第4話 あなただけ見つめてる

「別れてくれ」


カズヤが突然とんでもないことを言い出したのであたしは飲んでいたグァバジュースを盛大に噴き出した。


「はあ?!ちょっとカズくん何言ってんの?バカなこと言ってないで台拭き持ってきてよ。もう、テーブルがめんそーれ」


「マジだよ。俺。マジで別れてもらいたい」


「ウソでしょ…」


渾身のギャグがスルーされたのもさることながら、今の今まで笑いながらポテチを貪り食っていたのでまさかの展開にあ然としてしまった。


大好物のがとたんに砂利でも食っているみたいに感じれた。


頭が真っ白ってワケじゃないけど、カズヤにどんな言葉を返せばいいのか分からなかった。


そんなことをこのタイミングで言われるなんて思いもよらなかったからだ。


「…なんで?」


不思議な話だけどこういう時あたしは怒りとか悲しみとかって感情よりもまず先に疑問が飛び出してきた。


なんで?


たったひとつシンプルな疑問。


それだけだった。


「ねえ、なんで?」


「…」


「なんでよ?」


テンプレ通り小突いたり胸ぐらを掴んで揺らしたりしたが、カズヤは頑なに口を開かなかった。


口を一文字に結んだまま視線はどこか明後日の方向を向いている。


クノヤロウ。


あたしをいないものみたく扱ってやがる。


そうやってこのままやり過ごすつもりか。


クソッタレだ。


こうなれば意地でも理由を聞き出してやる。


そこへきてようやく怒りが込み上げてきた。


「なんとか言わないの?ねえ?シカト?」


「…」


「なにそれ。ダンマリきめる気?あっそ。わかった。ならあたしも絶対ひかない」


「…」


「こっち見ろって」


「…」


「うぉい!」


あたしが怒鳴り散らしてもカズヤはウンスンだった。



テロン♫



その時、カズヤのスマホが鳴った。


スマホが鳴るなんてごく当たり前のことだったし、たまたまお互いに黙っていたから音がよく聞こえただけだった。


でもあたしは見逃さなかった。


カズヤの目が明らかに泳いだ。


そりゃあもう、バタフライかってくらいにギャンギャン泳いでた。


「おい、スマホ見せろ」


「え!?」


ようやく喋った。


絶対、確実に、間違いなく、何かある。


あたしはそう確信した。


「よこせっ」


「お、やめろ!はっなっせっ!」


カズヤのスマホをとりあって十五分くらい小競り合いをしていたが、あたしが一瞬のスキをついて腕を完璧にキメたのち、「腕一本もってかれた上にスマホ見られるか、自ら中身について真実を話すか選べ」と選択肢を与えたところあっさり自白をはじめた。


「…多分、ミユキちゃんからのライン だと思う。最近ちょくちょく連絡とってる。もう二回くらい遊びに行ってる」


「ほおう。で?ヤったのか?」


カズヤは黙って頷いた。


あたしは怒りを鎮めるのに必死だった。


最後まで聞かずにコイツの息の根を止めれば、きっと後悔することになる。そう思ったからだ。


「しっかりしてんなおい。あたしとはご無沙汰のクセによ。あ?そうか。そういうことか。そのアバズレとゴッツンコしてるからあたしとしないのか」


カズヤは答えなかった。


それがまた、肯定の意味だと理解した。


「どんな女だ?」


「え?」


「どんな顔の女なんだよ!芸能人でいうと誰だ!?」


「…」


「言えよ!その泥棒下半身は誰に似てる!広瀬◯ずか?!土屋◯鳳か!?もしかして…」


「?」


「吉◯里帆かあああああああ」


きっと会社に新人配属されてきた吉◯里帆似の小悪魔系巨乳ビッチがカズヤを目線とボディタッチでたぶらかしたんだろう。


たぶんソイツは他人の男にちょっかい出すのが趣味みたいなクソアマなんだろう。カズヤみたいなメンタル童貞をコロッと騙して、元いた女と別れた途端にポイ〜するつもりなんだろうな。


