壱百日詣とプロポーズ

君足巳足@kimiterary

壱日前


 壱百体ひゃくたいいるっていう観音像に囲まれて、わたしは「わー、すっごい石! 石ばっかり!」って百日どころか百年経っても仏教徒にだけはなれなそうな感想を述べては君の溜息を聞き流す。だって石じゃん石! 石だらけだよここ! そう続けてびしっと石像を指差し、そのままぐるっと庭園に並んだ石像たちを順に指差し頬を膨らませるわたしの頭を君の手が撫でて、ぽんぽんって馬鹿にされる。ついでに空いてる方の手で指も降ろされる。「人を指差すもんじゃないよ」って君は言うけど、それは人ではないと思うのだけど。

 石だったにしろ、仏だったにしろ。

 ていうか、石仏なんだけど。

 石であり仏。

 ハーフ?

 なーんて。

 さて、こんな具合に神も仏も縁も所縁ゆかりもないわたしがなんで百体もの石仏、百体もの観音サマに囲まれるに至ったのか。

 話は一日前へと遡る。


 ■■


 まんまるのテーブル、正方形のクロス。

 料理の消えた大皿に色ちがいのお茶碗。

 お揃いのグラスで半分こした缶ビール。

 二人がけのソファの上、テレビから流れる音も光もあんまりにもつまらなくて、あくびをひとつ、わたしは君の肩越しにそういうものを眺める。わたしと君の日常生活、別名、すっかりズボラになっちゃった証左。一緒に暮らし始めた頃は酔ってても洗い物くらい済ませた気がするのだけど――君が。

 でも、変わるものがあれば変わらないものもある。たとえば君のなで肩とか、ほんの少しだけ太い首とか、それをぶら下がりやすそうって思うわたしとか。

 だからぶら下がった。

 両腕を君の首に回して、それを支点に身を回して、君の顔を真下に引き寄せて、わたしは犬がじゃれるみたいにキスをする。避けてく顔を追いかけて鼻の頭に噛みつくと、君は眉根を寄せて振り払い、わたしは上半身ごとふわっと浮いて、髪とか胸とか揺れるのがわかる。

 で、浮いたんだから当然落ちる。

 もちろん床に。

 どすーんと肩が落ちるより前に、がつんと頭が落っこちた。


「痛った……」

「痛ったーーーーーー!!!!!!」


 上が君で、下がわたし。

 顔と体の位置も同じく。

 鼻頭押さえて「うるさい」とぼやく顔に頭突きの一つもしてやろうかと、わたしは腹筋と腕を総動員して起き上がり、けど君が立ち上がったので完全に失敗。空振ったわたしはソファに抱きつくみたいに倒れ込み、今度は腕立てで起き上がる。何この筋トレ、絶対続けたくない。でも勢いついちゃったなーって助走をつけて君に抱きつき、君は転びそうになってテーブルに手をついたところビールの空き缶がすっ飛んでいく。

 知ったことか。

 わたしは勢いづいているぞ。


「ねーねーねーねーねーねーねー」

「なんだよ、さっきから一体!!」


 勢いよく振り向く君、の頭を華麗に回避するわたし。

 そのまま君の頭を両手でホールドし、一秒、二秒、キスか頭突きか迷った末に、結局わたしは君に噛みつき、咀嚼するみたいなキスをする。長い長い、窒息しそうな口づけを。そして「ねーねーねーねーねーねーねー」の続きを全身全霊で、


「結婚したーーーーーーーーい!!!!!」


 わたしは叫ぶ。

 わたしの夫の、君に向けて。


 ■■


「あのさ、うるさい」

「はい」

「近所迷惑だし。何時だと思ってんの。日付変わるよ?」

「ごめんなさい」


 ■■


 妻たるわたしからの全身全霊のプロポーズに夫たる君は冷たくて、思わずわたしはフツーに謝る。わざとらしくも椅子の上に正座。うーん、あれー、おっかしいなー、酔ってるのかなー、缶ビール半分で酔ったりしないと思うんだけどなーわたし。てかどう考えても酔ってないと思うなーわたし。君はそのへんどう思う?

