会議は最後の5分まで
真野絡繰
会議は最後の5分まで
「ダメだ……今のままじゃダメだ」
東京シネマ本社の試写室。新作のラッシュを見終えた監督が嘆いた。頭を抱え、ボサボサの髪をグシャグシャとかきむしる。
「うむ。残念だが同感だ」
プロデューサーが続く。こちらも落胆しているが、かきむしる毛髪はない。
日本映画界の老舗にして最大手・東京シネマの本年イチオシとあって、絶対にコケるわけにはいかない大河作品。「百万人にひとりの微笑」と呼ばれる人気アイドルを主役に据え、監督にも気鋭の若手が登用されていた。
「セオリーは守りまくったんですよ」
テレビドラマでヒットを連発した女流脚本家が長い睫毛を振り乱しつつ、周囲を睥睨して続ける。
「人物造形も展開もいい。決め台詞もてんこ盛りですし、主役のかわいらしさといじらしさも鉄板ですよ。内容に
と、主役のアイドルに水を向けた。
「私は、私がかわいく映ってれば何でもいいです!」
瞳に星をきらめかせた素直な意見に、周囲の大人たちが微笑む。だが、それは単なる大人の配慮だった。
映画の出来がよくない――この決定的事実に、関係者全員が沈没しかけていた。公開日が迫っていた。
「俺の
自信満々な撮影監督の発言に追い風を受けて、ハリウッド帰りの映像作家が臆面もなく乗っかる。
「僕のCGも最高ですよ」
そして試写室に流れる、長い沈黙――。
重苦しく広がる霧を切り裂いたのは、誰あろう監督だった。
「わかった! 導入だ!」
全員が注目するなか、立ち上がって演説する。
「最初の5分が重くて観客を引き込めないんだ! 撮り直すぞ!」
映画の冒頭。
それは、映画全体の評価を決めるともいわれる大事なパートである。ポップコーンが温かいうちに観客を虜にし、スクリーンに釘づけにしなければならないからだ。
「えーっ! 脚本も直すんですかっ!」
「CGの再作業もアリ!?」
「私は、私がかわいく映ってれば!」
怒号と異論が飛び交うなか、苦虫を噛み潰す人物もいた。
「これ以上、金は出さんぞ」
プロデューサー補佐も、冷たい通告をトッピングする。
「この試写室使えるの、あと5分です」
「だったら、監督の俺が5分で解決案を導いてみせる!」
それからのラスト5分は、まさに阿鼻叫喚。
「わかったぞ! この作品は冒頭が重すぎるのにラストが軽すぎる。だったら、前後5分ずつ切り張りして入れ替えればいいんだ! 辻褄なんかクソ喰らえだ! そうすりゃ記録的な傑作だ! 俺は天才だ!」
監督の目には何かが宿っていた。たぶん狂気だった。
*
誰かが止めるべきだった。
1ヵ月後、映画は無事に公開された。その結果は、無残にも初日で打ち切りという記録的な成績だった。ネットでは酷評の嵐が吹き荒れ、東京シネマの株価はストップ安になった。
やはり、誰かが止めるべきだったのだ。
こんな大事なこと、ラスト5分のイキオイで決めてはならなかった――と。
会議は最後の5分まで 真野絡繰 @Mano_Karakuri
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