第6話「ゴリラ十九号」

わたし、夢見ているんだなあ。

そう、思っていた。

半ば目覚め、半ば眠っているような状態で横たわっている。

世界は灰色に、塗りつぶされていた。

わたしは、その灰色の宇宙を漂っているようだ。

なぜ自分がそこにいるのかは理解できなかったけれど、まあ、夢なんだからとこころのどこかでぼんやり思う。

けれどその微睡みは、突然に破られる。

ぬっ、と何か大きなものがわたしの上に現れ、わたしの顔を影で覆う。

ぼんやりした意識が次第に焦点を合わせはじめ、自分の上に出現したものをみる。

その瞬間、わたしは思わず大声をだしていた。

「うおおおおおおぉ」

わたしは半身をおこし、後ずさる。

そいつは、ゴリラであった。

いや、本当にゴリラかといわれると確信はないけれど、ゴリラ的ななにものかにはちがいない。

逃げようにも、腰が抜けてしまったみたいで足が動かなかった。

「クリスマスがくるものとばかり、思っていたのだが」

ゴリラ的ななにものかが、とても落ち着いた声で話しかけてくる。

「それとも、君はクリスマスなのか?」

なぜかわたしは、少しむかつく。

どいつもこいつも、みんな用があるのはクリスマスらしい。

わたしは正座し、ゴリラ的なそいつに相対する。

「ひ、ひとにものを尋ねるときは、じ、じぶんがまず、名乗るものでしょう」

ゴリラ的なそいつは、よく判らないが困惑したような顔をしているようだ。

「ああ、すまないね。ただわたしは名前をもっていなくて、名乗りようがないんだ。わたしは、十九号とよばれているので、君もそうよんでくれ」

わたしは、うなずき名乗ることとした。

「わたしは、御子柴マヤ。クリスマスは、わたしの中の居候」

ゴリラ十九号は、ますます困惑を深めたようだ。

その瞬間、わたしはとんでもないことに気がついて、また大声をあげる。

「ええええっ!?」

ゴリラ十九号は、あきらかに困ったふうにみえた。

「わたし、日本語しゃべってないじゃん」

ゴリラ十九号は、辛抱強くわたしの相手をすることに決めたようだ。

「落ち着きなさい。君はわたしたちがデルファイと呼ぶ世界から召喚されたのだが、召喚されるときにこの世界での記憶を埋め込まれてる」

わたしは、勢いよく立ち上がろうとして少しよろめく。

ゴリラ十九号が心配してささえようとしてくれたが、わたしは手でそれをさえぎって辞退する。

落ち着け、落ち着けわたし。

そう自分に言い聞かせるが、自分の心臓はばくばくいってる。

わたしは、死んだのか?

ここは、死後の世界なの?

いや、今は仮定を積むのではなく目の前の事実を確認していかないと。

まず、自分の立っている場所を確認する。

ビルの屋上みたいな場所だったが、足元の石でできた床はとても古めかしいものだ。

まるで、太古の遺跡に立っているような気がする。

あたりの景色は、灰色の霧に包まれてよく見えない。

でも、水の音と気配がある。

「ここは、海辺か何かなの?」

唐突なわたしの問いに、ゴリラ十九号は笑みを浮かべたような気がする。

「この城塞は、イルーク河の中州に建てられている。まわりを流れているのは、河だよ」

ゴリラ十九号は、霧の向こうを指さす。

「イルーク河は、世界の屋根と呼ばれるアシュバータ山脈の西、ゴラム高原から内海であるアルフェット海へ向かって流れている。河の北側は、共和国の領土。南が、トラキアだ。河の上は、トラキア領となっている」

なぜこのゴリラは、こんなちんぷんかんぷんなことを、当然なことのように話すのか。

いや、さっきこいつは記憶が埋め込まれたと言ってた。

だからきっと、わたしはその気になればこの言葉をしゃべれるように、地理についての知識も思い出せるはずなんだろうと思う。

わたしは自分の姿を、確認する。

服装は、コンビニへ向かっていたときのまま、バズリクソンズのジャケットを肩にかけた状態だった。

わたしはこの世界へと召喚されたらしいが、身につけていたものもそのままこの世界へきたらしい。

わたしはふと思いだし、わたしが倒れていた場所のまわりをみる。

それは、あった。

例の、重厚な雰囲気を持つアンティークな本。

ランゲ・ラウフと名乗る拳銃を、おさめた本でもある。

わたしはその本を、ひろいあげた。

ゴリラ十九号は、わたしの手にした本をみてうなずく。

「ランゲ・ラウフに、ここの座標位置と、君たちの世界の座標位置が記録されている。君は、ランゲ・ラウフに導かれてここへきたんだ」

ほう、とわたしは思う。

では、この本、いやランゲ・ラウフを手にしたときに全てがはじまっていたというべきなんだろうか。

ゴリラ十九号は、少し微笑んだようにみえる。

「いつまでもここで話をしている訳にも、いくまい。中におりて、ランゲ・ラウフの本体にも合わせよう」

なんと。

ランゲ・ラウフはただの拳銃ではなく、本体があるというのね。

わたしは、歩きはじめたゴリラ十九号の後ろに続く。

わたしは、十九号のお尻から結構長いしっぽが生えているのをみて軽くおどろく。

こいつ、ゴリラではなかったということなのね。

わたしは、十九号の獣毛に覆われている大きな背中に向かって声をかけた。

「ねえ、さっきわたしは、デルファイっていうところから呼び出されたっていったよね」

「ああ」

わたしたちは、歩きながら話をする。

「デルファイって言葉、どんな意味なの?」

「死霊の都、という意味だ」

驚いて目をまるくするわたしを、ゴリラ十九号は少し振り向いてみる。

「それは、アーカイブの街、1万年前に滅んだ街を情報として記録した世界だと聞いている。つまり、そこに住まうものたちは1万年前に死んだものたち、すなわち死霊ということだ」

わたしは、言葉を失う。

ええと、わたしは死んでいたってことなのかしら、でも元々生きてすらいなくて、記録された情報でしかなかったってことなの?

「いったい、どこに記録されてたわけなのよ。この世界には、巨大なコンピュータがあるっての?」

ゴリラ十九号、肩をすくめる。

「そのコンピュータというのが何かは判らないし、詳しいことは知らない。ただ、星船の中に記録されているということしか知らない」

星船とな。

そいつはもしかすると、宇宙船のことなのでは。

ここは人類が移住した、別の太陽系にある地球とよくにた惑星?

まあしかし、月を神話で星船とよぶってのはよくあるはなしだ。

もしかすると星船とは月なのかもしれないし、ただの伝承にすぎないのかも。

なんにしてもまだ、あれこれ考える段階でもなさそうに思う。

まずは、そのランゲ・ラウフに会ってから考えようかな。

それよりも、まず。

「ねえ、十九号ってなんか呼びにくいんで、あなたの名前を決めてもいいかしら」

ゴリラ十九号は、再びわたしのほうを振り向く。

「ほう、おれに名前をくれるというのか。どんな名前だ」

そうねえ。

わたしは、少し首をかしげる。

「ディディ。ディディに決まりね、あなた」

ゴリラ十九号改めディディは何か言いたそうにしたが、結局口を閉ざす。

「好きにするがいい」

かくしてゴリラの名は、ディディと決まった。

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