第100話 5

 バリバリと大木が倒れる。最初はゆっくりと、しかし次第に加速度がついていき、倒れた衝撃は地面を伝わってビリビリと身体を震わせる。


「ふぅ、なかなか難儀な大木だったな」


 汗で貼り付いた金髪をかき分けた。


 ひとまず、今しがた出来た切り株に腰掛ける。使い古した斧の刃を確認すると、まだ研ぐには早くもう少しは大丈夫そうだった。そして今日はあとニ、三本ほど伐り倒したら店じまいにするかと考えていると。


「隊長、お疲れ様です。はい、水ですよ」


「隊長はやめろと言っただろう、セリオ」


「え〜? でもクリス隊長は隊長ですよ」


 少し苦い顔をしながら、クリス・シンプソンはセリオ・ワーズワースからよく冷えた水の入った水筒を受け取る。


「あ、そうそう。今日はもう六本ほどお願いしますね!」


「ブッ! お、おい……一本伐り倒すのにどれだけ大変だと思っているんだ……! それに運ぶのも一苦労するんだぞ!」


「いやでも、三人が食べていくにはそれだけお金が必要なんですよ。文句があるなら帝国に追われる身となった原因を作った張本人に言ってください。あーあ、が無ければ今頃は高給取りのままでいられたのになぁ〜」


「ぐっ……分かった、分かった! その代わり、お前も少しは手伝え! こっちは重労働なんだぞ!」


「いや、僕は村の人との交渉役なんで。僕が疲れ果てていたら、隊長の切った木なんて二束三文で買い叩かれちゃいますよ」


「ぐぅ……お前、この生活に慣れてきたら言うようになったな……」


「そりゃあ、逞しくないと生きていけませんからね! 今は帝国軍人という手堅い職を失ってるわけですし!」


 クリスとその部下、セリオとグレンダは帝国に叛意ありと疑われ、実際に皇帝をその手に掛けた事実もあって彼らは今やお尋ね者の烙印を押されている。なのでこうして山奥でひっそりと暮らしているのであった。


「まぁでも、村で聞いたところ帝国は僕らをそこまで必死に探してないみたいですよ。軍縮条約も締結されたそうですし、今はそんな余裕が無いのかもしれませんね」


「そうか……しかし油断はするなよ?」


「分かってますって……あ、グレンダさんが帰ってきましたよ」


 セリオの視線の先には透き通るような銀髪を肩の長さまでに伸ばしたグレンダがこっちにやって来るところだった。その両手には山で獲ってきたのだろう、うさぎや山鳥が何羽かあった。


