第10話 世田谷ゴーストタウン
世田谷市民の皆様に朗報です。
五年以上世田谷にお住まいの方に限り、最高級住宅地「世田谷レイクタウン」の分譲価格を特別に三割引きとさせていただきます。
そんな派手な宣伝もたいして効果がなく、私は責任をとって、一戸建てを買わされた。もちろんローンを利用した。実は、中央区の友人の勤め先が日本事業の大幅縮小を行い、彼はなんとか解雇を免れたものの、上海支店に異動することになった。そこであのタワーマンションを売りに出したのだが、買い手がつかず、私に買って欲しいと泣きついてきた。信じられない安値なので、少し心が動いたが、レイクタウンに住むよう部長から言われて、断り切れなかった。
私の家の両隣も新築の空き家だ。世田谷ゴーストタウンという不名誉なニックネームもついた。それがある時期から、急に入居者が増えだした。
秋田に限らず、地方への移住が進まないので、政府が切り札を出したのだ。
切り札とは他でもない。途上国以下の電力事情。つまり停電だ。
各地で頻繁に送電網が破壊される。復旧したと思うと、また停電の繰り返し。
常にどこかで停電が起きている状況。
反政府勢力の仕業にされているが、政府の指示で電力会社がやってるので、南武蔵では安定した電力供給を受けられない。
これには企業が悲鳴を上げた。ソーラーパネル程度では乗り切れないので当然だ。停電に限らず、首都圏ではテロが発生する危険性が高く、全国に事業展開する企業については、本社機能が停止することがないように、本社を地方に移転するよう行政指導が行われたのも理由だ。
業種を問わず、多くの企業が以前から誘致を受けていた地方に、社員ごと移っていった。
兄の勤務先も地方に移り、そちらで借りたアパートが狭いので、両親は独身の私が引き取ることになった。世田谷の自宅は売りに出されたが、買い手がつかない。税収確保と土地の売却を進める狙いで、時価は大きく下がっているのに、公示価格はさほど変わらず、固定資産税の負担は大きい。ただでも要らない、負の遺産になりつつある。
東京をスクラップし、地方をビルドする計画はうまくいっているようだ。ゼネコンを始め建設業界はウハウハだ。
秋田市内にも、二十を越える大企業が本社を構え、レイクタウンは戦後のニュータウンのように活気に満ちている。当初の目標である富裕層が住む高級住宅街とはいかなかったが、秋田市のベッドタウンとして、成長を続けている。
世田谷を除く秋田県の人口も再び百万を越え、世田谷人口は五十万まで減少した。
そして、ついに念願のレイクタワーの建設が始まった。建設部は総力を挙げて、テナント集めに邁進している。
最近、世田谷に行く機会があった。新幹線ではなく、秋田市と世田谷市とを結ぶ直行バスを利用した。新幹線より時間はかかるが、料金はずっと安く、夜間に眠ることができ、急がない場合はよく利用する。
東京に入っても、車も人もあまり通っていない。コンビニや飲食店の閉店が目立つ。私のいた頃より明らかに寂れていて、汚い。住宅地では、あちこちに「空き家売ります」のプレートがかかっていた。
本家のほうが、世田谷ゴーストタウンに成りつつある。
市役所に行くと、照明が薄暗いのに驚いた。電力は屋上のソーラーパネルを利用しているそうだ。
都市政策整備部のフロアは、以前の半分以下に縮小された。
少し白髪の増えた飯沼課長は、私を見ると、
「あ、八郎潟の人だ」
と言って笑った。
「すっかり田舎者ですよ」
「またまたご謙遜を。レイクタウンのセレブじゃないですか」
皮肉なのかお世辞なのかわからない。
「こちらは相変わらずですか?」
と聞いてみたが、変わっていないはずがない。
「都市デザイン課とは名ばかりで雑用ばかり」と課長は嘆いた。「もうデザインする予定は何もありません」
組織は、私のいた頃とほとんど変わっていない。都市デザイン課などはまっさきに廃止されそうだが、いまだに名称は残っている。組織図はそのままで、仕事の内容が変わったのだ。理由は、組織の変更をする暇もないほど、超多忙だったからだ。
それからどうでもいい雑談に入ったのだが、課長は突然、
「また総務省の先輩から聞いた話だけど、首都、移すってよ」
と言い出した。
「前からそんな話ありますけど、本当ですか?」
一部施設は郊外に移転したが、いまだに東京は日本の首都で通っている。
「今度のは本当らしい。計画ではずっと首都の予定だった。だけど、ここまで荒廃が進むと、さすがに首都ではまずくなり、逃げ出すしかなくなった。やりすぎたということだ」
デフレ解消のためのインフレ目標と同じで、目標を達成して後もインフレが進み、歯止めが利かなくなったのと同じということか。
課長はさらに、
「それで八郎潟が有力候補地に挙がってるらしい」
「まさか? いちいち橋を通らないといけないですよ」
「大潟村じゃなくて、八郎潟町」
八郎潟町は大潟村の隣、東部承水路の東側にある小さな町だが、ほとんどが平地で、積雪も少ない。
「あそこなら土地も余ってるし、干拓地じゃないから、地盤も強いですね」
隣が首都なら、レイクタウンの不動産相場は鰻登りだ。家を買って良かった。
「名前は、北の京と書いてホッキョウ。日本の新しい首都、ホッキョウト」
「ホッキョウ。言い名前ですね」
私は一瞬感心したが、
「北の京、それペキンじゃないですか。ああ、騙された」
嘘でも夢のある内容だったので、気分が明るくなった。四半期毎のGDP速報が久しぶりにプラスに転じたのも影響しているが。
