エピローグ
胸囲の格差社会という圧政を敷いた暴君イヴァンを、第一王子エルドが反旗を翻し、激戦の末これを討ち取った。
だがその戦いで負った傷は深く、長らく床に伏せて生死の境を彷徨っていたエルドだったが、仲間の助けによってどうにか一命を取り留めた。
エルドが目覚めてから、王不在のバスト王国に再び変革の時が訪れた。
王位を継ぐと思われていたエルドが、それを拒否したのだ。
エルドは仲間と共にあらゆることを思案した。
王政の廃止、国民を選別する区分けの廃止、それに伴う壁やゲートの撤去、そして、国民を限りなく平等にするためにこの国を『民主国家』にしようと国民に提案した。
これにはA地区やB地区はもちろん、意外にもD地区やE地区に住んでいた者たちですらも賛成した。
彼らは不自由ない生活をしていたが為に、思考する時間が増えていた。自分の存在意義や、離れ離れになってしまっている家族のことをいつも考えていた。民主国家になることで再び家族と暮らせるという想いが、エルドの提案に票を入れた。
それからのバスト王国は目まぐるしい毎日が始まった。
壁やゲートの撤去作業が本格的に始まったのと同時に、国民全員に行き渡るように食料や資材の運搬が国中を絶え間なく往き交い、老若男女、貧富の差など関係なく全員が手を取り合い、一丸となって新たな国を目指して復興していった。
騎士団員の大半は事情を知らない者たちばかりで、少数の精鋭がジークハルトと共にイヴァンに仕えていただけだった。
その為、事情を知ったほとんどの騎士団員はガレンを長として復興作業に勤しんでいたのだが、そこにはジークハルト率いる精鋭騎士団の姿もあった。
イヴァンという主君を失った敗残兵である彼らは死罪を覚悟していたが、エルドが王政を廃止することを宣言してしまったが為に、彼らを裁く者が居なくなってしまったのだ。
彼らの行く末を決める国民投票すらも意見が割れてしまい、苦悩していたエルドの元には、死刑や投獄といった意見も届いていたが、『国の復興の手伝いの後、国外追放する』という提案を国民にしたところ、賛成多数によりこれが可決され、ジークハルトたち精鋭騎士団もこれを承諾した。
そうしたこともあって王政は廃止したが、国民の意思でもあり、国を救った英雄でもあるエルドを、復興作業が一段落するまでの暫定的なリーダーとした。
エルドを中心とした国民たちの努力によって、物資の供給などによる衣食住が整い始めた頃、エルドの元に大量の紙の山が届いた。
それはどこから聞きつけたのか、エルドの結婚式を是非とも国を挙げて祝いたいという国民全員の名前が記された嘆願書であった。
こんな事態を想像すらしていなかったエルドは素直に驚き、気恥ずかしさから少し渋っていたのだが、仲間たちの後押しと国民の熱意に観念して、国民全員へ向けて結婚式の招待状を送った。
結婚式当日、王宮周辺には国民で溢れかえっていた。
元々あった塀や柵などの仕切りは事前に全て取り除かれており、視界を遮るものが無くなった広場には、国民が王宮のバルコニーを見つめて新郎新婦の登場を今か今かと待ちわびていた。
「まさか、ここまで大ごとになるとは思わなかったよ」
「あたしもだよ。……そういえば、あたしたちの結婚のこと、国中に触れ回ってたのがジルベールだって噂、知ってる?」
「あははっ。彼ならやりかねないね」
そう言って二人は揃って笑ったあと、エルドは何も言わずに手を差し出し、花嫁もまた何も言わずエルドの手を取り、光射すバルコニーへ向かって歩き出した。
王宮のバルコニーから新郎新婦が姿を現わすと、国民から拍手と歓喜の声が上がった。
エルドは、純白のタキシードに剣を携えていた。
隣の花嫁は、純白のドレスにベールで顔を覆い、手には華やかなブーケを持っていた。
バルコニーを見上げる国民の中には見知った顔も多く、その最前列には苦楽を共にしてきた仲間たちの姿があった。
皆、代わる代わるに祝いの言葉を口にして二人を暖かく迎えいれた。
エルドは気恥ずかしそうにはにかみながらも、笑顔で手を振り返した。その隣の花嫁はベールで顔を覆っているのでわかりにくいが、エルド以上に恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
そして、エルドと花嫁は互いに向き合い、エルドは花嫁のベールをゆっくりとめくり上げた。
煌く金色の髪は艶やかで、露わになった顔には濃くも薄くもない絶妙な化粧が施され、大人っぽさを醸し出しながらも、幼さの残る顔立ちには、気恥ずかしさから頬を染めていた。
「……綺麗だよ、アリス」
「……あんまり言うなよ。でも……ありがと。エルドも、かっこいいよ」
二人は笑顔で見つめ合い、国民はその様子を微笑ましく思いながら、静かに見守っていた。
エルドとアリスが見つめ合っていた時間はおそらく数秒程度だったが、二人には、出会ってからここに至るまでの長い旅路を思い返す、とても永い時間だった。
「アリス……。君はいつも俺の背中を押してくれた。A地区で助けてもらったあの日からずっと……。本当に感謝してる。……ありがとう」
「……それはあたしのセリフだよ。エルドがいなかったら、今のあたしはきっとここにはいないよ。あたしがワガママを言って引っ張り回しても、エルドはずっと側にいて、ずっと守ってくれた。……ありがとう、エルド」
再び見つめ合う二人には、先ほどまでの緊張や気恥ずかしさなどの硬さは取れていた。
「……愛してるよ、アリス」
「……あたしも、愛してるよ、エルド」
互いにゆっくりと目を閉じ、二人の唇は重なった。
それを皮切りに次々と国民の歓声と拍手、そして鐘の音が鳴り響いた。
まるで喜びを分かち合うようにそれらの音は国中に留まらず、未だそびえ立つ国境の壁を越え、隣国にまで響き渡った。
―END―
胸囲の格差社会 秋雨ハイド @akisame-hyd
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