壱百日間
翌日。
離婚届を出したいので! と半休をとって、わたしたちは中野区役所へと向かった。職場には堂々と言ったほうが突っ込みにくくていいだろうとは君の言。そして区役所には復縁予定があるとか余計なことは言わないほうがいいだろうっていうのも君の言。そこまで一家言お持ちなのだったらと手続きは全部君に任せて、わたしはぼーっと君との今後について考える。なんでも、離婚してから百日間は女性は再婚できないんだそうで(ってこれも君からの受け売り)だからこれからの百日は恋人に戻るのかーそっかー、でも同居は続くわけだしなー意外と変わり映えしないかもなー、うーん、とか、考えてたら手続きが終わってて、わたしマジ何もしてないな名前書いて判子押しただけじゃん。
ともかく。
すっかりすんなりつつがなく離婚できてしまったわたしたちは暇になって散歩を始める。駅前に戻って中野サンプラザをダラダラ歩きながら、これで百日間は他人だよ、元夫婦だよ、また恋人同士だよ、ねえなにしようかどこいこうか、ってわたしが言うと、「あー実はさ」って君が何かを切り出す。「ちょっと考えが」ってハードルを上げる。
なになに聞きたい。
「お前って、要するに通ったり繰り返したりがやたら好きなわけじゃん」
「んー、まあ、うん」
なんかそういう要約されるとばかみたいだけど、うん。
「だったら、
「は?」
百日詣?
同じ寺とか神社に百日通い続けるみたいなアレ?
「その、あれ。近くにちょうどよさそうな寺があるんだ」
「寺?」
あったけそんなの。
「ていうか、なにそれ。百日詣にちょうどよさそうな寺って。どういう意味?」
「見せたほうが早いかな。ほら」
突き出されたスマホの画面をわたしは見る。
「
なるほどね。
百観音。
たしかに百日通うにはちょうどよさそうかもしれない。
少なくとも――いや、ぴったりと――数は合う。
「でもさ、楽しいの、それ?」
「さあ。やったことないし」
「わたし一人で通うわけ?」
「別におれも付き合うけど。毎日行けるかはわかんないけどな」
ふーん。
やらずに否定するのは、あんまり好きじゃない。けど。
「いや、さすがに……楽しいのかなあ……」
「まあまあ、とりあえず、見るだけ見に行こ? まだちょっと時間あるし」
んー、じゃあ、まあ、行く。
■■
「わー、すっごい石! 石ばっかり!」
「人を指差すもんじゃないよ」
ぽんぽん、と話は冒頭へ帰ってきて、わたしの目の前には石仏が並んでいる。百体はいるのだという、観音サマ。石仏は庭園の花や木に囲まれていて全然不気味とか怖いって感じはない。すっかり葉桜になった桜の木のもと、並んだ観音サマたちは全体的に苔むしていて、よく言えば落ち着いた、悪く言えば寂れた感じだけがある。
「ねえ、そもそも観音サマってなに?」
「んー?」
二十度くらい首を傾げてググる君。
「『
「
「すげー
「ていうかさ、なに、三十三? 全然百じゃないじゃん」
「ああ、ここにあるのは、西国三十三観音、坂東三十三観音、秩父三十四観音の写しなんだってさ。だから三十三、足す三十三、足す三十四、で百観音」
大丈夫? 足せる? みたいな顔するな。足せるわ。
「ふーん、四国八十八箇所みたいなやつか」
「そうそう、そういうやつ。で、そういうやつのコピーがここってことになるな。写し霊場っていうらしい」
写し霊場。
コピー。
ふーん。
「なんか、お手軽な感じでご利益薄そう?」
「ぶん殴られるぞお前……」
「秩父だけやたらローカルだし」
「また別の人らにぶん殴られるぞお前……」
仏の顔も三度までらしいので、大丈夫でしょう、多分。
「それに、三度どころか、これから百回……あと九十九回か。見る顔だしねー」
「お、まじでやるんだ?」
あ、マジで驚いてる顔だ。
言い出しっぺのくせに意外そうに言いやがって。
「マジでやるよ? 暇だし。――願い事も、まあまあ、あるし」
「ふーん、何願うの」
「言うわけないじゃん。しばらくは聞けないよ?」
「百日後のお楽しみってこと?」
