ひとつの終わり

「それじゃあ、いってきます」


そう言ったきりだった。


人にはいろんな顔があって、あの人に見せる顔とこの人に見せる顔は、取り繕わずとも違っていて、君が僕に見せていた顔は、君の一部でしかなかった。僕が君に見せていた顔も、一部でしかなかったはずだけど、君がいなくなった途端、僕はいつもどんな顔をして過ごしていたかを忘れた。


手を伸ばせば触ることができたのに、掴むことはできなかった。それでも時間をかければ君の底に届くんじゃないかって期待して、明日も、明後日も、って、縋った。そうしているうちに君は、あのドアから出て行った。最後の背中も、最後の声も、まだここにある。



臆病で儚い目をしていたよね。心のうちも見せてくれた気がしていたけれど、それは本物だったのかな。本物だったから、居なくなってしまったのかな。



もう届かないのなら、最後にもう一度、全部に縋ってみたらよかった。ふいに見せる暗い目も強がりな笑顔も、全部がどうしようもなく、多分、



好きだった。

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ぜんぶ、独り言だった たま。 @ypnjniyo

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