第8話「1942年12月スターリングラード」

わたしたちは暗さを増していく廊下を、奥に進んでいく。

闇に塗りつぶされたといっていい廊下を、ディディは躊躇いなく進む。

闇の向こうに、ぼんやりとしたランタンの明かりが見える。

天井から吊されたランタンの向こうに、石でできた灰色の扉があった。

ディディは、再び石版のパネルを開き鉄のボタンを操作する。

またどこかで重々しい音が響き、石の扉があがっていく。

どうやらここは、鍵というものを使わないようになっているらしい。

鍵は盗まれうるという配慮がされている、ということだろうか。

わたしたちは、扉を通り抜け部屋の中へと入る。

わたしたちの背後で、轟音とともに石の扉が落ちた。

その部屋は、天井近くに小窓がありそこから外の光が入るため結構明るい。

その窓から差し込む光をうけて佇んでいるそれを見て、わたしはむう、っとうなる。

そこに佇んでいたのは、ロボットであった。

無限軌道の下半身を持ち、人型をした鋼鉄の上半身を持つ無骨で重厚なロボットだ。

だいたい2メートルほどの背丈である鋼鉄製ロボットは、停止しているようで動く気配がない。

「それがランゲ・ラウフの、本体だよ」

背中からディディの声を聞きながら、わたしはそのロボットを観察する。

片腕にライフルと装甲板が装着されており、背中にミサイルを背負っているようだ。

間違いなく戦闘用ロボットなんだろうけれど、とても古そうに見える。

わたしは、ランゲ・ラウフ君の背後に回ってみた。

背中には、おそらくオートバイ用のエンジンが装備されている。

わたしは、なんとなく起動方法を知っていることにきがつく。

多分それはわたしがこの世界に召喚された時に差し込まれた記憶ではなく、クリスマスがもっていた記憶のように思う。

わたしはイグニッションスイッチを入れると、スターターハンドルをぐるぐる回す。

ロボットが身じろぎするように振動し、リズミカルな音を立ててエンジンがまわりはじめる。

金属を打ち鳴らすようなディーゼル音を聞きながら、いったいどうやってガソリンを手に入れてるんだろうと思う。

ロボットを震わすように振動していたエンジンは次第に安定してきたので、わたしはハンドルを回すのをやめた。

背中のエキゾーストパイプから排出されていた煙も黒煙から透明なものにかわり、エンジンは快調に動いているようだ。

わたしは、ランゲ・ラウフ君の前面に移動する。

わたしの中のクリスマスが持つ記憶によれば、このロボットはガスエレクトリック方式を使っており、ケッテンクラート用の1488CC四気筒OHVエンジンが発電用に使われ実際の駆動はモーターによって行われた。

バッテリーが電気に満たされたらしく、頭の前面、目に相当する部分についた二つのライトが点灯する。

頭部を覆うヘルメットについたワルキューレの兜に付けられる翼みたいな金属板が、すこし動く。

その金属板はレーダーとなっており、いってみればこのロボットの目に相当する。

ランゲ・ラウフ君は、わたしを認識したようだ。

「あなたは、クリスマスでは、ないのですか?」

ランゲ・ラウフ君はこの世界にきてから一体何回聞いたろうかという質問を、してくれる。

わたしは、何回答えたろうかという回答をかえす。

「わたしの中に、クリスマスがいてるの」

わたしは、にっこりランゲ・ラウフ君に微笑みかける。

レーダーではわたしが笑っていることは、判らないだろうけれど。

「あなたのことを、教えてもらってもいいかしら」

ランゲ・ラウフ君は、ライフルの装備されていない方の手でわたしの持つ拳銃が納められた本を指さす。

「僕は、1942年12月にスターリングラードにいました。そしてそこで僕は、その拳銃ルガー・ランゲ・ラウフで自分の頭を撃ち抜きました」

あまりの言葉に、わたしは息をのむ。

「その後、拳銃に残留思念として付着していた僕の記憶は、ローゼンベルク博士によってこのロボットにダウンロードされたのです」

「ローゼンベルク博士?」

わたしの問いに、ランゲ・ラウフ君が答える。

「はい、博士はナチスドイツに協力していた科学者であるとともに、オカルト研究の権威でもあります」

なるほど。

「クリスマスは、その意識をダウンロードする研究を求めてあなたに会いに来たというわけなのね」

同意を示すように、ランゲ・ラウフ君のライトが点滅する。

「クリスマスは、ローゼンベルク博士の文献を求めているうちに、この世界へくるための通路を見つけたのです」

東ドイツ旅行とはようするに、この世界への旅行ということだったわけね。

「僕は三十年くらいまえにローゼンベルク博士と別れて、眠りについていました。クリスマスの手によって、僕は再び目覚めたのです」

わたしは、頷く。

きっと、ガソリンはクリスマスが持ってきたのだろう。

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