鏡の中に映るモノ

澤田慎梧

鏡の中に映るモノ

 最近、とある噂話が俺の周りでまことしやかにささやかれている。

 なんでも、鏡を使ったあるをすると、鏡の向こうに「自分を殺す人間の顔」が浮かび上がるのだという。


 特定の時間に鏡を覗き込むと「運命の相手」だとか「自分の死に顔」だとかが見えるって話なら聞いたことはあるが、「自分を殺す人間」というのは中々斬新だな。

 そもそも、殆どの人間は誰かに殺されるようなことはないんだから、無意味なおまじないじゃないのか?


 ――等と思いつつも、ちょっと試したくなるのが人情というもの。

 しかも、会社の女の子が「友達の友達が、このおまじないでストーカーの人相を知って難を逃れた」なんて気になる話をしていたものだから、都市伝説好きとしては放っておけない。

 昔から「コックリさん」やその亜流のおまじないをよくやっていたから、この手のものには目が無い、というのもある。

 善は急げということで、早速自宅で試してみることにした。


 おまじないの手順は次の通りだ。


一.出来るだけ大きな鏡を用意する

二.鏡をまんべんなく曇らせる

三.曇った鏡に、指で自分の姓名と満年齢を書く

四.曇りが完全に消えるまで鏡を見つめ続ける


 この一連の手順を夜中の零時を挟む形で行うと、曇りが消えた時に自分の顔ではなく「自分を殺す人間」の顔が浮かび上がるのだという。

 この手のおまじないの常で、手順自体は非常に簡単だな。こういう「誰でも簡単にできる」感が大事なんだよな……。


 ――夜。零時まであと少しというところで、おまじないを開始する。

 鏡は洗面所のものを使用。曇らせるのは、根気よく息を「ハァ」と吹きかけてやってみた。

 年季ものの鏡だから、曇り止めのコーティングはすっかり剥がれてしまっている。なので、全体を曇らせるのはさほどの手間では無かった。


 次は名前だ。

 曇った鏡の上を「カイトウ ケンゾウ 28才」と指でなぞる。

 後は、曇りが完全に消えるまで鏡を見つめ続けるだけだが……どうかな?


 ――数十秒後、曇りがすっかり消えた鏡には、ただただ俺の間抜けな顔が映っているだけだった。

 他の誰かの顔なんて、チラリとも映らなかったな。


 ま、おまじないなんてこんなもんだよな!

 さあ、寝よ寝よ。ただでさえ寝不足なんだから……。




   #ある朝のニュース


『――続きまして、事故のニュースです。

 本日早朝、K県K市の県道で乗用車が道路脇の電柱に激突し、大破しました。

 乗用車に乗っていたのは、K市在住のカイトウ ケンゾウさん(28)と見られ、搬送先の病院で死亡が確認されました。

 警察では、カイトウさんの居眠りによるハンドル操作ミスが事故の原因と見て、捜査を進めています――』

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