百年後かもね、とはわたしは言わない。
どうだろうね、とだけ言って、明治寺をあとにする。
そろそろ仕事に行かなくちゃ。
■■
そうしてわたしたちの百日間が始まる。
まずは二日目があり、当然三日目があり、四日目には誰とは言わないけど三日坊主が脱落する。わたしにだけ四日目がやってきて、そして君にはやってこない。いちおう三日坊主のフォローをしておくと、明治寺の位置はわたしにとっては通勤ルートに組み込み可能、誰かさんには不可能、だったりするので、仕方ないといえば仕方がないのだけど。
でも、一人だとおしゃべりできなくて暇なんだけどなー、って思いながら、
「やあ、今日は一人だよ。ま、『今日から』かもだけど」
一番でかい観音様にそんなふうに
お祈りしながら、わたしは昨日ここで君と話したことを思い出す。「南無南無って、音と漢字が雰囲気合ってなくない? どういう意味?」とのわたしの言葉に再びWikipedia人間と化した君が言うには、『
そんなわけで、今日も今日とて観音サマとなむなむ交信を試みるわたし。
けど、相変わらず観音サマは石のように黙っている。
まあ、石のように、っていうか、石だからね。
仕方ないよね。
一番でかくて立派な観音サマだろうと、やっぱり石は石。
この日はそんなふうに結論づけたわたしだけど、これが更に数日も通うと急に別なことを考えたりもする。
それは十三日目のことで、その日もわたしはなむなむと交信を試みて失敗し、仕方がないのでいつものように一方通行のお願いを念じてさあ仕事に行きますか、と踵を返すつもりが気まぐれにくるっと一回転し、その拍子に観音サマとばっちり目があって、
「作るの何日かかったんだろう、これ」
――って、唐突に考える。
わたしより全然でっかいこの石を、観音サマにした誰かがいる。
そんな当たり前のことに、わたしはなぜか、いきなり思い至る。
その誰かは坊主であっても三日坊主でないことはたしかだとして、じゃあ何日かかるのだろうか。百日あったって足りるのだろうか。足りないだろうか。彫るだけではなくて、やっぱり大きな石を探したりしなくちゃいけないし、運良く見つかっても、今度はそれをカツンカツンと彫り続けなくちゃいけない。それって、楽しいのだろうか。楽しくもないのにそんなことができるとは思えないからやっぱり楽しいのだろうけど、でも、今のわたしだって別に楽しいからってだけでこれを続けてるわけじゃないし。
――だったら。
これ、わたしにもできるだろうか。
できないかもなあ。
わかんないなあ。
わたしはもうすっかり感動している。わかんないけど、わからないのは、すごいな、って思う。楽しかったにしろ楽しくなかったにしろ、それがちゃんと続いたからここにこうやってこの観音サマがいるんだなって。どこの誰だか知らないけど、その誰かが繰り返し繰り返しカツンカツンし続けたその形がここにどーんとあるということに、ほんとうに感動してしまう。「よくやるよな」って馬鹿みたいな言葉を、馬鹿みたいに素直に思っている。しかも周りを見れば、ここにはそんなものばかりがあるのだ。一、二、三、四――
一〇〇。
すごいね、みんな。
百ってやっぱ頑張りすぎじゃない?
わたしは「なむなむ」ともう一度手を合わせる。それは観音サマにだけじゃなくて、その周りにいたはずの人達にでもあって、わたしは今じゃないいつかのことや、ここじゃないどこかのことを考えていて、「あ、なんか、交信成功だね、これって」って、そう思って。
だから、笑いかける。
いっつも笑顔の観音サマに。
その日、夜までわたしはご機嫌で、君の好物のカツ丼をわざわざとんかつを家で揚げてまで作ってしまう。コツンと卵を割るたびにカツンと石を彫った誰かのことを思ったり、台所の暑さや跳ねる油に、石を彫る人たちも暑い日があったり割れた石が顔に飛んできたりしたのかなあと思ったりする。
最終的には完璧な卵とじを決めて満足しきったわたしは、帰ってきた君に玄関でいきなりカツ丼を差し出すのだった。おかえり!!!
