二章・1

 「わたしは、あなたに会いに来たんです――!」


 花冬月見が俺を指名したことで教室中の視線が俺に集まる中、生まれてこのかた誰かに指を差されたことすら無かった俺は眠気も吹き飛びスッキリした頭を抱えてたただだ困惑していた。


 当たり前だろ。夏休み明けに突如現れた謎の美少女転校生ってだけでも十分刺激が強いのに、その上クラス全員が見守る中そいつが俺を差して「あなたに会いに来た」と堂々とお前に気がある宣言をかましてきたんだぜ。たとえ当事者が俺じゃなかったとしてもドキッとするなりキュンとするなり、何にせよ動揺はするだろうよ。


 花冬がそう言い放ってからというもの教室内はまるで時間でも止まったみたいに静まり返っている。どうやらそうなった原因の半分は俺にあるようだったので、こりゃいつまでも被害者面でだんまり決め込んでるわけにもいかんなあとこの閑散たる沈黙を破るための文句を必死に頭の中で練っていたのであるが、その文句があと一歩で完成するというところで吉井が「じゃあ締めます、お前ら一限の体育遅れるなよ」と言って教室から立ち去り、教室中の女子が思い出したと言わんばかりに更衣室への移動を始めたことでその状況は打開されたのだった。よくやったぞ吉井。


 というわけでこれが俺と花冬との出会いの一部始終であるが、こんな面白い話を色恋に血気盛んな高校生共が放っておくはずはなく「転校初日にクラス全員の前で告った美少女転校生」こと花冬月見は、その告白の相手である謎の男の噂をも巻き込んで学校中にその名を轟かせたのである。


 色々あって引き返せなくなった今では、もしこの瞬間にこいつと絶交していたならまた違う未来もあったのかなと妄想することもしばしばだが、当初の俺は絶交するなんて考えを一ミクロンも持ち合わせておらず白状してしまうと実は内心こいつと仲を深めたいと思っていたしあわよくばそういう関係まで持ち込みたいなあとも考えていた。


 今思えば愚の骨頂以外の何物でもないという感想だが、その時は「やっと神様がお恵みを与えてくださった」と地球上の全ての神々に感謝の祈りを捧げるほど、とにかく嬉しかったんだ。


 この世に生を受けて十数年、一人として友達が出来ずましてや異性から告白されることなんて夢物語だと思っていた俺の前に突如転校生の少女がやって来て、初対面でほとんど告白じみた言葉をぶつけてきた――そんなの、燃えない方がおかしい。だろ?


「でも普通じゃなかったんでしょ、その人」

「ああ・・・少しでも期待した俺が馬鹿だったよ。やっぱり神様は俺に恵んでくれる気なんて一切ないらしい」

「あんたはそう言うけどね、大体一日一緒に過ごしただけでその人の何が分かるって言うの?」


 妹は俺の回想に割り込んできた挙句そんなくだらない疑問を口にした。まあ聞いてろって。


 あいつは転校初日に合わせて二つの事件を起こしている。一つ目はご存知の通り「転校初日にクラス全員の前で告った」というやつだ。これのインパクトは凄かったようで、後から妹に聞いた話によると翌日には同学年全体次の日には全学年その次の日には教職員へとその噂は爆発的な広がりをみせたらしい。当然謎の男こと俺の噂もバッチリ広まっているわけでそれにより今後の生活が間違いなく平穏ではなくなることを確信した俺は再び頭を抱えた。ホント、勘弁してほしい。


 まあそれは置いといて二つ目の事件だ。これは一限の体育が終わり俺たち男子が教室で着替えをしている最中に起こった。


 うちの学校の校則では、着替えの際原則として部屋の扉を施錠することが義務付けられている。そんなの女子だけにすればいいものをなぜ男子まで律儀に守らにゃならんのだというのが全校男子の総意であるが、最近はそういうのに厳しいご時世だし見せることで興奮を覚える危ない奴らも少なからず存在していて危険だし、第一校則で決まっているのならば仕方ないと皆しぶしぶ従っていた。


 そうやっていつものように教室は施錠され男子たちは着替えを行っていたのであるが、クラス内の半分が着替え終わったかなといったところでそれは始まった。


――ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ

 

 突如として教室後方の扉が激しく揺れだしたのだ。誰かが扉を開けようとしているのか?と教室中が思っていたはずだが、まるで怪奇現象のような事態にビビってしまったのか皆揺れる扉を注視するのみで誰も鍵を開けようとはしなかった。かく言う俺もその一人である。


 だって「開けてください」の一言も言わずにひたすら扉を開けようとしてるんだぜ、ヤバい奴だろ絶対。もしかすると不審者の類かもしれないし、ここはいったんそいつが諦めるの待って――と一同が考えていた、その時である。