「……お前は素面でもそんなもんだよ」

 だよねー、君は真っ赤だけどねー。

 ほんっと何年一緒にいても酒弱いよねー。

 って、そんなことはともかく。

「じゃあこれ、酒のせいじゃないのかー、うーん、そっかー、びっくりだなー」

「なにが」

 なにがってことある?

「じゃあどれが。素面で人に噛みついたことか素面で人に飛びついたことか素面で夫にプロポーズしたことか、どれだ」

 あー、それはたしかに悩むかもしれない。

 でもまあ、ここは

「最後だなーやっぱり」

 最後。

 プロポーズ。

「ほんとにびっくりなんだけどわたしどうも今マジで結婚したいっぽいんだよねー」

「……おれの記憶が確かなら、去年したばかりのはずなんだけど?」

 合ってる合ってる。

 覚えてる覚えてる。

 ジューンブライド気取りたかったわたしの思惑を君が「梅雨じゃん、やだ」の一言で却下してからまだ一年も経ってないよ。あれはきっちり根に持ってる。

「そうなんだけどー、したいものはしたいんだからしょうがないっていうかー」

「結婚したいって……じゃあそのために離婚しようって?」

「あー、正直、それも辞さないよね……」

「まじで?」

 マジです。

 言葉にしたら自覚しちゃったのでホントだめだ。マジです。これはマジのやつです。マジのやつでマジなやつで本気と書かずにカタカナで書いてマジってやつです。だから君は言い直せカタカナで。

 マジだなあ。

 我慢したりできないやつだなあ、これ。

「……にしても、なんで急に?」

「それなー」

 それなー、だよほんと。

「なんでだろうなー、うーん、あ、あれじゃん? 多分、ほら……テレビがつまらなかったからじゃん?」

「お前もう二度とテレビ見るな」

 正座で頭を叩かれるわたし。

 すぱーん。

「っていうか頭打ったからじゃないの。そっちのほうがよっぽどありそうだ」

 叩き直したら治るかもみたいなノリで頭を叩かれるわたし。

 すぱーんすぱーん。

「オブラートに包んでやんわりと頭おかしくなったって言われたー……」

「じゃあなに、前から考えてたの?」

「いやー、それはないね。でも」

「でも」

 でも。

 前からこんな事考えてたわけじゃないけれど。

 実はわたしは前からこういう奴だったのも間違いなかったりする。

「たとえばさー、考えたことない? なんで卒業式って一回だけなんだろうって」

「は?」

「別に入学式でも文化祭でも運動会でも修学旅行でも成人式でも何でもいいけど、なんで一回なんだろうとか、二回や三回なんだろうとか、年に一回なんだろうとか、一生に一回なんだろうとか、そーいうの考えたこと、ない?」

「ない」

 ないかー。

 ないよなー君は、会とか式とか嫌いだもんなーそういうやつだよなー、好き。

「そういうとこ好きだよ。ってそれはともかく、それが楽しかったり大事だったりするんならさ、満足するまでやれたらいいのにって、思わない? わたしは思うんだよ。ていうか、よく満足できるなって思うの。私は無理。全部あと一〇回ずつくらいしたい。最低でも。ほんとはもっともっとしたい。多分、結婚もそうなんだよわたし」

「あー、言いたいことはわかってきた」

「ほんと? 好きだよ」

 相変わらず心広いなこの男。

「相変わらずちょろいよねお前は……」

 ひどいな。

「でもまあたしかに、言われてみればお前、同じラーメン屋に一週間通いつめてみたり一昼夜ぶっつづけて同じ映画見続けたりページ破れるまで同じマンガ読んだりする女だったわって、思った」

「そうそうもっと思って、共感して」

「いや、共感はできない」

「えー……」

「全然できない」

「ええー……って、まあそうだよねー。言ってみたけどそこはあんま期待してない。だってさー、わたしですらびっくりだよ。自分にびっくり。まさか結婚までだとはさ、思わないじゃんフツー。いくらわたしでも」

「うわ、超共感した、今」

 やったぜ。

 ではない。

「ともかく、お前の言いたいことは理解した。共感できないけど理解はした。……ならまあ、いいや」

 ん?

「じゃあ、離婚しようか、おれたち」

 はい。

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