第7話 朝食

「そうか。俺だったら、原因を突き止めるなんてことはしないな」

「え、どうして?」

「だって、めんどいだろ、そんなの」

「さっぱりしてんなぁ。栄太兄は」

「まあ、お前は好きにすればいいさ。やりたいように、気の向くままに」

「ありがとう」


栄太兄は、片づけるや否や、部屋に戻ってしまった。


「じゃあ、僕も寝るか」

部屋に戻ると、姉と手草さんは、とても今日出会ったばかりとは思えないほど仲良くなっていた。


「そうそう、それでさ。私も言ってやったのよ、『百合で何が悪いんだ』ってね」

「すごいっすね、姉さん!私は、それで苛められてたって言うのに」

「私は何でもいいやって気持ちでいたからね。むしろ、耐えていた君も偉いよ」

「いえいえ、私なんて。結局飛び降りちゃってるわけですし」

「そーれーよーり、どなの?杏沙ちゃんって、どんな子なの?」

「杏沙ですか?」


「あの子、めっちゃ美人じゃん?紹介してよ!」

「だーめです!杏沙は私のですぅ!」

「おお?彼女面か?」

「ええ、彼女ですから!」


「お、きりっとしたな。仁王立ちしたな?」

「しましたとも!腰に手をつきましたとも!」

「でも、私だって負けないぜ?!」

「勝負しますか!」

「あ、あの…」

「なんだよ、弟!」

「なんだい、加原君!」

「……寝てもいいですか?」

「あ、ごめん、良いよ」

「おやすみです」


僕が寝た後も、彼女たちの熱き攻防は引き続き行われていた。

翌日。今日は、午前中で授業が終わるなあとか頭の中で考えながら目を開けると、姉たちはすやすやと眠りについていた。


起こすべきか否か少し考えたが、意外と早く起きられたので、そのままにしておいた。先に着替えて、ご飯を食べてからでも遅くはないだろう。

そういえば、まだ授業はやらないんだよなあ。ええと、今日は発育測定だったっけ。


階段を降り、リビングへと移動すると、栄太兄はまだ店で作業中だった。

冷蔵庫を開け、お茶を出す。冷蔵庫の中には、朝ごはんがすでに用意されていた。


「あざます」


一言礼を言う。お礼は勿論だが、挨拶というのはいつでもちゃんとした方が良いと僕は思う。何故なら、挨拶をされて気分が嫌になることはまずないからだ。


誰からのあいさつも、愛が溢れている。


「いただきます」


ゆっくりとご飯を食べる。今日の焼き魚は、鮭だ。肉汁ともいえばいいのか僕にはわからなかったが、鮭の体からあふれ出すうまみを含む液体が、僕の口いっぱいに広がり、僕はそれを抵抗などしなかった。さすが栄太兄。美味え。


ご飯も僕の好きな、水をいっぱい含んだもちもちの米で、なんだかこんなに朝から美味しいものを食べて良いのか少しためらいを覚えてしまった。


「ふうっ。ごちそうさんでした」

「お、食べ終わったか」

「あ、栄太兄。おはよう」

「おう。皿はそこに置いとけ。後で、洗っとくから」

「ありがとう」

「今日は何があるんだ?」

「今日は、確か発育測定があるはず」

「身長伸びてるといいな」

「まあね」

「よし、じゃあもう一仕事行ってくるか」

「じゃあ、ぼちぼち行ってくる」

「おう、行ってこい」


準備をするため部屋に戻ると、二人はすでに起きていて、何やら外に出る準備をしていた。


「あれ、今日も行くんですか?」

「いいや、違うよ。今日はこの子のお家に遊びに行くんだよ」

「そうですか。じゃあ、楽しんできてください」

「何言ってるの?君も行くんだよ」

「え、なんでですか?」

「いや、だって私達のこと、両親は見えないわけだし」


姉は元気よく頷いた。


「ああ、そっか。って、僕今日学校なんですけど⁈」

「それなら大丈夫。杏沙ちゃんもつれてく予定だから」

「それのどこに大丈夫要素があるんですか⁈」

全く、手草さんも姉に毒されてしまったのだろうか。


「赤信号、皆で渡れば怖くないってやつだよ」

「どこのことわざですか、それ⁈」

「え、知らないの?…そっか、こっちの人って分からないのか」


手草さんと姉は目を合わせて確認した。いやいや、幽霊界隈では有名なのかもしれないけど…


「まあ、とにかく行くよ?」

「いやいや、僕は学校に」

「……ぐすっ」

「泣かないでくださいよ、それくらいで!」

「……ぐしっ」

「あなたは完全にふざけてますよね⁈」

「……具志堅っ」

「手草さん、乗っからないでください!ああもう!行けばいいんでしょ、行けば」

「ありがとー!!」


姉からの熱いハグは、やっぱり感じることはできなかった。

なるべく栄太兄にばれないよう、ゆっくりと家を出る。


「まず学校に行くんだから、そんな気構えなくてもいいんじゃない?」

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