手持ち花火

唖魔餅

平成最後の夏をあなたへ

 その日、俺は生まれて初めて一人旅行に出かけた


 目的は花火を見ることだ。

 俺の地元では花火が上がったことがなく、それを生で見ることが子どもの頃からの憧れだったからだ。


 だが、残念なことに俺の旅行先では花火はもう上がってなかった。

 確かにここが花火の名所であることを知っていたが、その開催時期までは調べていなかった。


 俺はそのことにがっくりして、一足先にホテルに泊まった。

 あまりのショックと慣れない土地に疲れなのか、部屋に入るとすぐに寝てしまった。


 だが、あまりの暑さにすぐ起きた。

 しかも、部屋のお化け出そうな雰囲気に落ち着かない俺は、軽く汗を拭くと外に出た。


 しばらくぶらぶらしていると、シューという何とも聞きなれない音がした。

 聞きなれないその音に俺はふっとそちらを見ると、火花が暗闇をバチバチと鮮やかに光っていた。

 驚いた俺はふいにその火花に近づくと、高校生だろうか。

 可愛らしい女の子が手に鮮やかな細い物を持ち、その先端から火花が散っていた。


 俺は女の子に思わず、

「これって、何ですか?」

と明らかに明日の不審者情報に掲載されるだろうと思うぐらい不自然に声をかけてしまった。


 女の子は驚いた様子で、警戒心を強めてしまった。

 当然だろう。今の俺はだれが見ても怪しすぎて既に通報されているかもしれない


「えっと、花火…ですけど…」


 意外にも女の子は素直に答えてくれた。

 同時に俺は驚いてこう言ってしまったのだ。


「花火!?これがあの!?」

 その言葉に恥ずかしくなった顔を赤くなった俺は、

「あっ、すみません。自分、てっきりもっとこう・・・バーン、ドーンって大きい思っていたので・・・」

と照れながら


 その言葉に女の子は目を丸くし、クスクスと笑ってこう言ってくれた。

「これも花火ですよー!まさか、知らないんです?」


 俺は見栄を張って頷こうと思ったが、素直に照れながら頷いた。


「えっーうそっ!まじ!どんなところに住んでいるんですか?」


 どうやら、間抜けな俺の言動に女の子の警戒心が完全に解けたようだ。


 それから色々な話をした。

 俺は地元の友達のことや飼っている猫のことを。

 彼女は高校の友達のことや何かのイケメンが出てくるゲームのことを。


 彼女と談笑しているといつの間にか花火が燃え尽きており、それ同時に彼女の携帯が鳴った。


「うっわ、お父さんからだ。もう、帰ってきなさいだって」


 俺は少し寂しかったが、

「じゃあ、早く帰ってあげなさい。親御さん心配しているよ。今日はありがとう。楽しかったよ」

と彼女に会話をしてくれたお礼を言い、帰ろうとした。


「ねぇねぇ」

「何で…」

 不意に呼び止められた俺が振り向くと、少女が俺の唇にキスをしてきた。


「またね!」

 彼女はにっこりと笑うと、パタパタと足を立てながらどこかへ家に帰っていった。


 彼女と話したのは手持ち花火と同じ5分ぐらいだった。

 けれど、男の俺にとって最高の5分だった。


 今でも手持ち花火を見ると俺は思い出す。あの娘ことを。

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