第14話「礼儀が、ひとをつくりあげる」
わたしは、夢から目覚めるように現実の世界へと戻る。
ただ、眠りからさめるより遙かにはやく、意識が起動した。
ランゲ・ラウフ君は、多少荒っぽく亜空間から放り出され軽くバウンドする。
わたしは、ランゲ・ラウフ君から振り飛ばされないよう、背中にしがみつく。
そこは、灰色の霧に包まれた屋上だった。
20メートルほど先に、イエーガーの背中が見える。
まさに、狙ったとおりの場所に出現していた。
マリーンは、とても有能な魔導師にちがいない。
見事にイエーガーのふいをつくことに、成功していた。
わたしは、ランゲ・ラウフ君に向かって叫ぶ。
「パンツァー・ファウスト、フォイア!」
ランゲ・ラウフ君の背中で、二機のミサイルランチャーが作動しイエーガーに狙いをつける。
わたしの両側で轟音が響き、爆炎が視界を覆う。
炎の矢が、イエーガーに向かってはしる。
二つのミサイルはケーブルでランゲ・ラウフ君に繋がっており、レーダー照準に誘導されて標的にむかう。
80年は昔の技術だと思うと、驚異的だ。
ナチスの技術は、世界一! とこころの中で叫ぶ。
イエーガーは、ミサイルを避けず全く予想外の行動をとった。
イエーガーは、手にしたアンチマテリアル・ライフルを振り向きざまに投げる。
アンチマテリアル・ライフルは、インディアンの放つトマホークみたいに回転しながらミサイルにむかう。
アンチマテリアル・ライフルは、回転しながらケーブルにからみつく。
ランゲ・ラウフ君は、ケーブルを切り離したが誘導を失ったミサイルは駆けだしたイエーガーから逸れ、むなしく石の床に落ちて爆発する。
イエーガーのパイロット、マザー・ロシアは赤い彗星並の超人だ。
イエーガーは、両足のバーニアからロケット噴射をおこない低空滑走をする。
唯一の有効な武器を失ったわたしたちは、いきなりピンチに陥った。
イエーガーは右手で、高周波ブレードのナイフを抜く。
ランゲ・ラウフ君は、装甲板とライフルをイエーガーに向けた。
ランゲ・ラウフ君のライフルは、ゾロターンS18をベースとした20ミリ対戦車ライフルだ。
80年前の武器としてはとても強力ではあるが、イエーガーの50ミリ装甲の前には無力である。
そして、イエーガーの高周波ブレードはランゲ・ラウフ君の装甲をバターのように切り裂くだろう。
わたしは、叫ぶ。
「マリーン!」
説明する余裕は、ない。
マリーンが、わたしの思考を読んでくれるのを祈る。
祈りが通じたのか、ランゲ・ラウフ君の対戦車ライフルの前に小さな黒い輝きが生じた。
装甲板をかまえたイエーガーが、目の前にくる。
ランゲ・ラウフ君のライフルが火を吹くのと、イエーガーの高周波ブレードが装甲板を貫くのはほぼ同時だった。
銃弾は、亜空間を貫きマザー・ロシアの頭の前に出現する。
20ミリ弾は、マザー・ロシアの頭を撃ち抜く。
そして、ボディを高周波ブレードで貫かれたランゲ・ラウフ君は機能を停止した。
勢いを保ったままイエーガーはランゲ・ラウフ君のかまえる装甲板に激突し、要塞の屋上に転がる。
外骨格マニュピュレーターの前面が開き、網膜投影型ゴーグル付きヘルメットを頭に装着したマザー・ロシアが石の床に投げ出された。
その身体は、魔法が溶けたように崩壊していく。
わたしは、両手を空に突き上げて歓声をあげた。
「うおおおおおぉぉぉ」
そして、拳を振り回しながら叫ぶ。
「ざまをみろ!思い知れ! 聴いたか、我が歌を! 聴くがいい、我が歌を!」
いつのまにかそばにきていたディディが、落ち着いた声でわたしに話しかける。
「マヤ、君は礼儀というものを学んだほうがいい」
わたしは、目を丸くしてディディをみる。
ディディは、意に介さず言葉を続けた。
「礼儀が、ひとをつくりあげるのだよ、マヤ」
わお。
ゴリラに、礼儀を説かれてしまったよ。
わたしは、ひととして終わってるのか?
衝撃で、くちをあけて呆けているわたしのそばに、マリーンがきていた。
「マヤ、あなたひとづかいあらすぎだよ」
マリーンは、疲労困憊した顔をしている。
さっきの魔法で、相当消耗したようだ。
わたしは、こころの中で舌打ちする。
そんなことでは、立派な社畜にはなれないっての。
あ、思ってしまったらマリーンに伝わるのか。
わたしがぺろっと舌を出すと、マリーンは苦笑する。
そんなことより、わたしは気になっていることがあった。
わたしは、マリーンにたずねる。
「さっきの魔法も、生け贄の命が使われているわけ?」
マリーンは、首を横に振った。
「わたしは魔神ウェパルと契約しているので、生け贄を必要としない」
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