君はわたしの満面の笑みと差し出されたカツ丼を交互に見て、「え、なにこれ、なんかお祝い?」ってキョトンとする。その顔にわたしは満足して、機嫌がいいだけだよ、って笑いながら
「なにその顔。君はわたしのご機嫌に水を差すんですか」
「……いや、交信とか言うからやばい宗教にでもハマったのかと思って」
ベントラーベントラー、と君。
スペースピープル、とわたし。
「違うし。ていうか、わたし寺に二週間も通ってるのに仏教以外にハマったらウケるな。それこそUFOでも飛来しないと。なんだっけ、キャリブレーションじゃなくて。ケトルなんたらみたいな」
「キャトル・ミューティレーション?」
「ううん、アブダクション」
なにそれみたいな顔をする君にジェスチャでググれと伝えるわたし。カツ頬張っちゃったからしゃべれないんだよ今。で、わたしと交信成功した君はスマホをいじり始め、わたしがカツを飲み込む頃には『キャトル・ミューティレーション アブダクション 違い』の検索結果をわたしに突きつける。
君は苦笑い、わたしはドヤ顔。
「――引っ掛け問題かー。で、交信って何?」
「んー、そうね、なんていうか、今日観音サマとすっごい目が合った気がして。で、これ作った人がいるんだよなーって急に思って。わたしにもできるかな、できないかな、って考えてたらさ、嬉しくて。嬉しいじゃんやっぱ、すごいな、って思うのって。で、あー交信成功? みたいな気持ちになったんだけどさ、でも、んー、なんかぜんぜんうまく説明できてないね。なんかもっとすごくいろいろ感じたはずなんだけど――語彙死に過ぎじゃないわたし?」
「ま、そんなもんじゃないの。そういうの。人に説明できるかとは別でしょ、やっぱ」
よくわかんないけど、楽しそうでよかったね、と君。
まあよかったんだけど、物足りないよね、とわたし。
「物足りない?」
「だって、せっかくいろいろ感じたんだからさ、君にはちゃんとわかってほしいなってわたしは思うよ。君はそんなもんなんじゃないのって言うけど」
んー、と君は最後のとんかつを口に入れ、それを少し名残惜しそうに飲み込む。
わたしには、君が名残惜しそうだ、とわかる。
わかるのはやっぱり嬉しいし、だから、わかるように伝えられないのは悔しい。
――物足りない。
嬉しすぎた裏返しに物足りないのかも、とわたしは思う。
思いながら、丼の器を重ねていく君を見ている。君の大きい器の中にわたしの器がすっぽり入っていき、君はそれを持って台所に向かうために立ち上がったはずが、突然「あー、そっか」って言って、また座って、丼を置いた。
「なに? どしたの」
「いや、だから今日カツ丼なんだなって」
「え?」
「嬉しかったから、作ってくれたのかなって。ありがとう。美味しかった……って、人のこと言えないな。なんだこの下手な説明――」
は、と開いた君の唇に、私はわたしの唇をすっぽり重ねる。
わかってるじゃん。
当たりだよ、嬉しい。
「何?」
顔を離すと、君はなんでキスされたのか全然わかんないって顔をしてて、わたしはなんだか笑ってしまう。やっぱ基本的には鈍いんだよな君は。察しがいいのか悪いのか、ほんと、さっぱりわからない。
だから、言葉にしてあげる。
「嬉しいんだよ」
「そっか」
「ん。あと、説明しなくても伝わるときは伝わるんだから、説明下手でも伝わるかもなって、思った」
なんか、希望が湧くよね、とわたしが言って、
そりゃ前向きだな、と君が返す。
「そうだよ、わたしは前向きだから、君とこんなに結婚したいの」
どういう理屈だ……って君が笑い、それがわかるまで一緒にいてよってわたしは言う。どうせ君にはわかんないから、って続けて笑う。
ハイハイ了解、と立ち上がり器を台所へ運ぶ背中に手を合わせ、わたしはなむなむ交信で、ありがと観音サマ、って言った。
さらに一週間が経ち、二十日を数えるころには毎日のお参りももうすっかり習慣って感じになっていて、新たな発見とかはあんまりない。ぱっと寄ってなむなむっとお願いして、さっくり仕事へ向かう日々。繰り返せば繰り返すほど、印象も記憶も薄くなっていって、新鮮さは薄れていって、なんでこんなことしてるんだっけとかそういうことを思うんだけど、なんでかわたしはやめる気にもなれない。それはなんか君に悪い気もする――って、当の君はとっくにリタイアしてるんだけど、なんだろうこの気持ち。不思議だ。
