二章・幕間
「だって、わざわざ会いに来たんですよ!」
それやめろって言っただろ。
さっきから何度も言うように、俺はお前と馴れ合うつもりなんかない。そこをどいてくれ。
「話くらい詳しく聞いてくれたっていいじゃないですか」
言っておくが、俺には今から家でやらなくちゃならないことがあるんだよ。お前に構ってる暇なんかない。
「じゃあそれ手伝いますよ。その代わり、終わったら私の話を聞く。これで手を打ちましょう」
「断る」
花冬は俺が提案を退けるなどこれっぽっちも思っていなかったようで、俺があっさり断ると「そんな・・・」と弱弱しくうめき、その場に崩れ落ちた。
ちなみにその場というのは教室の出入口のことで、放課後皆が帰って教室が俺と花冬だけになった途端こいつが「私の話を聞いてくれるまでここから動きません!」と小学生並みの脅しをかけてきたものだから、彼女を無理やりどかすわけにもいかずかたやもう一方の扉は例の一件で使用不可であるため、教室を出る手段を失った俺はどうしようもなく困り果てていたところである。
「手伝うって、つまりうちに来るってことだろ。そんなの無理に決まってるじゃないか」
そうだな・・・
どうしても手伝いたいってんなら、ここでブツを渡すからそいつを家でやってきてくれ。終わらせたものを明日以降俺のとこに持ってきて、認められる出来だったらその話、聞いてやってもいいぞ。
「本当ですか!?」
俺がとっさに考えた代替案を聞くなり、跳び上ってその美しい赤眼をキラキラさせながら「分かりました、やります!」と一声、はやく渡せと言わんばかりに両手を差し出してきた。切り替え早いなこいつ。
話が早くて助かる、と言って鞄の中のブツを取り出しながら俺は内心ほくそんでいた。
いやはや、我ながらよく思い付いたな。うまくこいつに課題を押し付けつつ、「認められる出来だったら」と濁すことで後々「出来悪いので話は聞きません」と責任逃れできるようにしてある。今の俺、最高にクズだ。
花冬はまるで正月にお年玉をもらうガキのようにウキウキな様子だが、あいにく今からこいつに与えられるのは夏休み課題未完了のペナルティとして俺に課された大量のプリントである。と言っても、結局俺の良心が邪魔した結果こいつには全体のごく一部しか渡せていないのだが、それでもかなりの量であるからして一日二日じゃとても終わらないだろうと予想され、それまでの間こいつを遠ざけておけそうなのでいい加減こいつのしつこさにもうんざりしていた俺は嬉しさのあまりガッツポーズを決めた。
せいぜい苦しんでくれ、と心の中で毒づきながらプリントを渡すと、「すぐに終わらせてきますね!」と威勢のいいことを口走って裸のプリントをつかんだまま一目散に帰っていった。俺としてはなるべく時間をかけてゆっくり取り組んでほしいところだが本人がやる気なのでそこはどうしようもない。やってくれるだけ良しとしよう、どうせ一日じゃ終わらないんだし――そう無理やり納得して、渡したプリントの分軽くなった鞄を肩に掛けもう日も暮れ始めているにも関わらず鬼畜なまでに世間が暑い中、疲れた体をズルズル引きずってようやく帰路についたのである。
玄関を開け力なく「ただいまー」と呼び掛けるも、妹の返事はない。あいつのことだから帰ってきてすぐにシャワーでも浴びているのだろう。
二階の自室に荷物を置き私服に着替えてから、夕飯を作ろうとリビングへやってきた。この家では昼飯(弁当)と夕飯は俺が作ることになっている。母上はパートで夜遅いし父上は単身赴任でそもそも家にいないしで必然的に自分達の飯は自分達で作るしかないのだが、唯一作れる料理がトーストという悲惨な程に料理下手な妹にシェフを任せるわけにはいかないということで調理バイト経験者の俺が飯担当ということになった。
本音を言うと将来のためにも妹には料理の腕を磨いてもらいたかったのだが、どうしても毎日妹の料理を食う気にはなれなかった。何年か前、一度だけ妹に本気で料理をさせたことがあったが、出来上がったそれはもう料理というか正直金のかかった生ゴミという表現の方が正確な位にひどいものだった。もうゴミを食わされるのは御免こうむる。
冷蔵庫の中を物色して今日は何を作ろうかと画策していると、シャワーを浴びていたと思しき妹がリビングへ入ってきた。俺の存在に気付いていないのか当然のように全裸で徘徊している。
「お前さ、下着くらいちゃんと着ろよ」
「兄ちゃん!?帰ってたの・・・」
そう言うと一応隠すそぶりを見せる。あれ?お前に隠すところなんてあったっけ。
「なんかムカつく言い方ね!私はこれからだって言ってんでしょ!」
少々キレ気味で服を着始めた。悪かったよ、夕飯に好きなもん作ってやるから許してくれ。
「じゃあハンバーグ作りなさい!」
「はいよ」
相変わらず舌が子供だな、なんて微笑ましく思って妹を見ると横目で思いきり睨み返されてしまった。まあそう怒るな。
飯を食い終わり二人分の食器を洗っていると、手伝いもせず呑気に録画した映画なんかを見ていた妹が急にこちらを向き「そういえば転校生が来たんだって?」といきなり地雷源に踏み込んできた。なんでお前がそれを知ってるんだよ。
「噂で聞いたの。いくら友達がいないからって私はあんたみたいに人と全く話さないわけじゃないし、そんな噂くらいすぐ耳に入るわよ」
そうですか・・・で、どの辺まで聞いたんだ?
「どの辺までって、あんたの学年に転入してきたってだけじゃないの。まさかあんたのクラスに入ってきたわけ?」
この様子だと告白云々の話はまだそんなに広まってないみたいだな。まあ時間の問題ではあるだろうしこの際こいつには伝えておいてもいいか。
「ああ、そのまさかだ。ついでに言うとめっちゃ可愛いぞ」
そのうちバレることだし俺の口から直接言っておこうと俺は妹に今日あったことの一部始終を話してしまった。妹は話を聞いている途中ひどく興奮した様子で食い気味に相槌を打ったり椅子の上で飛び跳ねてたりしていたが、俺が事の一切を伝え終わるとしばらく黙ってから近所迷惑も考えないバカでかい声でこう叫んだ。
「もうほんっと、信じられない!」
花冬月見の神頼み つちろー @naoharu
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