 揺れが止まった。と思った瞬間、ガコンと金属がひしゃげる音がして扉が開く。


 お待ちかね、花冬月見の登場である。彼女は教室中をぐるっと見回しすぐに俺を発見しやがると、スタスタと近づいて来て一言「会いに来ました!」と発してからとりあえず話を聞いてくださいと訳の分からないことをしゃべり始めたのだった。


 結局、騒ぎを聞いて駆けつけた吉井が花冬をつまみ出すことで事態は終息した。さっきから俺の中で吉井の株が爆上がり中である。吉井よ、お前は馬鹿だが、気の利く奴だ。


 花冬がぶっ壊した扉は閉鎖され使用禁止になった。あいつは俺たちが二限を受けている間中ずっとお叱りを受けていたようで三限に戻ってきたのだが、全く懲りた様子は無く相変わらずあの赤眼をこっちに向け無表情で俺を見つめているのだった。怖い。


 それにしてもこいつ、老朽化しているとはいえ金属製の鍵がかかった扉を自力で開けるなんてどんな腕力してんだ。あの時教室にいた柔道部で怪力を自称する杉田も引いていた――それに着替えだってまだ全員終わっていなかったんだぞ。パンツ丸出しの奴だっている中に躊躇せず入って来るのは女子としてどうなんだ。俺が言うことでもないが、恥じらおうぜちょっとは。案の定半裸を見られて興奮した様子の奴も、中には自ら服を脱ぎ始めた奴だっていた。俺が花冬だったらそんな中で淡々と話を始めるなんて真似とてもじゃないができない。


  ――とまあこんな感じに二つ目の事件があったのだが、この一件によって俺の浮かれ気分は地に落とされ淡い期待は絶望へと変貌してしまったわけだ。俺の前に現れた赤眼の美少女は、実はかなりヤバい奴で恋人はおろか友達にさえ絶対なりたくない種類の人間だった――その事実だけでも俺がショックを受けるには十分なのだが、それだけで終わらないのが花冬という女である。


 これらの事件を起こしてもなお懲りていないのかこいつはことあるごと俺に話しかけてきて、その度に周囲の視線が俺達に集まるものだから、人に注目されることに慣れていない俺は自慢の精神力を持ってしても少しずつHPをゴリゴリと削られていった。


 そして四限が終わって昼休みになりいつものように俺がボッチ飯を嗜もうと席で弁当広げると例によって花冬が俺の前へ現れた。今回は椅子と弁当を持ってきている。

 

 まさか俺と一緒に食うつもりかよ。


 こいつは俺の席の目の前に椅子を置きそこに座ってから、「会いに来ましたよ」と言って堂々と俺の机の上で弁当を広げ始めた。


 お前さ、その会いに来た報告毎回しないと気が済まないのか。枕詞か何かなの?


 「私が言いたいから言ってるんです。気になるならやめますよ」

 「じゃあやめてくれ。ついでに俺に話しかけるのもやめてくれないか」

 「それは嫌です!私はあなたに話をするためにずっとあなたを探してたんですよ。やっと見つけて会うことまでできたのに、簡単に諦められるはずありません」


  だからその話ってのは何なんだよ、俺にどうしろってんだ。話を聞いてほしいと言うならさっき聞いたよ。肝心の内容は一切分からなかったけどな。


 「ですから・・・簡単に言うとですね・・・」

 「俺に頼みごとでもあるのか?」

 「はい・・・その、あの・・」

 「何だよ、はっきりしろ」

 「あなたに、私の――」

 「あ、やっぱそれ以上はいいです」


 その先を聞かなくたってこの後こいつが何を言い出すかくらい分かった。分かってしまった。なるほど花冬は前述した初恋の王子様がこの俺だとでも言いたいらしい。


 しかしな、俺の小学校時代の記憶にアルビノの幼女なんか登場しないし万一登場したとしてどういう経緯を経れば俺みたいなのに好意を寄せる結果になるんだよ、こんな愚図俺だって付き合いたいとは思わないぞ。何から何まで怪しいんですけど。


 とにかくそっちがそのつもりでも、こちらだって一向に引くつもりは無いんだ。毅然とした態度で対応させてもらうぜ。


 「――諦めてくれ」

 「ですからそれは無理なんですよ。ことはそう簡単じゃないんです、ここはまず私の話を詳しくですね・・・」


 もうお前に付き合うつもりは無い。俺は弁当の白飯をかき込むとさっさと片付けてしまって、席を立ち聖域である男子トイレへと向かう。無論花冬は置いてきたが、不思議なことにそれ以上は追って来なかった。


 やっと諦めてくれたか、そう思ったが甘かった。やっぱりこいつは俺が学校にいる時ならいつだって出没し延々と訳の分からない話を始めるのだった。


 ――全く、めんどくさい転校生が来たもんだ。


 もちろんそれまでの生活からは考えられない事態が起きているのは間違いなかったが、それでも俺は花冬のことを「めんどくさい転校生」程度にしか考えていなかった。


 でもこいつ、実はとんでもない奴だったのだ。


 まあ、それを俺が知るのはもう少し先の話になるが。

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