第11話「ぼーっとしてんじゃないよ、この馬鹿!」
そのとき。
ばさりという音とともに、黒い影が天井から降りてくる。
そいつは死のように黒い翼をひろげ、ふうわりとディディが差し出した腕にとまった。
鴉である。
とても大きな、鴉だ。
翼をひろげると、1.5メートルはあるんじゃあないかと思う。
そして、どこか気品が感じられる。
ディディやベアウルフのように、知性化された動物のようだ。
鴉はよく光る目であたりを見回すと、おもむろに嘴をひらく。
「ミタコトノナイ、モノガ空カラクル」
ほう、という顔をマリーンがする。
「さっそくはじまったようね。誰かがまだ、見張ってくれているのかしら」
マリーンの言葉に、鴉が頷く。
「視界が共有できるか、試してみるわ」
ふわっと、わたしたちの目の前に光る球体が出現した。
ホログラムが投影されているようだとも思ったけれど、視点が固定されないためかとても揺らいでおりかつ色もない。
まあ、もともと灰色の空が灰色に映し出されているのだから、色はどうでもいいか。
とにかくよく揺れ動き回るので、じっと見てると酔いそうだ。
モノクロのハンディカムで撮影されているような灰色の空に、奇妙なものが映し出される。
四枚のプロペラが、十字のボディを浮遊させているように見えた。
そのボディは、四角いコンテナを運んでいる。
物資の運搬用ドローンに、見えた。
そのドローンらしきものが、いくつも灰色の空を飛んでくる。
やがてドローンは、要塞の屋上にコンテナを降ろすと飛び去っていった。
「なるほど、あれはデルファイの世界から持ち込まれたわけね」
マリーンが、わたしのこころを読んだようなことをいう。
わたしのこころを読むのは、むかつくからやめてほしい。
ああ、でもブロックできるのか、魔法を消せるので。
「まあ、いいじゃあないの。もう少しこうしといてよ」
わたしは、そんなことより屋上に降ろされたコンテナが気になってきた。
大きさは、どのくらいなんだろう。
「だいたい、1.5メートル四方かな」
へえ、一万年後の世界でも、メートルなんだ。
「厳密には、違うけどあなたの世界のメートルと大体同じと思っていいよ」
これはこれで、便利かもと思う。
いちいち、説明する手間がはぶける。
屋上に降ろされたコンテナが、動いた。
コンテナの下方から、四本の足が出現する。
それは、四足歩行ロボットになった。
さらに、背中から自動小銃らしきものが現れる。
戦闘用ロボットらしい。
「クラウス公子にデルファイの協力者がいるという噂は、本当だったわけだな」
ディディが、苦々しくいった言葉にマリーンが頷く。
「多分、マヤを召喚したときに、デルファイの武器を一緒に転送してきたのでしょうね」
ああ、あの10トン・トラックが一緒にこの世界にきたということ?
「あなた以外のものには、魔法的な印をつけて別の場所、クラウスの隠れ家へ転送したのだと思う」
四足歩行型戦闘ロボットは次々に立ち上がり、編隊をとりつつあった。
あれ、っとわたしは思う。
あのロボットに、見覚えがあった。
わたしは、バズリクソンズのジャケットについてるポケットへ手を突っ込む。
そこにはちゃんと、タブレット端末があった。
わたしは、8インチのタブレットを取り出す。
8インチサイズのタブレットが入るのは、さすがバズリクソンズだとどうでもいいことを思う。
フル充電しといたことをラッキーと思いつつ、電源をいれた。
「ええええっ」
とんでもないことに気がつき、大声をあげてしまう。
わたしのこころを読んでるはずのマリーンでさえ理解できず、怪訝な顔でこちらを見る。
「Wifiが繋がってるじゃん!」
マリーンは、こころを読んでても何をいってるのか理解はできないようだ。
まあ、そりゃあそうだね。
Wifiは繋がってるけれど、インターネットに繋がってるわけではなくローカルネットワークのようだ。
なるほど、あのロボットたちはWifiのネットワークでコントロールされるらしい。
わたしはそのネットワークをたどり、コントロール用のサーバを探ることにした。
「マリーン、われわれは、迎撃体制をとる。あれが何かはよくわからないが、多分マヤかジークフリート公子を殺すのが目的だろう」
ディディの言葉に、マリーンは頷く。
「お願いするわ、十九号」
マリーンのディディに対する態度には、なにか敬意のようなものがある。
わたしの扱いと、随分違いそれがまたムカつくが今はそんなことはどうでもいい。
ディディが部屋を足早に出て行くのを横目でみながら、ネットワークをたどっていく作業を行う。
キーボードがないことが、うらめしい。
片手でタブレットを持ち、液晶に表示されたキーボードを片手で操作するのが実にもどかしい。
突然、轟音が上の方で響く。
わたしは、あわてて魔法で送られている映像を確認した。
入り口をこじ開けるため爆薬が使われたらしく、黒い爆炎が映像を覆っている。
その映像の中を、人型のロボットみたいなものが、動いていた。
多分、外骨格マニュピレーターを装着したひとが、入り口を持ち上げているのだ。
爆炎のむこうに、四足歩行戦闘ロボットが要塞の中へと降りていくのがみえる。
いよいよやばい。
いくらディディやベアウルフが強くても、ロボットの自動ライフルにはかなわないだろう。
わたしは、再びタブレットに集中する。
ネットワークのルーティングを逆にたどってゆき、間にあるファイアウォールもどきを次から次へとこじ開けてサーバへたどりつく。
たどりついたサーバのシステムに、じつに呆気なくアクセスできた。
なにこれ、セキュリティガードがぺらぺらの丸裸じゃんと思い、とんでもないことに気がつく。
わたしは、反射的に叫んでいた。
「うおおおおおぉ!」
ああ、うるさいといった感じでマリーンがわたしを見るが、わたしはそれどころではない。
わたしは丘にあがった魚のように、口をぱくぱくさせる。
これは、わたしが造ったシステムだ。
いやまあ造ったというか、フレームワークやオープンソフトウェアを組み合わせて組み立てただけだけど。
でも間違いなく、わたしが三日寝ないでセキュリティを組み込んだやつ。
いや、組み込んだのはクリスマスだけどね。
さらに、わたしは恐ろしいことに気がついて絶叫する。
「うぎゃあああぁぁぁぁ!」
マリーンはかなり苛ついた目でわたしを見たが、なにもいわない。
むしろ、何もいえないというべきか。
マリーンには、わたしが今味わってる驚愕は理解できないだろう。
わたしは、アクセスしているシステムがとても無防備であることに気がつく。
このシステムは、わたしがセキュリティを組み込む前のバージョンのものだ。
まあ、セキュリティが仕込まれていても、バックドアがあるから無意味なんだが。
しかし、バックドアもセキュリティも全ては無意味で、おまけにわたしは自分を殺すためのシステムを造ってたなんて。
わたしのこころは、一瞬荒涼とした状態になる。
「ぼーっとしてんじゃないよ、この馬鹿!」
はっ、とわたしは我に返る。
確かに今は、それどころではない。
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