そういう鮭の美味しいとこだけ食って捨てるヒグマみたいな女なんだ。


きっとそうに違いない。


目を覚ましてやらないと。


「おい、電話せえ。吉◯里帆に電話せえや」


「…違う…そんなんじゃない」


「やかましい!今すぐその糞尿売女電話しろって言ってんだ!」


「違うって言ってんだろ!」


「はあ!?何がぁ!?」


「ミユキちゃんは吉◯里帆なんかじゃない!」


「何言ってんだお前!?」


「ミユキちゃんは、吉◯里帆なんかじゃない。そういう女優とか、そういうのじゃない!」


「そこ?!そこ引っかかってんの?!」


あたしは呆れてしまっていた。


怒りとか悲しみと疑問とかが段々と薄れていくのが分かった。


なんだろコレ。


「ミユキちゃんは…ミユキちゃんはそんな感じじゃないんだよ!」


「うるせえなあ。じゃ誰だよ」


「どっちかっていうと…芸人のリリアンレトリバーに似てる」


小悪魔系の吉◯里帆どころか普通にデブだった。


「はあああああああ!?」


「ホントだって。マジで」


ここにきてまた怒りが再燃。


「テメエふざけんなよ!?リリアンレトリバーと浮気とかマジで言ってんのか!?」


「顔は…関係ないだろ」


「ウソつくなよ!テメエ、テレビ見ながら『リリアンだけは風俗で出てきも無理だわ〜』って言ってたじゃねえか!」


実際の話だ。


「うるせえな!仕方ねえだろ!」


「何が仕方ないんだよ!?」


「ジッサイ風俗で出てきたんだから抱くしかねえだろがああああああ!」


さっき飲んでたグァバジュースに覚せい剤でも入ってたのかな?って思うくらいに。もうあたしの脳みそはパッツンパッツンで破裂しそうだった。


訳がわかんない。


「ええっと…そのミユキちゃんとは…?」


「風俗で知り合った」


「ウソだろ…テメエ風俗なんか行ってたのか」


だが問題はそこじゃない。


「じゃ何かい?リリアン似の風俗嬢にどハマりしたから別れたいってそういうのかい?」


「概ねそんなとこです」


もう何でもよかった。


クソみたいな話をこれ以上コイツの口から聞くことが何より億劫だった。


ただ一つ。


聞かなきゃいけないことがあった。


「ねえ」


「うん?」


「言う通り別れてあげるから、ひとつだけ正直に答えて欲しいんだけど」


「なに?」


「その女にあってあたしにないモノって、なに?」


カズヤは非常に言いにくそうにこう言った。


「ミユキちゃんはGカップだ」



死ね。


男はみんな死ね。


いや、馬鹿な男だけ死ね。


巨乳好きも死ね。


カズヤのアゴに渾身の右フックを叩き込んで、そのまま荷物と一緒にマンションを追い出した。





「いやーそれで別れたんだカレシと。ウケる」


「はぁ?何言ってんのユカ。全然ウケねえわ」


「アンタそういうとこあるよね。男見る目ないよねえ」


「ミナ、黙れ。マジで」


「前付き合ってた男もヤバかったよねー。米山幻斎のモノマネ芸人みたいな人」


「アイツは…それ以外はまともだったから」


「いやいやいや、いい歳こいて米山幻斎の信者って。ヤバすぎ」


「その前の方がクソだったじゃん。訳わかんないことばっか言ってくる奴。なんて言われたんだっけ?」


「感性万年枯渇ババア」


「ヤバすぎー!何ソレ!?」


「だから別れたんだって」


「ていうかさ。そんなクソみたいな奴らとよく同棲できるよね」


「もういいよ昔の話は。それより今日だよ今日」


カズヤと別れてから二カ月後。


あたしは合コンに来てる。


既婚者のユカとバツ2のミナ。


あたしの為に開かれる合コン。


「あっ、男の子たちキタよー」


「「「こんばんわあ」」」」


正面の男と目が合う。


「ども」


「どうも」


背が高くてがっしりした男。顔はまあまあ。


「じゃあ自己紹介。俺、佐山サトルです」


右の男。顔が整ってて前髪がやたら長い。


「永田ユウジです。好きな言葉は『楽勝』です!フゥ!」


左の男。オドオドしてて目が泳いでる。


第一印象はキモい。


「あの…」


「え?」


「ああ…いえ…」


「カズヤ!ちゃんと喋れよ。女の子ひいてるだろ」


カズヤ。


確かにガッシリ男がそう言った。


「カズヤくん…って言うの?」


あたしが訊ねると、挙動不審のその優男はビクッとなって顔を真っ赤にした。


「は…はい。大石カズヤです」


カズヤ。


カズヤだ。


「そっか、よろしくね。カズくん」


「え?…あっはい」


「うふふふ」




どんなに時が経っても


どんな状況になっても


何を言われても


何をされても


どんな顔でも


どんな性格でも


どんな性癖でも


これまでも


これからも


あたしはカズヤを愛してる。


あたしはカズヤだけを愛してる。



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超同棲時代 三文士 @mibumi

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