おばあちゃんと猫、夏を見てる

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おばあちゃんと猫、夏を見てる

 ここ数日、おばあちゃんは張り切っている。

 

「今日は娘たちが遊びに来るからね」


 何度もそう言っては、ぼくの頭を人さし指で撫でる。おばあちゃんの柔らかい指の腹を、ぼくの頭はふかふかと受けとめる。

 ぼくはお客は苦手なので、騒がしくなったらどこに隠れるかを今から検討している。声の大きい人や乱暴な子供がいないといいのだけど。


 おばあちゃんは太っているから年寄りのわりには暑がりで、いつもは着物で過ごすけど、夏のあいだだけはムームーというのを着ている。太ってるからよく似合う。


「ほら、この服でハイビスカスでも着ければ、私もハワイ美人て感じだよね」


 そう言ってテレビの中の人を真似してフラダンスだかを踊っていたけど、盆踊りというやつに見えた。でもムームー似合う。それに動きやすいみたい。


 おばあちゃんは暑くてもきちんと掃除をする。ちょっと手抜きはするけど、埃を溜めるようなことはしない。黒いサラサラした木の床にぼくの白い毛が飛んでたりもするけど、「毛は抜けるものだもん、猫だって人だって」と怒らない。


 よいしょ、よいしょ、とお布団をお日さまに当てて、新しいタオルケットを用意して、お客さま用のぺったんこじゃない座布団を出す。


「これはお前のじゃないよ、お客さま用なんだからね」


 念を押されたけど、目新しい座布団を出されたら乗っておくのがぼくらのサガというものだ。

 次に机を拭いていたおばあちゃんも座布団で香箱を組むぼくに気づいたけど、「やっぱり乗ったか」と笑っただけで怒らない。大好き。ゴロゴロ鳴っちゃう。


 家の中には植木鉢がたくさんある。おばあちゃんは“緑の指”の持ち主で、出先で気に入った植物があればお願いしてちょこっと分けてもらって、ちっちゃな枝も大きく育てて上手に増やす。毎日「今日も元気かな」と話しかけて、葉水をあげたり、風通しを確認したり、いきなり無造作にブチッともぎ取ったり。

 今時期はアロエが大活躍だ。巨大なタコみたいにうねうね広がってる。庭でシソやトマトやキュウリなどを収穫するあいだに虫に刺されると、おばあちゃんはアロエのタコ足をポキッと折って、ゼリー部分をぬりぬりする。


「太ってるから蚊もとまりやすいんかねえ」


 ついでに顔にもぬりぬりしながら僕に訊かれても、わからない。でもおばあちゃん、マシュマロみたいに柔らかいからじゃないかなあ。


 昔は居間の正面に小さな池があった。おじいちゃんがつくったんだって。

 掃き出し窓をあけると仄かに水の匂いが入ってきてたっけ。なんだかすうっと落ち着く、いい匂いだったよ。

 水面に睡蓮が真っ白く咲いて、つやつやした濃い緑の葉っぱの下を、オレンジのやたら大きく育った金魚たちが泳いでた。「金魚すくいの金魚がフナみたくなった」とおじいちゃんが言ってた。

 おじいちゃんが亡くなってからは、「もう手入れも行き届かなくなるから」と最後の金魚の寿命が尽きると水は抜いてしまった。だから今は石の囲いがあるだけ。


 水の入った桶にトマトを入れていたおばあちゃんが、「あ、麦茶」と呟いた。


「麦ちゃんを煮出さねば」


 おばあちゃん、時々、麦茶を麦ちゃんて言う。

 麦粒を洗ってよく干して、フライパンで香ばしく煎ったものを、ヤカンにザラザラと投入。お水を入れてコトコトちょうどよく煮出したら、氷水の中にヤカンごとざぶんと浸ける。


「さっさと冷ましてさっさと冷蔵庫に入れるのが大事なんだよ」


 って言うけど、その前におばあちゃんは熱い麦茶を別に分けておく。お砂糖と寒天を入れて麦茶ゼリーを作るために。ひんやりプルプルに仕上げて鉢植えのミントの葉っぱを乗せて、「爽やかだねえ」って嬉しそうに笑う。


