第4話 告白事件!?
とある日の放課後、小明塾での講習がない日だったので、俺と柳はいつものごとくカフェで勉強するため共に下校の準備をしていた。
そして俺が下駄箱で靴を履き替え終えたころ、柳は自分の下駄箱の前でなにやら困惑した顔つきで、ノートのような紙を眺めていた。
「なに見てんだ?」
「ああっ、ちょ、ちょっと」
ひょいと、柳の手から、その紙を強引につかみ取る。手にしてみると、綺麗に切り取ったノートの切れ端で、真ん中には折り目がついていた。元々は二つ折りの状態だったのだろう。そしてそこには丁寧な字で、文章が綴られていた。
『柳ことねさんへ お久しぶりです。急な手紙で驚かせて、申し訳ありません。単刀直入に言います。僕は、あなたのことが好きです。一年で同じクラスになった時からです。今でも廊下であなたを見ると、胸が苦しくなります。それで、ほんとうに突然なんですが、僕とお付き合いしてもらえないでしょうか。あの時はなかなか思いを伝えられずにいたのですが、決意を決めました。よろしかったら、明日の放課後、校舎裏の花壇があるところまで来てもらえないでしょうか? ぜひそこで、お返事をお聞かせ下さい』
その文章の下には、その送り主の名が記されていた。
……要するに、これは恋文と書いてラブレターと読むやつか。実物を始めてみた。にしても、ケータイやスマホが普及したこの時代に手紙で愛を伝えるとは、なかなか古風な奴である。文面とその丁寧な筆跡から察するに、おそらく真面目な性格だろう。
「か、返してください」
柳はどこか恥ずかし気に、俺からその手紙を奪い取る。
「今どきラブレターとは、珍しい奴だな」
「……そうですね。中学の時とかは手紙が多かったですけど。高校になってからは、手紙は初めてです」
確かに中学生だと、スマホ等を持ってない奴も多いし、なによりアドレスを聞くっていう過程を超えなくちゃならないからな……。
ん? と、そこで俺は胸に突っかかるものを覚えた。
手紙は初めてです? 何だその口ぶりは。
「……お前、もしかして前にも、他の奴とかに告白されたこと、あるのか?」
「え、ええと、まあ」どこか気まずそうに柳は答える。
「……高校に入ってからもか?」
「い、いちおう」
「何回だ? 高校に入ってからは」
恐る恐る俺は尋ねた。
「う、うーんと、まだ七回くらいでしょうか」
な、七回!? その数字に俺は衝撃を受ける。しかもこいつは今、「まだ」という副詞を頭に付けていた。ということはつまり、その前のセリフからも推測するに、中学時代はもっと告白されていたという事か。
「お、お前、もてるのか?」
「い、いえ、そんなこと……共学ですし……」
柳は遠慮がちに顔をうつむけ、両手を胸の前で振った。
どうやらこいつは、共学なら何回も告白されるのは普通だと思っているらしい。しかもこの顔、決してその事を鼻にかけているわけでも無い。本気でそう思っているようだ。
「お前、告白されたら、友達とかに言わないのか?」
「い、言いませんよ! だって、告白してくれた人に、失礼じゃないですか」
「じゃあ、友達のを聞いたりとかはしないのか?」
「……あんまり聞いたことないですね。みんな言わないですよ」
……それは言わないんじゃなくて、されてないからだと思うが。
「お前……もしかして彼氏いるのか? もしくはいたことがあるのか?」
おそるおそる聞く。答えを待つ間、なぜか得体の知れない緊張感を俺は覚えた。
「い、いないですよ! いたこともないです」
「なんでだ? 何度も告白されたんだろう?」
「な、なんでって、別に、好きじゃなかったからです」
「全員振ったのか?」
「ふ、振ったっていうか……ただ、お断りしただけです」
それを世間では振ったと言うのだ。
ガクッと急に体が重くなり、俺は額を抑える。
今までずっと一緒にいて完全に忘れていたが、確かに柳は、どこからどう見ても美少女なのだ。少しポンコツなところもあるが、それはむしろ可愛さを引き立てている。野郎共の気を引くのも、無理はないかもしれない。
にしても、この時抱いた俺の複雑な心境はなんと形容すればよいだろう。裏切られたというか、とてつもない敗北感を味わった気分だった。今までまるでそんな素振りは全く見せていなかったのだ。
そういえば……。と過去を振り返る。講習がある日は絶対に俺と学校が終わるとすぐにそのまま向かうのに、たまに用があるから先に行っててくれと言われたことが何度かある。あれはまさか、告白をされていたのだろうか。そう思うと、なぜか無性に俺は腹が立ってきた。