「よぉ、お前ら。今日はこんなに捕れたぜ」


「おかえりなさい、大量ですね!」


「ふん、元山賊の面目躍如、といったところか」


「あん? 何だそのもって」


「面目躍如、だ。このバカ」


「ほぉう……? このアタシにそんな口聞いていいと思ってんのか……? 今日の晩飯、クリスだけ肉抜きだぞ?」


「……済まなかった。ゆるしてくれ」


「そうそう、それでいいんだ。ケンキョな気持ちは大事だぞ?」


「ぐぅ……!」


 一人悔しがるクリスを他所に、セリオとグレンダはニヤリと笑い合う。


「あー、あの隊長をからかえるんならこういう生活も悪くはないですね」


「そうだな。ちょっと張り合いがねぇが、これはこれで昔の暮らしを思い出すしな」


「はぁ……この私が山賊まがいの生活とはな……」


「へっ、慣れればどうってことねぇよ。それに最低限の物品は村の連中が分けてくれるんだろ? ならアタシから言うことは無いね」


 しばしの休憩。森の中は木々が日除けになって涼しい風が通り抜ける。クリスは心の中で、たしかにこういう生活も悪くはないか、と思っていた。




「あ、ねーちゃん! ここにいた!」


「あん? なんだ、ロイじゃねぇか。そんなに慌ててどうした?」


「うん、父ちゃんがみんなを連れてきてくれって! またおっきなムカデがでたんだって!」


 その瞬間、三人の纏う空気が変わった。


「よし、よく知らせに来てくれたな。あとはアタシとテーバテータに任しときな!」


「さて隊長、今日はこの辺にしましょう。急いで魔物退治に取り掛からなくちゃ!」


「そうだな……と言っても実際に理力甲冑に乗るのはグレンダ一人だけだが」


「そんな事言わずに……それにグレンダさんを補助しないと危ないですし」


「分かった分かった。……さて、村まで走るか」


 ふとクリスはロイを見る。そして背中におぶってやろうとその場にしゃがんだ。


「ん、おねーちゃんのほうがいい!」


 ロイはそういってグレンダにしがみつく。その様子を見ていたセリオとグレンダは腹を抱えて笑うのを堪えている。


「……ふん。お前ら、ボサッとしていると置いていくぞ!」


 突然走り出すクリス。そして慌ててそれを追いかけるグレンダたち。


「まったく、満更でもない、というのはこういう感じなのか……?」


 ポツリと零した言葉。クリスは自分でも気付いていなかったが、その表情はどこまでも晴れやかで屈託のない笑みだった。





 * * *





「こちらユウ。現在位置は✕✕✕……特に異常は無いです。魔物の痕跡もありません」


 理力甲冑ステッドランドに乗っているユウは無線で定時報告をする。近くには小銃を片手に持ったクレアのステッドランド。


 この辺りはちょうど一面に広がる小麦と草原の境だ。ここからもう少し西の森へと入ると、ユウがこの世界に召喚されたあの場所がある。


「やっぱりレフィオーネじゃないとしっくりこないわね。空を飛んでパパっと偵察した方が効率いいのに」


「あはは……でも、アルヴァリスもレフィオーネも損傷が酷かったし、軍縮条約で廃棄処分が決まっちゃったしねぇ……」


 連合と帝国の戦争終結後、両軍は停戦条約を結び、そしてお互いに牽制の意味合いが強い軍縮条約を締結した。


 その内容の大本は、「各国が保有する理力甲冑の数を制限する」というものだった。その為、国力に合わせてその保有機数を大幅に制限された事もあり、かつ先の戦闘で大破寸前だったアルヴァリス・ノヴァとレフィオーネは廃棄されることになってしまった。


「まぁ、そのお陰で平和になったんだからヨシとするしかないわね……」


「だね。残念なのは確かだけど、平和の為ならアルヴァリスもらレフィオーネも分かってくれるよ」


「そうね……さて、残りもちゃちゃっと片付けるわよ」


 二人のステッドランドが次の地点へと歩みを進めようとした瞬間、聞き覚えのある音が聴こえた。甲高い楽器のような音、大量の圧縮空気を噴射する轟音。


「この音……ホワイトスワン?!」


「でもあの時、脱出した後にスワンは帝国に奪われたかもって……!」


 イースディア攻略戦において、ホワイトスワンは激しい戦闘と理力砲の発射、無理な運転の積み重ねで当歳されている大型理力エンジンがそんしょうしてしまった。そのせいで先生らはホワイトスワンを放棄せざるを得ず、スバルらのファルシオーネ部隊に拾ってもらう事で脱出したのであった。


「それじゃあまさか、帝国軍がホワイトスワンを直して……?!」


「油断しないで、ユウ! 見えた、あそこ!」


 クレア機の指指す方向、そこには確かにホワイトスワンがこちらへと向かってきている。ユウは慎重に腰の剣を抜き、もしもの場合に備えた。


「……あれ、本当にスワンかしら?」


「なんか……微妙に違う……?」


 二人は記憶の中にあるホワイトスワンと、目の前に迫ってくるホワイトスワンが別物ではないかという疑念が湧いてきた。形状そのものはまさしくそうなのだが、所々で改造というか、全体的により洗練されたものとなっている。それに大型理力エンジンの奏でる音もいくらか音程が違う気がするのだ。




「ユウー! クレアー! お久しぶりデスよ! 元気にしてたデスか?!」


 突然拡声器スピーカーで増幅された声は、紛れもなく先生のものだった。


「先生?!」


「いや、今まで音信不通だったのに何してんのよ!」


「まぁまぁ、積もる話もあるデス。一旦、中に入るデスよ」





「内装が全然違う……」


「そうね、配管とかむき出しじゃないわ……」


 二人はホワイトスワンらしき大型船の格納庫に機体を置き、記憶を頼りにブリッジへと向かう。外観や内装は異なるが、通路や大まかな施設の配置は変わっておらず、すぐに目的地へとたどり着いた。


