第9話 ゼネコンの暗躍



 しばらくして、こちらの生活に慣れてきた頃、八郎潟再開発プロジェクト室が正式に発足することになった。室長は吉岡さんという他の課から来た男性に決まったが、主に予算など事務的な内容を手がけ、プランナーとしては私が中心になるようだ。


 それに合わせて、東京からゼネコンの社長が来るというので、宴席が設けられることになった。知事も同席するという。


 ゼネコン、秋田県を合わせて四十人程度。もちろん、私も出席する。


 場所は、県庁舎の近くにある老舗料亭で、比内地鶏など地元の食材を使った懐石料理が売りだ。


仕事を終えた私達県庁関係がまとまって行くと、二階の座敷に案内された。すでにゼネコン側は席に着き、準備万端だ。



 建前上は、秋田営業所の新メンバー歓迎会だ。最近業績好調なので、費用は会社持ちとなり、つい大きな場所を予約してしまい、ところが参加者が少なく、それで主要顧客である秋田県庁も呼ばれたということだそうだが、どう見ても接待の場だ。


 一営業所の人事異動程度のことに本社社長がわざわざ来るわけないが、歓迎会という設定を守るため、掛け軸を背に新メンバー三人が並び、他は向かい合わせに座る。



 社長が音頭をとり、三人の挨拶と抱負が語られ、宴会が始まった。


 すると、主役の三人はすぐに自分の席を離れ、ビールを注いで回る。


 年が若い私は末席のほうだが、プロジェクトの重要メンバーなので、ゼネコン側は並み居る県庁役職者を適当にやりすごし、私の周りに集まってきた。



 私も自分の席にでんと構えてばかりでは失礼なので、ビール瓶とコップを持って、上座のほうに向かう。


 歓迎される側の三人の空席が目に入ったが、ほとんど料理に手をつけていないのがおかしい。



 知事と社長は並んで座っている。この二人が親睦を深めることが狙いなのだろう。


「どうも」


 私は二人に頭を下げた。


 その場にいた建設部の部長が、


「世田谷から来た、うちのエリートですよ」と社長に紹介してくれた。「大学で都市デザインをやってたので、プロ中のプロ」


「いえいえ、そんなたいした者ではありません」


 と私は謙遜した。


「どうか、こちらこそ、よろしくお願いします」


 あくまで業者である社長は、頭を下げた。


 そこでもう二度と会うことがないと思われる社長に、私はお酌をした。


 それから、社長の若手時代の苦労話に耳を傾けた。



 知事にもビールを勧めないといけない。


「平原です」と言うと向こうは、


「ああ、平原君か。よくやっているようだね」


 私のことを知っているようだ。


 最初の挨拶で、ユーモラスな人物という印象を持ったが、こちらに来て、根は堅物だという噂をよく聞く。それで、最初は最新の建材について話を始めたのだが、次第に政治色が強い内容になっていった。



 アルコールが入って、知事は熱くなっている。


「地方がダメになったのは全部東京のせいだ。人と金を吸い込むブラックホール。私たちの努力で、多少は力を削いだけど、相変わらず首都のままで、しぶとく生き残っている」


 などという歯に衣着せぬ知事の言葉に、東京生まれの私は熱くなって、


「東京は日本の心臓で脳みそです。そこを殺せば、日本は生きていけません」


 と、つい口をすべらせてしまった。



 すると知事は、冷静かつ吐き捨てるように言った。


「馬鹿らしい。東京は心臓でも脳みそでもない。


 ガンだ。


 全身から養分を吸い取り、肥大化していく病巣だ。ガンだから取り除く。それのどこが悪い。


 ガン患者と同じで、日本ははやせ細り、手術しないと死ぬところだった。


 早期発見されてたのに、世間が無関心だから、私達は一か八かの強硬手段に打って出た。もう少しで手遅れになるところだった。うまくいってよかったよ」



 知事の真面目で辛辣な発言に座が白けた。それでも気にせずに続ける。


「君も駅前の商店街見ただろう? 


 あれは郊外のショッピングセンターに客を奪われた結果だよ。東京に本社のある大手流通業が全国に展開していて、全国から東京に金と仕事が向かうシステムだ。少人数の正社員は他から異動してきて、地元の雇用はパートとバイトばかり。


 ところが、車に乗れない年寄りが増えて、売り上げが下がると、撤退したいだと。


 おいしいところだけもらっておいて、ダメになればとっとと逃げる。こういうのを焼き畑商業と言うんだ。失業者と買い物難民の尻ぬぐいは、行政がしなければならない。


 それで若者がいなくなるから、せっかく工場を誘致しようと努力しても、働き手がいないという理由で断られる……」



 私も無気になって、


「でも、企業にとって利益の最大化を追求するのは当然だから、仕方ないと思いますが。いまさら大規模店舗を規制しても、東京のネット通販が一人勝ちするだけですよ」


 社会学者の知事は、いろいろ考えていたようで、


「新しいルールを作ればいい。例えば、現在一律の消費税を商圏の広さに応じて、業者ごとに設定する。一店舗しか営業しなければ、非課税。店舗数が増えれば、税率が高くなる仕組みにする」



