第4話「わたしたちは選ぶ」

彼が死んだという話がわたしに伝わってきたとき、まあ、本当の馬鹿らしい死に方だなと思ってしまったのは内緒です。

ただ、もうひとつ。

訃報を知らされたとき、あれ、まだ死んでなかったの、ってみんな思ってた。

何しろ彼は、めったに家からでることすらなかったくせに、死ぬ直前にヨーロッパ旅行などをやってのけていたのだから。

ヨーロッパといってもパリやロンドン、ローマとかではなくて、昔鉄のカーテンで覆われていた東の方、ドイツの東部にいったらしい。

しかもその理由がひとづてに聞いたところでは、昔の共産圏で行われたという非人道的な洗脳操作のデータを入手するつもりだったそうだ。

特にドイツの東側だと、ナチス時代の実験を引き継いだらしいから、かなりひどいことをやったデータがあるとか。

わたしが実験をことわったばっかりに、とんでもないところから実験データを入手しようとしたようだ。

とにかく彼の旅行は、誰がどうきいてもかなりやばそうなしろものだった。

どう贔屓目にみても、一ダースくらいは死亡フラグがたっている。

おまけに旅行にいくといいだしたとたん、音信不通になり誰も彼がどこにいるのか判らなくなった。

これは死んだな、ってみんな思ってたんだけれど、実は誰にも知られずに帰ってきていた。

しかし、結局は泥酔して雪の積もった階段で足を滑らして死ぬなんて。

彼らしいといえば、彼らしいのだろう。

わたしは彼が死ぬ一週間ほど前に、彼からメールをもらっていた。

それは、東ヨーロッパの平凡な街並みを撮影した、退屈な画像集である。

もともとつまらない写真とるのが好きなひとだったから、ふーん本当にヨーロッパにいるんだとしか思わなかったけれど。

訃報をきいたから、あらためて見直したんだよね。

で、よくよく見るとへんなことに気がつく。

どの画像にも、同じ数字が写り込んでいる。

たとえば、車のナンバー。

あるいは、看板に書かれた電話番号。

駅の案内に表示された時間。

それらは、みんな同じ数字を含んでいた。

1225。

わたしはふと思いついて、昔彼にもらった彼が自作した画像編集アプリでメールに添付されていた画像データをよみ込んでみた。

びっくりしたことに、画像編集アプリはパスワードを要求してきたのよ。

わたしは、1225といれてみる。

そうすると、アプリは自動的にサーバへ接続して動画のストリーミングをはじめた。

彼が、映し出されたの。

パソコンの、ディスプレイに。

わたしは、腰をぬかしそうになるほどびっくりしたけれど、彼はたんたんとした調子で話しはじめる。

「やあ、マヤ君。君がこの動画を見ているということは、僕は死んだのだろうね。でも、ある意味僕は死んでない。これから君が、僕のいうとおりのことをするであろうという、前提において」

かくして、本当の馬鹿のひとりであるわたしは、人体実験を決行し彼、クリスマスをわたしの中へダウンロードした。

それ以来、クリスマスはわたしの中に住んでいる。

多少面倒くさいやつではあるが、生きていた時と同様激烈役にたつやつでもあった。

わたしが寝ている間に、わたしの仕事をやってくれる程度に。


全ての仕事が片づいてクリスマスがこころの奥底に帰ったあと、朝を迎えたオフィスでわたしはひとりしくしくと涙を流しつづけていた。

アッパーな状態で長時間働いているとこころが平衡をとろうとして、どうしようもなくダウナーな気分になることがある。

今がまさにそのときで、わたしはいいようのない憂鬱な気分となって泣き続けていた。

「どうしたんですか、マヤ先輩」

いつのまにか出勤時間がきたらしく、サクラちゃんがわたしに声をかけてきた。

サクラちゃんは、わたしより年上であるけれどここではわたしが先任なので、律儀に敬語を使ってくれる。

オオノと同じように、いいやつだった。

わたしは、ぼろぼろと涙をこぼしながらサクラちゃんをみる。

「わたしね、おんなのこなのに」

サクラちゃんは、びっくりした顔でわたしを見ている。

まあ、職場でぼろぼろ泣くような同僚を持った経験が、あまりないんだろうなと思う。

「おんなのこなのに、三日もパンツ履き替えていないの」

サクラちゃんは、そっとため息をつくとハンカチを渡してくれた。

涙をふくわたしに、小さい子の相手をする感じで話しかける。

「とりあえず、リフレッシュルームに行きましょうか。何か飲み物を」

「いえ、いいの。もう帰るから」

その時、オオノも出勤してきたらしく、声をかけてきた。

「お、マヤちん、まだいるの。仕事終わってないんだ」

涙をながして少し落ち着いたわたしは、放心状態でオオノにこたえる。

「終わったっすよ。当然じゃあないっすか。わたしを、誰だと思ってるんすか」

オオノが、首をかしげる。

「え、終わったんならなんで帰らないの」

おっしゃるとおりだと、思う。

さっきまで、帰る気力すらなかったという感じだった。

わたしは、無意識のままポケットに手をつっこむ。

「ああ、タバコがきれてるんだ」

サクラちゃんが、少し眉をひそめた。

「先輩、未成年じゃあなかったでしたっけ」

わたしは微笑みながらメタリックシルバーのスティックを、サクラちゃんにふってみせる。

「電子タバコなの、フレイバーカプセルをきらしちゃって」

オオノが、あきれたようにいった。

「電子タバコなんて中毒性ないんだから、きれてもどうってことないだろ」

「そんなことはないよ」

わたしは、立ち上がる。

「わたしたちは何にでも依存するし、何にでも中毒になる。それはゲームだったりギャンブルだったり、もしくはSNSだったりする。音楽やスポーツ、恋愛にだって依存するし中毒になる。だからわたしたちは、いつも選ぶ。何に依存するか、何に中毒になるか、わたしたちは選ぶ。選ぶのよ」

オオノは、わたしの相手にあきたのか自分のパソコンを起動しはじめた。

聞いてんのかよ、とこころの中で呟いたのを感じたのか、オオノは面倒くさそうに手をふる。

「その電子タバコのカプセルなら、むかいのコンビニに売ってるから買って帰りなよ」

「そうする」

わたしは、バズリクソンの黒いナイロンジャケットを肩に掛けると、サクラちゃんにハンカチを返してオフィスの外へむかう。

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