「いやぁ一年ぶりデスかね?! ユウ、少し背が伸びたデスか?!」


「いや、背は伸びてな……」


「クレアは相変わらず成長してないデスねー」


「ちょっ! どこ見て言ってんのよ!」


「お二人共、ご無沙汰しております。お元気そうでなによりです」


 と、操縦席に座っていたボルツが立ち上がり、深くお辞儀をする。


「お久しぶりです、ボルツさん。二人こそ元気そうで良かったです」


「それは良いことなんだけど……アンタたち二人、この一年何してたの? 突然姿を消すし、軍の上層部も全然教えてくれないし、まさか帝国に帰っちゃったのかと思ったわよ」


 クレアの言うとおりだった。あの戦いの後、先生とボルツは急に皆の前から居なくなったのである。重要人物でもある先生とボルツはその身柄の取り扱いが難しく、帝国との政治的取引に利用されたのではないかと心配していたのだ。


「いやーその節はすまんかったデス。色々とややこしい事情があったもんで……デス。とりあえず今はケラートの街に住んでるデスよ」


「ハァ……すぐ近くに居たのね……まぁ、無事ならそれでいいわ。それより、この船はどうしたの?」


「フッフッフッ……これこそは私の設計した新たなホワイトスワン……その名も! ホワイトスワンMKーⅡデス!」


「そのまんまだ……」


「なんの捻りもないわね……」


「もっと驚けデス! 一から再設計し、大型理力エンジンを二基も搭載! 性能は当社比で五割増し! これこそ真のホワイトスワンなんデス!」


 パチパチと無表情で拍手するボルツと、物凄いドヤ顔をかます先生。その光景にどこか懐かしさを感じる。


「ふーん……で、先生はこのとやらを見せびらかしにわざわざここまで来たの?」


「うーん、相変わらずクールな対応デス。それにわざわざ見せびらかすだけならもっと凝った趣向を凝らすデスよ! 二人にはとある計画に参加して欲しくてスカウトに来たのデス」 


 そう言うと先生は何かの地図を広げる。そこにはユウ達が住まうアムリア大陸が小さく描かれていた。


「先生、これは……?」


「地図……だけど、余白が大きいわね?」


「二人はこの世界が、このだと思ってないデスか?」


「……それって、まさか?」


「うむ。ユウは流石にピンと来るデスね。まぁ、そうじゃなかったら元の世界で何を勉強していたのか心配する所だったデス」


「どういうことなの、先生?」


「つまりデスね、クレア。この星にはまだまだ我々が未踏の地がたくさんある筈なんデス。星の直径とこの大陸の面積を考慮すると、他にも大きな大陸や列島なんかがいくつかあってもおかしくはないのデスよ。それが今までは未熟な航海技術のせいで発見出来てないのだと私は睨んでいるデス」


「すると……先生はそれらの大陸を探し出して、この地図を埋めたいわけ?」


「んー、まぁ概ねその通りデス。地図を埋めたいのはそうなんデスけど、私の目的は世界を発見し、未知の文明や技術を探求したいのデス!」


 小さな身体で精一杯両手を広げる先生。恐らく、いや、この先生はで言っている。


「あはは……先生は相変わらずスケールが大きいなぁ……」


「いやいや、ちょっと待って。その壮大な計画についてはなんとなく分かったけど、どうしてユウと私にその話をするのよ?」


「んなもん決まってるデス。もし新大陸を発見したとして、そこに敵性生物や原住民と戦闘になるかもしれないデス。オマエたち二人はそんな時のための護衛を頼みたいんデス!」


 あまりの話にユウとクレアは大きく口を開けたまま先生を見る。確かに、未知の大陸には危険が多いだろう。しかし、まさかそんなお願いをされるとは思ってもみなかった。


「……もちろん、無理にとは言わないデス。二人には、二人だけの生活があるデスし、それこそこれから生まれてくるこど……」


「ちょっ! ちょっと待って! まだ子育てとかそういうつもりは……!」


「ほう……、デスか……?」


「僕はいつでも良いんだけどね。収入も安定しだしたし」


「あ、その……! くっ、謀ったわね、先生!」


「ふふふ、仲睦まじいのは良いことデス。それに出発するにしてももう少し時間が掛かるデス。それまでに決めて貰ったらこっちはそれで構わないデスよ」


 ユウは少し顔の赤くなったクレアを見る。プイと、視線を逸らされるが、クレアの考えはなんとなく分かった。


「そうですね……僕達の答えは……」





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