 大手企業が零細を負かす最大の強みは、仕入れ時の購買力だ。仕入れで有利という状況に対し、販売にハンディを負わせる。大手小売業が弱れば、製造業や問屋にとっても、下請け化を防ぐことができる。購買力を鼻にかけた、無理な値引きや店舗改装の手伝いを迫られると、断ることが難しいのが現状だ。


 日本のエレクトロニクス産業が衰退した一因に、海外メーカーの躍進以外にも、安売り家電量販の台頭があるのではないかと思う。系列店だけで販売していれば、国内市場の利益はさほど減らなかったはずだ。



 実店舗の場合は店舗数加算でいいが、


「ネット通販は無店舗ですよ」


「商圏人口百万人に対し、1パーセント税率を加算する。全国展開なら125%。東北限定なら9%。秋田県だけなら1%。海外の大手だと1000%越えるから、日本から撤退することになるが」 



 場の空気が悪くなったので、


「まあまあ、知事さん」


 と、社長が知事にビールを勧めてくれた。


 その隙に、私はトイレに立った。


 用を足し、酔い覚ましにロビーの自販機で、コーラを買った。通常より高いが、こういう場所ではそういうものだ。


 そのままくつろいでいると、営業所の新メンバーのひとりで、名前も思い出せない若手が、やってきた。


 顔が赤く、彼も酔い覚ましなのだろう。



「隣、よろしいですか、平原さん」


 と声をかけてきた。向こうはこちらの名前を覚えている。


「あ、どうも」


 といって、私は頭を下げた。



 しばらく雑談をして、話しやすい相手だと思ったので、


「これ本当に歓迎会ですか」


 と、私は尋ねた。


 すると、意外なことに、


「歓迎会です。最初は営業所だけで、居酒屋でやる予定が、そちらに話が漏れて、一緒にやるという流れになり、話が大きくなって知事さんや社長まで参加することになってしまったんです」


 と事情をうち明けてくれた。「接待なんてこの業界じゃ当たり前。うちも下請けから接待されてますからお気をつかわずに」



「やっぱり接待でしたか。しかし、うちの知事もあれですね」


 ついに私もうちの知事と言ってしまった。身も心も秋田の人間になった証拠か。「もう少し場の空気を読めというか」



「でも、知事さんの言ってること正しいですよ。東京が健全でいる限り、地方は衰退していく仕組みなんです」


 よいしょかと思いきや、本音のようだ。


「でもそれでは我々のビジネスにとってマイナスです。狭い東京の開発だけで食いつなぐより、全国に満遍なく開発があったほうがいい。


 東京が無くなったのも、知事の方々の突発的行動ではなく、建設業界と族議員、それに経産省が政府に働きかけて、仕組んだ計画的なものです。知事さん達は話に乗せられたんです。どの県をどの会社が担当するかも最初から決まっていて、完全な談合です」


 と、裏事情を話してくれた。



「どうしてそこまでするんです?」


「オリンピックが終わって、建設需要が無くなり、業界は窮地に立った。あるのは老朽化したインフラの修繕くらいで、もう先細りは目に見えている。そこで地方の窮地に目をつけたのです。このままでは人口減少で地方は滅びる。早急に都心から人と企業を移転させる必要がある。そうすれば、地方に建設需要が生まれるんです」



 若手と思って油断していたが、こいつはできる。


「レイクタウンもオリンピックと同じで、建物を作ることが目的です。わずか二週間程度のスポーツイベントに三兆円ですよ。最初は六千億とかいっていたけど、開催が決まれば、予定通り数倍にふくれあがる。


 オリンピックとは、都民からかき集めた税金を、建設業界の懐に入れるビジネスであって、スポーツではなく建設の祭典なのです。主役は選手ではなく、競技場なのです。競技場を造ることが開催の目的なので、金メダルなんか、とってもとらなくてもいいのです。


 リニア鉄道も同じです。走ることではなく、造ることに意義があるのです。だって、考えてもみてください。料金の安い高速バスの人気が出てきて、人口が減るのに、新幹線と客を奪い合い。品川まで行って地下深くまで降りるので、時間的には新幹線よりほんの少し早い程度。しかも窓の外の景色も見れずに、省エネどころか電力量三倍」



 筋道の通った話をしているが、相当酔っているようだ。素面では絶対話さないことまで話してくる。私は、彼の言葉に聞き入った。


「実際、レイクタウンに人が入らなくても、うちは困りません。安心してください。そちらも困りませんから。公務員の方は何があっても安泰です。税収が増えた分が帳消しになるだけで、どこも困りません。また国に泣きつけばいいだけです」



 彼は、酒の勢いで饒舌に語る。


「東京を破壊することで、地方に建設需要を作り出す。地方の需要が一巡したら、今度はスラム化した東京を再生する。こうしたスクラップ&ビルドにより、建設業界の需要は延々と続くんです。


 軍需産業が戦争を必要としているように、我々にはスクラップが必要なんです。スクラップの後にはビルドがありますから。


 良かったですよ。建設業に就職できて」


 と、彼は勝ち誇ったように言ったが、部外者の私にそこまで話したのは、心のどこかで自分達のしていることに虚しさを感じているのだろう。



 二人で座敷に戻る途中、彼は少し冷静になったのか、


「さっきの話は、ゼネコン業界で囁かれている噂に、僕自身の憶測を混ぜたものです。別に深い意味はありません。あまり真剣にとらえないでください」


 と付け加えた。



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