「今回そいつはどうするんだ?」
「えっと……うーん。そんなに親密でもないですし、一年の時も、何度か話した程度ですし……やっぱり、お断りさせていただこうかな……と」
「ふんっ、お高いご身分だな」
心なしか、荒々しい物言いになってしまう。
そのことで柳は、むっと眉を寄せる。
「じゃ、じゃあ相田くん、私が付き合ってもいいんですか?」
「いいんですかって……そんなの俺が決めることじゃねえだろ。興味もねえ」
俺が突き放すような口調で言うと、柳は何なぜか、むっとして顔色を変える。そして俺から目を逸らし、どこか別の所を見つめると、独り言のようにつぶやいた。
「へ、へー。でも私に彼氏が出来ちゃったらなー、もう相田くんの面倒みてあげられないなー。あ、そうなるとお弁当も作られなくなっちゃうなー」
「おお! 口うるさい小娘がいなくなれば、朝もゆっくりできて良さそうだな。それに最近、健康重視の弁当にも飽きてきたしな。そろそろ油っこいやつも食いたくなってきたところだ。ちょうどいい」
俺がそう言うと。柳は、まるで信じられないと言わんばかりに、目を大きく丸め、全身をなわなわと震わせていた。怒りからか、顔も紅潮し、拳が強く握られている。
「も、もう知らない! わたしがいなきゃ、朝も起きれないくせに! 相田くんなんて、ずっと一人ぼっちで友達もいないまま、留年しちゃえばいいんです! もうぜーったい、お弁当なんか作ってあげませんから!」
声を荒立てて、俺にそう言い放つと、背を向けて、靴も履き替えないまま、全速力で柳は走り去ってしまった。
また悪い癖が出てしまった……と後悔する頃にはいつも、もう遅い。
翌日、目が覚めると、一時間目がとうに終わった頃だった。
柳の奴め、なんで起こさなかったんだ。と、怒りの電話をかけようとしたとき、昨日の一件を思い出した。
……ま、まさか本気だったとは。
果たしてそんなに怒る事だっただろうか? と疑問に思いつつ、俺は悠長に支度をして昼休み前に学校に着いた。
そして、コンビニで弁当を買うのを忘れてしまったことに気付く。柳から作ってもらうのが日課になっていたので、ついうっかりしていた。
おそらく弁当も……作ってないだろう。
……いや、もしかしたら今日俺を起こさなかったのは、たまたま偶然、柳もうっかりしていたからかもしれない。人間誰だって、そういうことはある。
柳は天然なので、昨日の事などもう覚えてはいないだろう。
きっと弁当はつくってくれているに違いない。
そう思い、教室に入って、柳に弁当をもらいに行こうとすると、柳は椅子に座ったまま、俺の方を一度も見ようとしなかった。
「なんですか? 相田さん」
「いや、弁当を……」
「ありませんよ、そんなもの。どうぞなんでも、自分のお好きなものを食べればいいじゃないですか。授業がめんどうだったら、学校を抜け出すのもいいですね。もう口うるさく言う小娘もいませんし」
柳は冷たい口調で無関心そうにそう言うと、席を立ち、どこかへ消え去ってしまった。対して俺はポカンと口を開け、唖然とする。
今まで見たことのない、柳のあんな冷たい口調と態度。
こ、これは思った以上に厄介そうだ。
結局その日は、購買のパンで昼を済ませた。久しぶりに食べる購買のパンは、あまりおいしくはなかった。
その日の全ての授業とホームルームが終ると、柳はすぐに教室を後にした。しかし、行き先は分かっている。校舎裏だ。告白の返事をしにいったのだろう。
俺もすぐに教室を出て、ばれないように柳の後を追う。窓から校舎裏が見える位置に着くと、例の男子生徒が見えた。予想通りいかにも真面目そうな雰囲気で、顔は割といい方だろうか。まあ俺ほどではないが。
そしてその男子生徒は、やはり緊張した面持ちだ。
柳が校舎裏に通じる扉から外に出ると、俺は身をかがめて、扉近くの死角となる部分に場所を取った。ゆっくりと顔を上げて窓から覗くと、二人の姿が目に入る。ここからだと、男子生徒の正面と、その手前の柳の後ろ姿が見える。
……いったいなぜ俺はこんなことをしているのだろう。
外はもう夕日が出ていて、帰宅する生徒や、部活動生の声などが響く。
二人の間には、気まずい沈黙が流れていて、例の男子生徒が緊張気味に話し出し、それを破った。
「柳さん、急に呼び出してしまって、すいません」
「い、いいえ、全然大丈夫です」
「それで、昨日の返事なんだけど……」
「は、はい」
柳は顔をうつむけ、髪を整える仕草を見せる。どんな顔をしているのか、後ろからは見えないが、男子生徒の顔に曇りが見えたことから、おおよそ想像はつく。
