都市伝説で村に活気を!

宇部 松清

公民館の老いた男達

「……皆、集まったな?」


 心もとない裸電球の下、倒壊寸前のプレハブ小屋一歩手前的な公民館の会議室で、20名ほどの老人が長テーブルにずらりと座し、司会役の老人に注目している。


 集まった面々はそのどれもがしょぼくれた老人男性で、最高齢は100歳。若造と呼ばれる最年少でも65歳。超高齢社会の最終形態のような絶望の集会である。


「今日集まってもらったのは他でもない」


 そんなことを話すのは、一応『村長』という肩書を持つ増田である。

 65歳の峯橋が、よっこらしょと言いながら、ペットボトルの茶(常温)と資料を配る。

 80オーバーの参加者の蓋は既に緩められ、資料の文字サイズは新聞の見出し並の大きさだ。備品シールの貼られた眼鏡型拡大鏡も配られた。


「隣町の商店街の噂を聞いたかね」


 増田は78歳。

 このメンバーの中ではまだ若い方である。

 しかし、この堂々たる態度。

 それは恐らく、彼よりも年上のメンバーは皆一様に覇気がないだけである。

 矍鑠かくしゃくとしていられるのはせいぜいが80代くらいまでで、さすがに90を超えると数年前までは確かにあった勢いもしぼんでいく。

 だからそういう意味では、70代くらいが最もバリバリなのである。ここでは。


「最近、隣の○○町では、口裂け女さんが出るというので、商店街は大層盛り上がっているらしい」


 増田の言葉に、1年後輩の笹崎が元気に挙手をする。


「俺も聞いた。『ドラッグストアー(薬のヤマモト)』では、ポマードが激売れ、『コンビニ(サトウ商店)』ではべっこう飴の売り上げが前年比300%らしいと」

「そうだ。その他にも、口裂け女さんから逃げるために、ほら、あの速く走れるっていうスニーカー」

「『韋駄天IDATEN』か!?」

「そう、それだ。それもバカ売れらしい」

「まさか! あれは1足8000円もする高級品だぞ!」

「必要なら、8000円だろうが10000円だろうが、売れるもんは売れる。皆、自分に置き換えて考えてみてほしい。孫、あるいはひ孫のためだと思えば、年金からポンと10000くらい出すだろう?」


 増田がそう問い掛けると、可愛い孫、ひ孫の姿を思い出したのだろう。参加者の何名かはハンケチで涙を拭った。最後に会ったのはいつだったか。

 皆、うんうん、と声を震わせ、しかし、力強く頷いている。


 それを一通り眺めた後で、増田は尚も続けた。


「そこで、だ。この町も一つ、『都市伝説さん』で一旗揚げようじゃないか」


 増田の提案に、参加者達はどよめいた。


 そんな大スターを呼べるのか?

 『都市伝説さん』といえば、先述の口裂け女さんを筆頭に、人面犬さんやトイレの花子さんなど、全国にその名を轟かせる超有名人である。

 流行りのアイドルの名を知らない者はいても、口裂け女さんを知らない者はいない。それほどのネームバリュー。

 確かにそんな方々がここにもいるのだとわかれば、きっとこの村も活気づくだろう。


 それはわかる。

 けれど――、予算がない。


「村長よ。アンタのその気持ちはよくわかる。アンタがこの村のことを誰よりも考えてくれておるのはな。しかし、どこにそんな金がある」


 最年長(102歳だそうです。訂正致します)の田口がほぼ合っていない入れ歯をがたつかせながらそんなことを言う。ここまで来るともうメンテナンスはしないらしい。


「田口殿、御心配は無用だ。私もそれくらいわかっている」


 増田の力強い言葉に、7、80代のメンバーは瞳を輝かせた。老眼鏡がきらりと光る。


「資料の2頁を見てくれ」


 そう言われて、すぐに頁をめくれるのは若いやつらだ。皆一斉に指をぺろりと舐め、軽やかな手付きで紙をめくる。

 しかし、90越えの面々は何頁だと聞き返したり、そもそも話を聞いていなかったり、1枚めくれば良いものを3枚同時にめくってしまい、〈メモ〉というただ真っ白いだけの頁に辿り付いたりしている。こういう時に助け合うのが社会である。


「山田さん家の若奥さんが、口裂け女さん役を買って出てくれた。若い時分は短距離ランナーとして鳴らした口だと。インターハイの出場経験もある。口は、こう、化粧でどうにかそれらしくしてだな」

「おう、山田さんトコの加代子さんか!」

「加代子さんなら安心だ。大役を任せられる!」

「それに、今田さんトコのポチ(雑種)だが、かなり毛が長いということでな、トリマーの孫が言うには、カット次第では人のように見せられなくもないと。まぁ、明るいところならすぐにバレてしまうだろうが――」

「なぁに、街灯なんてほとんどないんだ。夜道ならバレないさ、なぁ」

「そう。そういうことだ」

「おぉ!」


 その他にも増田は次々とアイディアを出した。

 その冴えわたる発想力には最年少の峯橋も思わず唸った。


 ううむ、やはり年の功、か。


 さらに年を重ねている面々はほぼ役に立たないのだが、そこは一旦見ない振りである。


「イケる、これはイケるぞ……!」


 誰もが確信を持った。

 これでこの村も活気づく、と。

 覇気のなかった90オーバーすらも、最後に一花咲かせてやるんだ、というやる気に満ちていた。

 

 しかし、特定の者だけに負担を強いるのは良くないのではないか。

 そう言ったのは増田の息子、村役場に勤めている耕一である。さすがは未来の村長。


 そこで、担当は交代制とし、少しでも陸上をかじっていたり、体育の成績が良い女性は皆口裂け女役を務めることとなり、村内の飼い犬はすべて人面犬カットを施された。15歳以下の女児は皆オカッパ頭で白シャツ&赤スカートの花子さんルック。男児は丸坊主で軍服にゲートルを巻く。中年男性は皆落ち武者である。


 きっとこれで、たくさんの人がこの村を訪れてくれるだろう。




 そして、数年後、増田の――いや、老人達の願いは叶った。



「リポーターの小林です。いま私は、老女の下半身にターボエンジンを搭載し『ターボババア』を量産したという前代未聞の村に来ています。ここでは村おこしのためだといって、自力で歩けなくなった老女ばかりを狙い、本人の同意なしに人体改造手術を施していました。また、他の村民に対しても、髪型や服装の強制、さらには飼い犬に対して虐待ともとれるカットを――」



 大挙して押し寄せた報道陣によって、村は連日大にぎわいとなったのである。




 

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