壱百壱日目

「おはよう」

 ベッドに腰掛け、君はまだまだ寝ぼけ眼のわたしの頭を撫でる。まだまだ夏だっていうのに君はお気に入りのジャケットを羽織っていて、すでにシャワーも済ませたのだろう、髪も完璧に整えてあって――そんな姿がツボにはまってわたしは笑いが止まらなくなる。

「ひどいな」

 人がせっかく格好つけてるってのに、と君。いやいやごめん久々に見たからそんな格好、ていうか暑いでしょなにその服、とわたし。や、まだ家、出るわけじゃないし。そりゃそうだけど、どうせ出るときは脱ぐのに何してんの。そりゃ、家出る前にやりたいことがあるからだよ。ほら、起きて。え、やりたいことって何?

「これだよ」

 そう言って、君がわたしをリビングへと迎え入れると、そこには大きな大きな薔薇の花束があって――わたしは耐えきれずに床に転がる。


 ■■


「あはははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!」


 ■■


 一体何分笑ってたんだろう。あー笑った笑った、と言ってわたしが起き上がる頃には真っ白い食卓の上、馬鹿みたいに大きな花瓶に、包みをとった薔薇の花束がそのまま突っ込まれていて、なに、君わざわざ花瓶まで買ってきたの、ってその事実が再びわたしを床に転がす。いや、花束渡すにしてもやり方ってものがあるでしょ。サプライズ下手か。下手だよなー君は、サプライズとかされるの嫌いそうだもんなーそういうやつだよなー、好き。大好きだよほんと。

「あのさ、君さ、ほんとこういうの下手だよね。もっとさ、ふつう、こう、場所とか雰囲気とかあるじゃん」

「いや、だってこんなでかいモノ外で渡しても処理に困るだろうし、だったら花瓶も用意しといて花瓶のそばで渡すのが効率的だと思って」

「薔薇の花束渡すのに処理とか効率とか言い出すところがほんと駄目だよね――ていうか、なんで花束なの、なんで」

「婚姻届もう一回出すわけだし、なんか記念はほしいかなって。でも結婚指輪は一組あればいいしな、って思って」

「それで、薔薇?」

「一〇〇日にちなんだなにかがいいかなって。で、一〇〇集めるって言えば、なんとなく薔薇の花束かなって」

「それで柄でもなく薔薇の花束買って、真夏なのにジャケット羽織って待ってたの?」

「そう」

「こんなでっかい花瓶まで買って?」

「そう」

 そこで耐えきれず私はまた吹き出し、君もとうとう笑い出す。

「あー無理だ、順を追って説明してたらおれも面白くなってきちゃった」

「いや、最初からめちゃくちゃ面白いからね?」

「で、どうなの?」

「なにが?」

「嬉しかった?」

「聞く? そういうの。そりゃ嬉しいけどね」

「そっか、なら、やってよかった」

「うん、好きだよ」

 言ってわたしは君に抱きつく。暑い暑いこっちジャケット着てんだからとの君の訴えは無視して、わたしはぎゅうぎゅう抱きついて君にキスをする。よろける君。頑張って耐えて。わたしはあと百回、キスするから。そうやってしばらくもみ合って、わたしたちはどういうわけか最終的にソファの上に転がっている。君が下で、わたしが上で、ぴったり抱き合って。

 そして、落ち着いた頃、君が切り出す。

 先に言っておく。このあとの君のセリフを、多分、わたしは一生忘れない。


 ■■


「実は、謝らなきゃならないことあってさ」

「んー、なに?」

「一度離婚すると女性は一〇〇日結婚できないって言ったじゃん。あれ、嘘だった」

「は?」


 ■■


 ――君は言う。

「えーと、まず、女性に再婚禁止期間があるのは本当な。で、それが一〇〇日間なのも現状はそう。これがあるのは、たとえば、離婚直後に再婚した場合に子供の親が誰なのかわからないってことがないように、って理由。ここまでは、最初にお前に説明したとおりで間違ってなかった」

 ――君は言う。

「けど、後で知ったんだけど、どうもに限っては例外的にこの制限が存在しないんだって」

 ――君は言う。

「つまり、待つ必要はなかったってこと。すぐにだって、なんならあの離婚届を出したその日のうちにだって、再婚できなくは、なかったのかも」

 ――君は言う。

「ごめん」

 ――わたしは。


 ■■


 わたしは、笑っていた。

 なにこれ、すごい。

 だって、願い、叶っちゃったじゃん。


 ■■


 なに、どうしたの、え、なんで笑ってんの、って君の疑問に、ねえ、わたし、観音サマになにお願いしてたと思う、ってわたしは質問で返す。君は、いや、わかんないけど、全然、ってそう言って、わたしは、いいから、考えて、って言う。

 君は黙ってしまって、

 わたしは笑い続ける。

 あのさ観音サマ、たしかにわたし、離婚して再婚するたびに一〇〇日かかったら、あと一〇〇回は無理かなって、そう思ったよ。どんなに短くても一〇〇〇〇日、実際そういうわけにもいかないし、できるわけないかなって、そんなことを思った日があったよ。でも、だからって、まさかこんな百一日目が来るなんて、思ってもみなかった。

 ねえ、観音サマ。

 最後に一ついいかな。

 最後まで文句であれだけど、あの――そういうことじゃ、ないんじゃないかな?


 ■■


「ね、お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

 わたしは言う。

 一〇〇回も伝えた、その言葉を。

「わたしね、君と、あと百回、結婚したい」


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壱百日詣とプロポーズ 君足巳足@kimiterary @kimiterary

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