ひとでなし
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
よく晴れた、夏の日の出来事でしたかねぇ……
これは、聞いた話なんですがね──
えー、わりかし有名な話になってしまうんですが、西の方に、ながぁい、トンネルがございまして。
そこに、〝でる〟ってわけなんです。
いやいや、ありきたりとはごもっともです。
よくある街談巷説に聞こえましょう。
ええ、はい。ですが、もうすこしばかり、お聞きになった方がよいかと、私は思いますがねぇ……
さてはて。
出ると言いましても、幽霊が出るわけじゃございません。
長い、長いトンネルを走っていますと、いったいどのくらいの距離を走ったか、だんだんと分からなくなってくる。
なにぶん薄暗いし、景色が変わらない。
感覚がマヒしてくるわけですなぁ。
そう、対向車線のハイビームぐらいしか、ろくな刺激がないからです。
刺激が乏しいまま、そうやって走っていると、ぷつり──と、唐突にトンネルが途絶えるんだそうです。
ぱっと日光が刺し込んできて、目が眩む。
おもわずブレーキに、足がかかる。
そんなとき、それが目に入るんだそうです。
毛布。
ええ、毛布ですよ。
何の変哲もある毛布。
右端と左端が、キュッとくびれた、ロープで硬く縛られた──簀巻きのような、毛布です。
運転手はハッとなるんですがね、これが間に合わない。
ブレーキを踏んでいることもあって、ゆっくりと。
いやぁな音を立てて、毛布に乗り上げてしまう。
ごりっと、何かをつぶしてしまった感触があって、運転手はなかなか車から降りられない。
ああ、とんでもないことをしでかしてしまった、困ったなぁ困ったなぁ、自分はなんて人でなしなんだ、と。
後悔しながらも、運転手は動けないでいる。
両手はですね、こうぎゅっとハンドルを掴んでいて、指の先までまっしろだ。
怖い。
だって──人を轢いてしまったのだから。
そう、毛布はですね、人の形をしていたんです。
どうして簀巻きになっているのかなんてわからない。
いますぐにでも安否確認をして、救急車を呼ばなけりゃいけないのに、体が動かない。
怖い。
怖い。
それでもなんとか車をですね、そっと前進させる。
後輪が跳ねますよ、運転手の肩も跳ねます。
なんとか距離を取って。
そうして、ミラー越しに後ろを確認する。
「ヒッ!?」
と運転手は悲鳴を上げたそうです。
なぜって、転がっていたはずの毛布が──釣り上げられた魚のように、びちびちと跳ねていたんですから、驚かない方が無理ってものです。
恐怖に目を見開いて、それを凝視していると。
跳ね回っていた毛布はいったんおとなしくなる。
どうしたのかと思っているうちに。
毛布はひときわは大きく跳ね返って……そのまま、ガードレールの向こう側に、消えていったって言うんですねぇ。
さて、そのあと運転手は、一番近くの派出所に駆け込むんですがね?
人を轢いたという話を最初は真剣に聞いていた駐在さんも、終わりの方になってくると、露骨に嫌そうな顔をする。
とりあえずパトカーで現場に行きましょうということになるんですが、その車中で、必ずこう言われるんだそうです。
「よくあるんですよ、ひとじゃないものが包まっていることが」って。
じゃあ一体。
それは、何だったんでしょうかねぇ……?
ええ、これもまた、聞いた話です。
ひとでなし 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo
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