ひとでなし

雪車町地蔵

よく晴れた、夏の日の出来事でしたかねぇ……

 これは、聞いた話なんですがね──


 えー、わりかし有名な話になってしまうんですが、西の方に、ながぁい、トンネルがございまして。

 そこに、〝でる〟ってわけなんです。


 いやいや、ありきたりとはごもっともです。

 よくある街談巷説に聞こえましょう。

 ええ、はい。ですが、もうすこしばかり、お聞きになった方がよいかと、私は思いますがねぇ……


 さてはて。

 出ると言いましても、幽霊が出るわけじゃございません。


 長い、長いトンネルを走っていますと、いったいどのくらいの距離を走ったか、だんだんと分からなくなってくる。

 なにぶん薄暗いし、景色が変わらない。

 感覚がマヒしてくるわけですなぁ。

 そう、対向車線のハイビームぐらいしか、ろくな刺激がないからです。


 刺激が乏しいまま、そうやって走っていると、ぷつり──と、唐突にトンネルが途絶えるんだそうです。

 ぱっと日光が刺し込んできて、目が眩む。

 おもわずブレーキに、足がかかる。


 そんなとき、それが目に入るんだそうです。


 毛布。


 ええ、毛布ですよ。

 何の変哲も毛布。

 右端と左端が、キュッとくびれた、ロープで硬く縛られた──簀巻きのような、毛布です。


 運転手はハッとなるんですがね、これが間に合わない。

 ブレーキを踏んでいることもあって、ゆっくりと。

 いやぁな音を立てて、毛布に乗り上げてしまう。


 ごりっと、何かをつぶしてしまった感触があって、運転手はなかなか車から降りられない。


 ああ、とんでもないことをしでかしてしまった、困ったなぁ困ったなぁ、自分はなんて人でなしなんだ、と。

 後悔しながらも、運転手は動けないでいる。


 両手はですね、こうぎゅっとハンドルを掴んでいて、指の先までまっしろだ。

 怖い。

 だって──人を轢いてしまったのだから。


 そう、毛布はですね、人の形をしていたんです。


 どうして簀巻きになっているのかなんてわからない。

 いますぐにでも安否確認をして、救急車を呼ばなけりゃいけないのに、体が動かない。

 怖い。

 怖い。


 それでもなんとか車をですね、そっと前進させる。

 後輪が跳ねますよ、運転手の肩も跳ねます。

 なんとか距離を取って。

 そうして、ミラー越しに後ろを確認する。


「ヒッ!?」


 と運転手は悲鳴を上げたそうです。

 なぜって、転がっていたはずの毛布が──釣り上げられた魚のように、と跳ねていたんですから、驚かない方が無理ってものです。


 恐怖に目を見開いて、それを凝視していると。

 跳ね回っていた毛布はいったんおとなしくなる。

 どうしたのかと思っているうちに。


 毛布はひときわは大きく跳ね返って……そのまま、ガードレールの向こう側に、消えていったって言うんですねぇ。


 さて、そのあと運転手は、一番近くの派出所に駆け込むんですがね?

 人を轢いたという話を最初は真剣に聞いていた駐在さんも、終わりの方になってくると、露骨に嫌そうな顔をする。

 とりあえずパトカーで現場に行きましょうということになるんですが、その車中で、必ずこう言われるんだそうです。


「よくあるんですよ、」って。



 じゃあ一体。

 それは、何だったんでしょうかねぇ……?


 ええ、これもまた、聞いた話です。

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