不思議な気持ちに逆らえないまま三十、四十と数字は増えていき、そのことすら気に留めなくなっていく。一日過ぎれば一度のお参りがあって、それが当たり前のこととして片付けられる。それよりわたしは仕事をしたり君とデートしたり友達と遊びに行ったり逆に家に来たりとか、そういうことで忙しくて、百日もお参りしてるの、なんていうことは、たとえば友達との話題にさえ上らない。そういう場面で問題なのは離婚をしたこととか、でも最短で復縁の予定を立ててるとか、むしろそのために別れたとか、そういうことの方で、わたし以外の人にとって、お参りなんてどうでもいい――もしかしたらわたしにとってさえ。
当たり前だ。
現実問題、結婚したいから離婚をするなんてことはまったく普通じゃない。
それくらいわたしにもわかっている。わたしがやってることはまったく普通じゃない。それに比べたら、いきなり百日詣をはじめるくらい、ぜんぜん普通の範囲内だろう――わたしが生きてるのは、そういう現実で、そして現実は強い。しっかり強い。わたしの言い分は友達にも家族にもちっとも理解されないし、ときには直球で怒られたりもする。なんでそんな馬鹿なことをしたの。わたしそのたびに適当な言い訳をする。話を早く終わらせるために、ぜんぜん誠実じゃない言葉を、でも必死に並べ立てる。そして、そんなことを繰り返している間も、わたしは観音サマのもとに通うのをやめていない。ぜんぜん誠実じゃない態度で、でも本心で祈っている。
五十日目を迎えて、わたしは悟りを得る。
梅雨は結婚式にも向いてないけど百日詣にも向いてない。
いや、ほんとぜんっぜん向いていない。石仏を伝う雨は風情があるような気もしたけれど、それもはじめの二、三日の話で、気づけばいつものお参りがすっかり嫌々の寄り道になってしまって、わたしは少し悲しい。でも朝から雨の中ムダに寄り道するのは本当に嫌なのだから仕方がない。今度があったら季節を考えて離婚しよう、とかわけのわからない決意が日々がちがちに固まっていき、そのうちに、わたしはなんとか梅雨を乗り越えている。梅雨が過ぎた頃にはもう七十日を数えようとしていて、じゃあそろそろ迷いもなくなっているかというと、全然そんなことはない。わたしは再び悟っている。
猛暑だって、結婚式にも百日詣にも向いてない。
連日最高気温三十五度に届こうとする夏の日差しは朝だからって決してゆるくはなくて、わたしは本来の願い事を忘れて、あのーすこしは涼しくしてくれません? とかなむなむしてみるけど、観音サマは涼しい顔で表情ひとつ変えてはくれない。長く見てるといらついてくるから、わたしは内心を気取られないうちにと、お祈りだけしてそそくさと出ていく。そんな態度でお参りを続けること四日目。全体でいうと七十七日目。仏の顔カウントをオーバしたのか、わたしは熱を出してぶっ倒れる。
「とりあえずウィダーとポカリ買ってきたけど――大丈夫?」
「あーありがと……」
枕元、自分を囲んだポカリとウィダーに縁起でもなく観音サマたちを幻視しつつ、わたしはガラガラ声で君に返事をする。熱はそこまで高くはないけど、喉の調子は結構不味そう。何食べても痛そうな気配。とか考えてると、君が心配そうな顔でわたしの顔を覗き込む。
「ひっどい声してるな……のど飴追加しようか? つか、病院は?」
「あーいいいい。どっちも。とりあえず様子見でいい。九度とかじゃないし。ちょっと寝てみる。それよりあれだよ、お参り。どうしよ」
「代打しようか?」
「代打していいもんなの?」
「多分、正式にはだめなんだろうけど、こういうのって気持ちの問題だしいいんじゃない?」
「三日坊主がなんか言ってるわー」
「うるさいな……」
ふてくされる君の顔を見て、母音に濁点付けてあははと笑うわたし。
「まあ、いいよ代打は。そっちも面倒だろうし」
「あのさ、這ってでも行くとか、言うなよ?」
「あはは。そんな真面目さがあったらこんな目には遭ってない気がする」
「何したんだお前……とりあえず、仕事行くけど、なんかヤバそうだったら呼んで。なるべく早く帰ってくる」
「ん。ありがと。いってらっしゃい」
ガチャリと鍵の下りる音を聞くと同時、わたしの意識も落ちていく。
――おやすみなさい。
――おはようございます。
気づけば夕方。君からの着信で目を覚ましたわたしは、そんな寝ぼけた第一声を君へと返す。あー、これテレビ通話、と君が言うから、え、ほんと、と画面を見る。するとそこにはすっかり見慣れた顔がある。君じゃなくて、観音サマの。
「あ、代打行ってくれたの」
「ん。ほら、お祈りしといたら? 意味あるかもよ」
