口裂け女とターゲット 三日目

 黄昏時。人気のない路地で、大きなマスクをつけた女が一人。


 女は獲物ターゲットを探していた。最近はロクな相手を狙えていないから、今日こそはもっと慎重に選ばないと……


 そうして運悪く彼女の目に止ったのは、小学生くらいの男の子だった。よし、これならさすがに大丈夫だろう。

 女は背後から男の子忍び寄ると、ポンと肩を叩く。そして振り返った彼に、こう問いかけた。


「ねえ、私ってキレイ?」

「うん。お姉さん、とってもキレイ」


 元気いっぱいに答える男の子。すると、女の手が自らのマスクへと伸びた。

「これでもー?」


 マスクの下にあった女の口は、耳まで裂けていた。女の素顔を見た男の子は、恐怖で動けないのかしばし立ち止まったままだった。が……


「うん、キレイ。それに……とっても美味しそう」

「えっ?」


 口裂け女は、男の子が言ったことの意味が分からなかった。だけど。


「うん、美味しそう」

「美味しそう美味しそう」

「食べたい。食べたいよー」


 口裂け女は、驚いて周囲を見回す。いったいいつの間に来たのか、そこには声をかけた男の子と同じ、小学生と思しき子供が沢山いて、口裂け女を取り囲んでいた。


 男の子もいた。女の子もいた。そしてその誰もが美味しそうと、まるでごちそうでも見るような目で、口裂け女を見つめていた。

 これは何かがおかしい。口裂け女がそう思った次の瞬間……


「いただきまーす」


 男の子の一人が、口裂け女の腕にかぶりついた。


「―――ッ!」


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。だけど男の子が咀嚼しているそれが、喰いちぎられた自らの腕の肉だと分かった時、口裂け女は恐怖した。


(何なのこの子達?に、逃げないと)


 口裂け女の足はメッチャ早い。本来は獲物を追うために使うその足を活かして、彼女は全力で逃げ―――られなかった。

 見れば口裂け女の右足が、膝の辺りからごっそりと無くなっていた。


「あ…ああっ……」


 見ればさっきとは別の男の子が、千切った自分の足をかじっている。さっきまでは足をもがれた事にも気づいていなかったけど、理解した途端今まで感じた事の無い痛みが、口裂け女を襲う。


「アア―――ッ!」


 声にならない声を上がる。だけど周りの子供たちは、そんなの御構い無しだ。


「ズルいよ、先に食べるなんて」

「アタシも食べたい!」

「僕も僕も。みんなで仲良く、ね」


 子供達は次々と口裂け女へと群がってきて。手を、足を、次々と喰いちぎっていく。


「い……いやああああああっ!」


 口裂け女の絶叫が響く。だけどそれでも、子供達は食べるのをやめない。


「もも肉、美味しい」

「こっちのホルモンもいけるよ」

「次は臓食べよーっと」


 やがて口裂け女は骨も残すことなく、子供たちの腹の中へとおさまった。辺りの地面についた血の跡だけが、彼女が存在していた跡である。


「あー美味しかった」

「また食べようね」


 そうして子供たちは、いずこかへと去って行く。

 ほどなくしてこの町では『人食いの子供達』と言う名の噂話が、まことしやかに囁かれる様になった。


 どうやら『口裂け女』の都市伝説は、『人食いの子供達』の都市伝説に、文字通り食われてしまったようである。



 おや、何を驚いているのです? これは、ホラーですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

口裂け女とターゲット 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