 おばあちゃんは料理が大好きなんだ。

 昔この国は「ひどい時代」があって、みんな食べ物に苦労したんだって。その頃のつらさは家族にも話さずにきたけど、僕にだけ、たまに洩らしてた。


「だから美味しいものをつくるのも食べるのも大好き」


 って。

 だから太ったんだねえ。


 おばあちゃん、「さて」と冷蔵庫をあけてお皿を取り出す。 


「子供はザンギが好きだもんね」


 ザンギって、鶏の唐揚げのこと。お醤油とゴマ油、すりおろしたニンニクとショウガなんかでつくったタレに、おばあちゃんは山椒も入れて「ちょっぴりすぱいしい」にするのが好きらしい。しっかり下味をつけるから見た目が黒っぽいのだけど、二度揚げで「外はカリッカリで中はジューシー」なんだって。

 どうせ揚げものをするならって、エビのすり身も取り出した。タマネギと大葉のみじん切りと合わせて、ちょこっと塩味をつけてワンタンの皮で包んで揚げるだけ。


 簡単でも、夏に揚げものは暑いよね。

 おばあちゃん、首に巻いたタオルで汗を拭き拭き、扇風機も回してるけど、時代物の扇風機は時々しんどそうに「ブウ……ブウ……」って言う。電気屋さんに「来年は買い替えましょう」って勧められてた。

 人も物も猫も、この家は年寄りばかりなんだ。


 あけ放した窓からは、乾いた心地いい風が入ってくる。

 庭を眺めながら休憩するうち汗も引いたおばあちゃんは、よっこらせ、と立ちあがると、甘い香りを放つ桃と小ぶりなスイカを持ってきた。


「どうぞ、召しあがれ」


 お仏壇のそばにお供えする。たくさんお菓子も置かれて、もちろん、ザンギや麦茶ゼリーものっている。

 盆提灯には、鮮やかな赤い金魚がたくさん泳いでいる。こういう賑やかで可愛らしいのがなかなかなくて、注文してつくってもらったんだって。


「明日はもっとたくさん、ご馳走を用意するからね」


 おばあちゃんは四人子供を生んだけど、一人目の女の子は苦しい時代に亡くしてしまった。


 今日は盆の入りだけど、子供や孫やひ孫たちがこの家に集まるのは明日からなんだ。

 だから今日おばあちゃんがお迎えするお客さまは、そのずっと昔に会えなくなった子と、おじいちゃんと、あと……ご先祖さまとかいう人たち。


「来年は私も、遊びに来る側かもしれないねえ」


 そう言って、ぼくの頭を撫でる。

 おばあちゃんは前に癌の手術をしていて、何度か入院もした。そのたび元気に復活してきたけど、今回の再発はだいぶ悪いみたい。

 おばあちゃん、みんなのために美味しいものをつくってるけど、自分ではもうあまり食べられないんだ。太ってるけど、昔に比べればずいぶん痩せてしまった。


「私に何かあったら、孫ちゃんに面倒みてもらうんだよ」


 孫ちゃんとは、おばあちゃんの孫娘のひとりだ。旦那さんと夫婦そろって動物好きで、犬と猫を飼ってる。おばあちゃんの入院中にお世話になったこともある。でもあの家の犬は自分を猫だと思ってるらしく、ぼくを熱烈歓迎し過ぎるので困る。

 よそになんか行きたくないよ。おばあちゃんと一緒がいい。


「でもやっぱり最期まで看取りたいから、お前が生きてるうちは頑張らないとねえ」


 そうだよ、と返事をしたけれど、我ながら変な声しか出ないなあ。

 ぼくももう、昔のようには鳴けないし動けない。寝てばかりで、起きたらおばあちゃんに「もう起きないかと思った」と言われたことが何度もある。

 心臓と腎臓が悪いんだって。よくわからないけど、年をとったってことだよね。ぼくだってずいぶん痩せたもの。毛並みもパサパサ。


「綺麗だね」


 おばあちゃんは、また掃き出し窓から庭を眺めた。眩しいくらいの日射しで緑がキラキラしてる。

 庭はまだ青々して、風は何かしらの花の香りを運んでくるけど、青い空は少し高くなった。雪国だから、お盆が終われば秋はすぐそこ。


「来年の夏を、私らはもう見られないのかもしれないね。ここにいないのかもしれないんだね」


 マシュマロみたいな手のひらで、ゆっくりぼくを撫でてくれる。頭、背中、尻尾まで。

 ゴロゴロ鳴っちゃう。


 おばあちゃん、先のことは、ぼくにはわからないよ。

 でもぼく、おばあちゃんが大好きだよ。だからずっとそばにいるよ。

 来年の夏、ぼくらがここにいなくても。

 ずっとずっと、一緒にいようね。 

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