第12話「それ、要求仕様どおりだから」

いつのまにか、宙に浮いた映像の場面が切り替わっていた。

多分、ディディの手にとまった鴉が見ている映像だ。

要塞のエントランスとでもいうべき広間で、四足歩行戦闘ロボット(確か、ハウンドクラスとよばれるやつ)とベアウルフが対峙している。

どちらも、四体ずつだ。

ハウンドクラスのレーザー照準は、ベアウルフたちに合わされている。

互いの距離は、十メートルほど。

なぜかハウンドクラスは、撃たない。

後続が到着して、数の優位を確保してからしかけるのか。

わたしは、システムをハックするため床に正座し、平置きにしたタブレットを両手で操作する。

こいつの運用者は、さすがに丸裸はよくないと思ったのか多少はガードをいれたらしい。

でも、ちょろいガードだ。

突破はできるけど、少し時間がかかる。

ベアウルフは大きく口をあけ、咆哮をあげた。

視覚だけではなく、聴覚も共有されているらしい。

咆哮をあげたベアウルフは、漆黒の颶風となりハウンドクラスへと襲いかかる。

ベアウルフが跳躍すると同時に、ハウンドクラスの自動ライフルが火をふく。

M4カービンをベースとした自動ライフルは5.56ミリ弾をまき散らした。

見た目では、体重が500キロはありそうなベアウルフに、5.56ミリ弾は全く無意味である。

銃弾はおそらく体表の脂肪層にくい止められ、血しぶきすらあがらない。

ベアウルフはダンプカーが衝突するような勢いで、ハウンドクラスにぶつかった。

ハウンドクラスは、床に倒れベアウルフの身体に押しつぶされる。

ベアウルフは唸りをあげながら、自動ライフルを牙を使ってひきちぎった。

ベアウルフに押しつぶされたハウンドクラスは、火花をあげながら動作を停止する。

その後ろにいたハウンドクラスが、ボディの側面からM203グレネードランチャーをつき出す。

ベアウルフは身を起こし、そのハウンドクラスへ向かって襲いかかろうとした。

その瞬間に、M203グレネードランチャーが火を吹く。

対人用榴弾がベアウルフの頭部に命中し、炸裂した。

ベアウルフの、頭が消し飛ぶ。

映像に色がついていれば、深紅の花が咲いたように見えただろう。

しかし、モノクロ映像なため、黒い爆炎がはじけたように見えた。

頭を失ったベアウルフの死体が、石の床に投げ出される。

ベアウルフたちが、一斉に怒りの咆哮をあげた。

わたしは、マリーンに向かって叫ぶ。

「マリーン、ディディたちを止めて、攻撃してはだめ!」

わたしはシステムのハッキングを、完了していた。

マリーンは、わたしのしたことを理解できてはいないようだが、ちゃんとディディに伝えてくれたようだ。

わたしは、ハウンドクラスを全て支配下に置くことに成功している。

わたしは、支配した証にハウンドクラスたちを跪かせた。

襲いかかろうとしたベアウルフたちは、動きをとめて少したたらを踏む。

マリーンは、わたしを睨みつける。

「ちょっとマヤ、何してるのか説明しなさいよ」

マリーンの言葉に、わたしは手を振って拒絶する。

「今は忙しい。思考を、よんで」

マリーンは、むっとしたがそれ以上何もいわない。

わたしは、ハウンドクラスたちを立ち上がらせると、回れ右をさせた。

来た通路を逆戻りさせて、屋上へ向かわせる。

他の場所にいたハウンドクラスたちも同様に、屋上へ向かわせた。

全部で、12体のハウンドクラスがいたようだが、一体はベアウルフに壊されたので残りは11体だ。

ディディは、わたしの意図を理解したのか、ベアウルフたちをひきつれてハウンドクラスのあとをついていく。

音声チャット通信が、全方位に向かって発信されてきた。

「おい、ドクター。おまえの、カーカなシステム、ハックされてるぞ。サバーカどもが皆、引き返してくる」

発信者のハンドルを見ると、マザー・ロシアとなっていた。

「くそ、ファッキン・ジャップのマザーファッカー・システム、ガードが薄っぺらすぎるんだよ。こっちから、打つ手はない。マム、そっちでなんとかしてくれ」

答えたおとこは、ドクター・グラビティというハンドルを使っている。

マザー・ロシアは、悪態でこたえる。

「この役立たずの、ガルボイが!」

わたしは、思わず割り込んでしまう。

「ガードが、薄っぺらいって。それ、要求仕様どおりだから」

ドクター・グラビティが、舌打ちする。

「キャプテンのやつ、やたら値切ったからな。てか、あんただれ?」

「とおりすがりのものだけど、セキュリティを組み込んだバージョンも納品したよ」

ドクター・グラビティは、せせら笑う。

「状況開始の一時間前に納品されたシステムなんざ、使うわけないだろ。評価して確認しないと、使えん。バックドアでも仕込まれてたら、どうすんだよ」

おっしゃるとおりで、ある。

いや、本当におっしゃるとおりとしか、いいようがない。

「ブリン! おまえらが馬鹿話している間に、サバーカどもがせいぞろいだ」

マザー・ロシアがまた、悪態をつく。


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