれば、人類は生存に手一杯でそんな研究をする余裕もなかったというのだから、敢えてこの時代に召喚された事には、どんな意味があるのだろうかと。
彼女が言う様に、ただの幸運なのか。俺という異物を混ぜる事による何らかの変化を期待しているのか。神々の気まぐれ、暇つぶしの一環なのか。
恐らくは、プログラム上に配置されたAIに制作者の思考は理解出来ないのと同じで、俺も考えるだけ無駄なのだろう。考えるのを諦めて受け入れたつもりだったのに、俺は未練がましくもまだこの思考を引き摺っていたらしい。
あるいは思わずそんな無駄な思考が出来る程度には、生活に余裕が出て来たと感じているのだろうか。
召喚されたばかりのマイクが何を思っているのか、多少気にはなったが、敢えて声は掛けない。彼は今、こちらの世界に順応する事に忙しいはずだから。
◇◆◇
近場とはいえ人工ダンジョンに挑むとなると、今までとは勝手が違ってくる。
探索に慣れるという目的の為、ちょっと行ってすぐとんぼ返りするという訳にも行かない。予定では14日の短期遠征だ。メンバーの最低ランクが3。宿のキープが最大20日という事で、余裕を見てこの日程と成った。
以前にも人工ダンジョンへ挑むという話は通していたし、ギルドを通じて話も回っているはずだが、それでも一応、俺は開拓本部へと顔を出した。
そうして事情を説明すると、すっかりこの場の取り纏め役に収まっていたカレンは肩を竦めてみせる。
「こちらは順調ですし、代表であるアデル様が冒険者であるが故に押し通せる無茶という物もありますので、止めはしませんが……」
いったいどんな無茶を押し通しているのか、気になる所だ。しかし、よくよく考えればこの計画自体が相当無茶なはずなので、問うだけ野暮かも知れない。
「あまり歓迎的では無さそうだな?」
「ランク3というのは、冒険者の評価としては一角の物でしょう? でしたら、評価を求めてダンジョンに引きこもるより、知見を広めて頂きたいと愚考します」
「と、いうと?」
「今回の一件——開拓が本格始動して以来、私如き小娘に夜会へのお誘いが絶えないくらいには、貴族間でも注目を集めているのです。その代表が、ダンジョン探索にかまけて世間を知らない青二才と陰口を叩かれるようでは、私の心も穏やかではあれません」
俺の知らない所で、彼女は苦労を買ってくれているらしかった。ただ、彼女が夜会に招待されるのは、都合のいい口実が手に入ったからという部分が強いのではないだろうか。彼女の背後にある権力を鑑みれば、虎視眈々と接触の機会を測る者が少なく無いのは想像に難く無い。
俺が納得していない事が伝わったのだろう。彼女の目は、不満げな色を称えた。それが形に成る前に、俺の方から口を開く。
「舐められているなら、利用するまでだ。敵か味方かも判らない中途半端な相手が増える方が、俺としては面倒なんだが」
それはきっと、生まれながらにしてそういう相手に囲まれて育って来た彼女には、理解し難い価値観だろう。そう思ったのだが、彼女は軽く首を振って俺の懸念を否定する。
「いつ裏切られるのかという意味では、夫婦でさえ信頼など出来ませんよ。貴方がどう見做すのか。ただそれだけが貴方の真実です。敵か、餌か。味方か、庇護対象か。その判断基準を増やすため、見聞を広めて欲しいと言っているのです」
顰めた声で告げられた前半は、常識的に考えればおいそれと他人に伝えられるような言葉ではないはずだ。彼女の中では、それを伝えるに足る信頼が俺にあるという事だろうか。あるいは、その程度の事は大前提として理解しておかなければ、今後彼女を巻き込んだ不利益を被る事に成りかねないという警告か。
いずれにせよ、貴族社会というのは実に面倒臭そうだった。
「私に出来るのは、お手伝いまでです。旗の持ち主は貴方で、情勢の最終判断もアデル様にして頂く他ないのですよ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます