第100話 6

「さて、これで積み込みは全部終わったデス!」


 広々としたブリッジで先生はパタンと行程表を閉じる。船に積み込む物資の搬入作業が完了したのだ。港に据え付けられている巨大なクレーンが次々と向こうの方を向き、甲板の作業員が後片付けを始めている。


 ブリッジ内には何人もの船員が慌ただしく出港に向けて準備している。その様子を先生が満足げに眺めていると、後ろから声を掛けられた。


「先生、準備の方はどうですか?」


「ユウ、クレア! 今、ちょうど終わったとこデス」


「そう、じゃあ後は出港を待つばかりね」


 ケラートの街に併設されている軍港。そこには巨大な船が浮かんでいた。真っ白に塗装されたピカピカの船体、その船首には白鳥を模したイラストが描かれていた。


 それまでの軍艦や民間の輸送船を遥かに越える巨大さ、このアムリア大陸では初の総金属製の調査船。数々の装備を備え、巨大理力エンジンを四基搭載し、多少の波ではびくともしない。乗組員は実に五百人を数え、それぞれが各分野の秀才だ。その為に各都市国家、オーバルディア帝国、グレイブ王国、その他様々な地域と国から多くの技術者と資金、物資が集まった。


 それもこれも全て、このアムリア大陸以外の未発見地域、すなわち人跡未踏の新大陸を探すという目的の為なのだ。ここまで大きな計画ゆえ、大陸中の協力が不可欠で、先の戦争が長引いていれば不可能だったかもしれない。




「それにしても驚きましたよ。アルヴァリスとレフィオーネ、条約で廃棄処分が決定してたと思ったのに……」


「そうね、まさか先生が隠し持っていたなんて」


「あの機体は私が開発して、手塩にかけて整備したものデス。それをそう簡単に壊されてたまるか、デスよ」


 大破したアルヴァリス・ノヴァとレフィオーネは先生の手で新たな姿に生まれ変わっていた。新規設計の理力エンジンと人工筋肉を搭載し、さらなる出力向上を図った改造を施されている。その性能はかつてのどの理力甲冑をも遥かに凌ぎ、まさにアムリア大陸で最強戦力と言っても過言ではない。


「他の旧スワンメンバーは参加出来なかったけど、なんだかあの頃を思い出すよ」


「それって、先生とボルツさんが泣きべそかきながら私達に助けを求めてきた、あの時?」


「なっ! 私は泣いてなんかなかったデス! クレアの記憶に混乱がみられるデス!」


「あはは……こういうやりとりも懐かしいな」


「ふふ……そうね。なんていうか、緊張よりも安心してきたわ」


「まったく、二人は呑気なもんデス。私達はこれから、地図にも載ってないような遠い遠い、それこそ天涯の先を目指すんデスよ?」


「テンガイ……先生、天涯ってどんな意味なんですか?」


「んもー! ユウは勉強が足りないデス! いいデスか、天涯とは空の向こうやこの世の果てだとか、世界中という意味を持つデス。私達はこの星のすべてを調べ尽くし、その次は宇宙にまで飛び出すんデスから、二人にはしっかりとして貰わないと困るデスよ!」


「天涯……それなら僕が元いた世界からすれば、このルナシスは天涯の先ってことですかね?」


「そうデスね、ユウにしてはなかなか良いこと言うデス」


「なんだか話が大きくなってきたわね……まずは一歩ずつ、着実に進んでいきましょう? 先生」


「クレアの言うことも最もデス……さて、そろそろ時間デスね!」


 三人はブリッジの先端、ケラートの南に広がる広大な海を見やる。


 この海の先には何があるのか。そして何が待ち受けているのか。




 ユウは元の世界の事を少しだけ思い出す。懐かしく、もう戻れない過去。


 ユウは振り返らないと心に決めた。この世界で、異物である自分を迎えいれてくれた多くの仲間たちと生きていくことにした。


 元の世界に未練が無いと言えば嘘になる。


 父との確執はそのままだし、二度と母の墓参りにも参ることが出来ない。友人らとも別れの挨拶など出来るはずもない。


 でも、それらはいつか忘れてしまうのだろう。今を生きる人は過去に縛られてはいけない。


 あの日、あの時。先生が言った言葉。


 より良い未来を願う。


 ユウは、その為に前へと進む。




天涯のアルヴァリス


第百話 天涯


―― 完 ――

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天涯のアルヴァリス~白鋼の機械騎士~ すとらいふ @strife

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