「……ごめんなさい。お気持ちはすごくうれしかったんですけど……お付き合いは、できないです」
男子生徒の顔には明らかにショックの色が見える。
「……それは、どうしてですか?」
「え、ええっと、それは……」柳は言葉に詰まる。
「他に、好きな人がいるとか?」
びくっと柳の体が硬直するのが、後ろからでもわかった。
「……ええっと、まあ、有り体に言えば、そういう事になります」
……なんと! 正直、驚きだった。
男子生徒は悔しそうに下を向いて、唇をかむ。そして、意を決したように顔を上げる。
「よかったら、その人が誰か、聞いてもいいですか?」
「え、ええ!? ど、どうしてです?」
「いえ、ただ、柳さんがどんな人を好きになったのか、興味があるだけで……。差し支えなければ、教えてほしいです」
柳が悩んでいる様子が後ろからでもよく分かる。しばらくの間だんまりとしてしまったが、少し経つと、柳はゆっくりと言葉を拾った。
「……え、ええっと……」
その後、俺は下駄箱の前で柳を待っていた。今日は小明塾で講習がある日なのだ。
そしてそう長くもない内に、柳は現れた。右手でスクール鞄の取っ手を持ちながら、うつむきがちにトボトボと下駄箱の方に向かって来る。とても楽しそうな表情とはいえなかった。
「柳」
俺が声をかけると、柳は顔を上げて、俺と目が合う。そして一瞬迷うような様子も見せたが、すぐにさっと目を逸らし、そっぽを向く。
「な、なにか用ですか。相田さん」
俺も同じように、顔をそむけ、独り言のようにつぶやいた。
「昨日調べたんだがな、どうも生活習慣が崩れると、成績も悪くなってしまいがちらしい。それとどうもやっぱり食事も健康的な方が、脳にとっていいらしくてな……」
どうしても遠まわしな言い方になってしまう。
しかしそれでも俺の意図に気付いたようで、柳の表情が少し緩んだ。
「ふーん。そうなんですか、それがどうかしたんですか?」
「……だから、その……なんだ、お前もまだ、俺から学ぶべきことは多いんじゃないか」
柳は余裕を込めた表情で、大げさに顔の前で手を振る。
「いえいえ! 相田さんにこれ以上迷惑はかけられませんよ。私が近くにいても、うっとうしくて、お邪魔になるだけでしょうし」
そう言い終えると、下駄箱から靴を取り出しながら、チラッと横目で俺を見る。くっ、この顔、腹が立つ。
俺はその場で深呼吸をし、自分のプライドと苦戦しながらも、決意を決めた。
「柳……その、昨日は、本当に悪かった……。あれは、本心じゃないんだ。本当は、今までのこと、すごく感謝してる。だから、その、昨日のことなんだが、どうか、許して……くれないだろうか」
俺はぼそぼそと、蚊の鳴くような小さな声で謝り、柳に少し頭を下げた。顔が真っ赤になっているのが、自分でもよくわかる。
「あ、相田くん!」
その声に反応して、柳の様子を窺うと、柳はなぜか目が潤んでいて、涙声を発した。
「……わ、わたしの方こそ、意地悪なことして、ごめんなさい……ぐすっ、わたしも、昨日あんなひどいこと言っちゃって……ぐすっ、ごめんなさい。本当は、わたしも、あんなこと、思ってないんです。ただ、つい、頭に血がのぼちゃって……」
言葉はまだ続いていたが、涙で声がかすれて聞き取れるものではなかった。柳の顔は赤くはれ、頬にはボロボロと涙が流れていた。そしてそれを必死に手で拭っている姿は、小さな子供のようだった。
「お、おい、泣くなよ」
「ご、ごめんなさい。相田くんがそんな風に思ってくれてたなんて、知らなくて……」
ここではあまりにも目立つので、人気のないところに連れていき、しばらくすると、やっとのことで柳は落ち着きを取りもどした。
「ご、ごめんなさい。取り乱してしまって」
「まったくだ。いい年こいて、恥ずかしい」
「な……あ、相田くんだって、あんなに顔真っ赤にしてたじゃないですか。ああ恥ずかしい」
「だ、だまれ!」
「ていうか、急がないとまずくないですか?」
スマホを開いて、時間を確認すると、講習開始の時間までかなり差し迫っていた。思った以上に時間を食っていたらしい。
「お前がいつまでも泣いてたせいだ!」
「そ、そんな! も、元は言えば相田くんが……」
この後もしばらく口論が続き、結局俺と柳は、その日の講習に遅刻してしまったのだった。
最初で最後の懺悔を君に セザール @sezar
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