再開発の全国展開は、秋田に限らず、地方経済を窮地から救った。ただそれは、本来旧東京のものだった税金を投じた、一時の時間かせぎ、延命措置にすぎない。東京解体という、フィクションの世界でしかありえないような未曾有の荒療治ですら、国内資源のバランス調整に留まり、首都と地方の格差を解消したにすぎない。相変わらずの箱物依存体質で、税収が増えたことに気を良くし、思い切った公共事業を行い、地方の財政赤字はむしろ増えている。
高齢化、人口減、社会保障費増大、財政悪化、中流消滅、貧困層拡大、政治の世襲など階層固定化、廃業問題、途上国の追い上げ、人材や予算不足などによる産業競争力や技術開発力の低下、情報化やグローバル化の進展で重要性を増す英語(発音と文法のハンディ)とソフトウェア(目に見えないものを軽視する)に適性がない点、冷戦終了で対ソ防波堤としての役目を終え、米国にとって保護対象から捨て駒化、などの問題にはいまだに解決の目処が立たず、国力の低下は進行中だ。
メンバーの半数が脱退を考えるくらい生活苦にあえいでいた、急な「下り坂47」から、ギャラの独り占めを謀る自分勝手なリーダーが抜けて、普通の「下り坂46」になっただけの話だ。
将来世代には悪いが、彼らに何とかしてもらうしかないのだろう。
といっても、今より状況が悪くなっていることが確実な将来の人間に、多大な負担を押しつけるのは酷というものであろう。
膨大な数となった老人達は、年金支給開始年齢の引き上げと支給額の減少から、貧困状態に陥り、今よりかなり少ない現役世代は、社会保障費負担の重圧から無気力になるか、やけになるかのどちらかだろう。
30%を越える消費税はさすがに無理だろう。貧困層からこれ以上とれないので、税収不足分を補うため、大企業の内部留保や富裕層の資産に直接課税する動きが出てくる。それに伴い、企業と資産家の海外逃避も進む。地方から東京に向かっていた金と人の流れが、海外に向かうのだ。
少子化で大学進学が容易になり、国立大学の予算不足もあり、日本の大学の世界ランキングは低下している。今でも海外の大学に進学する動きがあるが、今後は一層進む。優秀な人間は海外に出ていき、そのまま帰って来ない。替わりに移民が増えるが、優秀な人材は来ない。来るのは途上国の食いっぱぐれ。現地で死ぬよりまし、という考えでやってくるヤバイ連中だ。
もちろん、こうした問題に対し、23区の大学定員増加禁止のように、様々な対策が施されるだろうが、衰退要素の複合効果の現実の前には、何の効果も及ぼせず、焼け石に水となるだろう。
さすがにこれはまずいと、ほとんどの日本人が危機感を覚えれば、子供が大勢生まれるはずだ、という意見もあるが、私には逆に思える。これから生まれてくる子供の悲惨な人生を思うと、生むことを躊躇するのではないだろうか。
私自身も結婚を避け、自分を最後の世代とすることに決めている。バブル崩壊後の勝ち組となった公務員といえども、この先どうなるかわからないからだ。
このところ、<公金受給制限>という言葉を良く聞く。これ以上の財政悪化を避けるため、一個人が生涯に受け取る税金由来の公金に上限額を設けるという考えだ。物価が変動するので、三億円などという具体的な金額ではなく、毎月受け取った金額を、その時点の生活保護費の1.82倍などと、何ヶ月分に相当するか換算し、累計が生活保護費六十年間分になれば、それ以上公金を受け取ることができなくなる。
最初の話では、特殊法人などに天下り、多額の退職金を懐にする、一部官僚を規制する狙いだったが、一般の公務員も給与を大幅に下げるか、定年前に辞めて転職しなくてはいけなくなった。しかも、第三セクターなど外部団体も、公金の出資比率に応じて計算されるので、転職先が限定され、上限額に達すると生活保護も受けられず、路頭に迷う可能性がある。
ひどいものになると、公務員と生活保護を統合しろという声もある。公務員の給料を生活保護費と同額にし、当然辞める者も現れるので、体を動かせる生活保護受給者で穴埋めする。先が思いやられる。
倒幕の流れに抗った新撰組は、今でも人気で、沖田総司等の登場人物は有名だ。
当時、世の中は必然的に明治に向かっていた。新撰組という派手で目立つ存在も、大きな時代の波には勝てず、歴史の中に消えていった。
地方崩壊をすんでの所でくい止めた今回の東京解体ショーも、きっと映像化などされ、佐々木知事あたりは歴史に名を残すかもしれない。だが、日本の辺境化、カムチャッカ化という巨大な潮流の前には、単なる徒花にすぎない。
シベリアの東端にあるカムチャッカ半島の先端から、千島列島沿いに南西に進めば日本列島に到達します。
おもな産業は水産業で、ツキノワグマ、鹿、猪、ハクビシンなどが多数生息します。昔は大部分を占めていた日本族は、ロシアに併合された後、人口が十分の一にまで減ったといいます。
経済の実権を中華系が握り、毎年旧正月になると、州都ペトロパブロフスク・トンキンスキーの中華街には、海外から大勢の観光客が押し寄せます。
なんてことにならなければいいが……。
2020年代に生まれた子供が見る、2100年の日本はどんな光景だろうか。
東京解体ショー ~ 秋田県世田谷市職員の手記 @kkb
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