じゃあお言葉に甘えて。わたしはケータイ越しの、カメラ越しの、電波越しのなむなむ交信を試みる。こういうのは気持ちの問題、君が言うとおりかもしれない。その日の自分にできる限りのことをやってたら、それで十分で、祈りなんて届くのかもしれない。それで届かないなら、それまでなのかもしれない。
なむなむ。
届いてますか。
届くといいな。
わたしは勝手に、届いたことにしてカウントを進める。八〇日目が来て、九〇日目が来ると、そろそろ終わりが近いなって思う。熱を出して倒れてから、わたしはなんだか観音サマへの親しみが戻っていて、朝の寄り道の時間を少しだけゆっくり過ごすようになる。そうして、今まで気づいていなかったことに今更気づいたりする。今まで知らなかったことを知ったりする。たとえば、石仏たちは実は一〇〇体より全然多いってこととか、明治寺って名前の由来とか、そういう事を知る。わたしが観音サマって馴れ馴れしく呼んでる観音サマが、実は明治天皇の病気からの回復を願って作られたこととか、でも完成前に明治天皇は亡くなってしまったこととか、その後になって石仏たちが各地から寄贈されたこととか、そういうことをようやく知ったりする。ずっとずっと繰り返してきたのに、ようやく。わたしは素直に、遅いね、って思うし、ごめんね、って思う。
そして、一〇〇日目がやってくる。
いつまでも続くんじゃないかって思うような百日間も、来ないかと思っていた百日目が来て終わる。それはなんだか、永遠はないって、いつまでも一緒にいられる人はいないって、そんなことを連想させられる事実で――いつかは君と別れるんだなって、別れるのかな、じゃなく別れるんだな、って実感させる事実で。
それはつまり、まとめて言うなら、
わたしは百日は繰り返せても百年は生きられない。
わたしはいつかきっと、百歳にはなれずに君と別れる。わたしがいくら君が好きだから死なないって言い張っても死ぬものは死ぬし、死によってじゃなく意思によって別れてしまうのかもしれない。そんな事ばかり考えてしまって、わたしは珍しいことに前向きになれない。『死』を初めて知った子供のようにこわくて、でもわんわん泣けるほど子供でもないから、わたしは涙は流さずに、歩くのをやめることもしない。
前向きになれなくても、歩けば体は前に進む。
気づくとわたしは観音サマの前にいる。
いつものように、囲まれている。
ねえ、観音サマ、とわたしは声に出して言う。
「死がふたりを
あれ、よく考えたら別な宗教の話題振っちゃってるかなわたし。
まあ、いいか。
「『健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、 悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、死がふたりを分かつまで、 真心を尽くすことを誓いますか』って」
ねえ、観音サマ。
ねえ、君。
「じゃあ、死んだら、どうするんだろうね」
もちろん、君が死んだあとでも、愛し、敬い、慰め、助け、真心を尽くす、そういうことはきっとできる。君に届かなくてもわかってくれなくても、きっとできる。だってわかるかもしれないじゃんって思いながら、できる。わたしなら多分、できる。
――でも。
「やっぱ生きてないとやだなあ」
わたしは言う。病気を癒すために作られた、でも間に合わなかった、そんなこの観音サマなら、きっとわかってくれる気がする。ある人が生きてないとやだなあって、そういう思いが集まって、この石仏はここに立っている、そのはずなのだから。
人はいつか死ぬものと知っていても、
生まれ変わりがあると信じていても、
それでも生きていてほしいと思って、
でも間に合わなくって、
間に合わなくても、投げ出さずに――ここにこうして、立っている。
わたしにとってはただの石のそれを見て、わたしは思う。
祈りの言葉は、無駄だと知ってたっていい。
祈りの言葉は、いつか嘘になったっていい。
本当にそう思ったのなら、祈りは、現実なんかに負けなくていい。
だから、ねえ、観音サマ。
「聞き飽きただろうけど、これで最後だから我慢して聞いてくれる?」
たとえ、それが無駄だとしても。
いつか、嘘になるのだとしても。
「わたしね、あの人と、あと百回、結婚したい」
わたしは手を合わせ、祈る。
なむなむ。
■■
そして、一〇〇日目の夜。
明日出しに行く婚姻届を二人で完璧に記入して、
わたしたちは、ベッドに入った。
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